ホントにすぐ師走ですよね、早い早い。
今年も何も成し遂げたなかったなという振り返り。今年を振り返るにはまだ早いのかもしれませんが。
本当に今年は何もしていないなー。冬眠生活を始めたっていうざっくりな言い方をすればそうなりますね。
冬眠しながら自分の気持ちに向き合うと、より気持ちが鮮明になるんですよね。誰かからみたら、これもまどろっこしい表現ではあるんでしょうが、自分から見たら鮮明になったと思うのです。
一瞬だけ表に出て消えて、また出てくるみたいなことをやってますが、その一瞬出て来たときを発見されたのかな?なんて思うこともありました。私としては自分は周りがどう思ってたとしても、あまり気にしない、モザイクをかけるほどではないって主張だったんですが、その主張じたいがあまりよくなかったのかな?なんて後から思ったりしています。
「みんなは悪口言ってるけど、私はあの人のこと別に嫌いじゃない」って言ってた人のことを思い出したんです。その人、他の人の悪口はすごく言ってたのに、悪口率が高い人の悪口を言わない私っていうのを主張することで、自身を保身してるように見えたんですよね。そういうのズルイなって思ってたんですが、私も同じようだったのかな?なんて思うこともあって自分に対して納得出来ない感情も沸きましたね。
そんなこともあり、現在を生きて行くいるようで昔の出来事と重なったり、そして反省のように見える靄を抱えたりしながら生きてきたのが今年なんでしょうね。
「あっという間に、すぐ師走」っていうのをティファールの「あっという間に、すぐに沸く」のリズムで脳内再生させてるのが最近のマイブームです。
自分が過去の人。
10年前のアルバムを聴いて震えている。
親世代が何故懐メロを聴くのかわからなかった。
今はわかる。
当事者には 懐メロなんかという チープなジャンルじゃないのよ
懐古じゃないのよ。
今も生きているのよ。
リメイク何度目だ。そのたびに遊んでるぞ。
だって好きだからね。子供の頃夢中になってやったからね。
何度やってもワクワクしちゃう。
んで、クリアした。
エンディングのスタッフロールに表示された
鳥山明
すぎやまこういち
の名前に、少し泣く。
冷凍のたい焼きを食べました。美味しかったです。
いつもは冷凍の今川焼を食べるのですが、たい焼きと材料が同じなのに味が違うように感じられてめでたい朝。
私の出来ていないところをレジュメにまとめられ、フロア全員に配る部長⋯
もう何年も前のこととはいえ、思い出すと堪えますよね。あきらかにハラスメントが付く行為ではあると思うけど、そのハラスメントの相談を受ける部署にいてコレだからたまったもんじゃありませんね。
何年経っても何かのキッカケで思い出す。そういうことばかりで離れたとしてもツライことっていっぱいありますね。
今はあの部長、後期高齢者と言われる年齢なのかな?さすがにもう仕事はしていないだろうけど、もう二度と仕事しないでいただきたいと思います。
何か功績があって部長やら役員やらになれたのかもしれないけど、功績のために小さな何かを踏み潰していくタイプの人は好きになれない。私はその”小さな何か“だから。
されたことはレジュメを配られただけじゃないけど、私もここにレジュメとして置いておきます。
自分が仕事じゃないのに仕事場に来てアレコレ指示したりやってくれる人って、良く言えば仕事熱心なのかもしれないけど‥
自分には真似できないし、真似したくないかなぁと思ってしまう。
夏の間に暴れ回ったベランダのつる系植物の整理をした。
本来なら暑くなくなったら速やかにやろうと考えてたんだけど、ズルズルとそのままにしちゃってた。反省。
何とか寒くなる前には整理できた。
個人的には来季もラズベリーが食べられるといいなぁと思う。
今は株を育てようとあえて小さめの鉢に植えて、水切らせそうになってアワアワしてたけど、もう少し大きめに植え替えてもいいかな?
春になってやろうかなー、それよりレタス類、今更だけど植えてみる?とか色々考えたり。
ベランダ菜園、何年もやってみて思うけど、ワイルドなストロベリー系、ハーブ系、葉物が最強なのですよ。
どれもコスパが良い。
実物は日当たりに左右されるから、割にコスト悪いんだよね。
楽しいけど、場所と量が合ってないから通路が狭くてあまり良くない。もうちょい計画的にやりたいんだけど、つい欲張ってしまうんだよね。
家事を真面目にやるのをやめたら手荒れが治った。マジメというか普通のことをやってたつもりだったけど、その普通が負担だったということですね。普通ってハードル高いんですよね。
もし母が生きていて、弟が結婚していたら結婚相手の愚痴を母から聞かされていたんだろうなと。それか盛大にくらべられて私が下げられるかのどっちかだろうなと。
弟はまだ結婚はしていないけど、たぶんそういうことになったら父からは無意識のうちに比べられるだろうけど、今は距離をとっているので、平気だろうとは思います。
生きていなくてよかったといいたいわけじゃないけど、結果的に生きていたら私も母と一緒になって愚痴を言ってたのかもしれないと思うのが恐ろしい。大した嫌いでもないのに母に愚痴られることで自分もそのように思っているんだと感じさせられていることはいくつもあったし、本当にそれが自分の気持ちだったとしても、長年、母によって精製されて作り出された私の気持ちである部分も多かったとここ数年で気がついたのです。
少しでも同意すると母に同意の炎を着火して、さらに燃え上がりました。少しでも同意しない、母の答えて欲しい言葉を言わないと同意させようという炎が燃えたぎって、なかなか鎮火しないのです。
そういうことがよくあったなと思い出します。しんどかったのに、しんどかったと気がついてなかった自分に対して、現在遅れてしんどさを感じているのです。