冷凍のサーモン丼美味しかったです。
丸形にラッピングされているので、そのまま、丸形のサーモンがご飯に乗っかりました。
すきヤのまぐろのたたき丼もこんな形で、フリスビー丼なんて言われているそうです。
あの頃、自分では一生懸命片付け掃除をしていたんだけど、運が全然良くなくて。よく整理整頓や掃除をすると運が巡ってくるみたいな定説ってあるじゃないですか。片付けとか苦手なので一般的な基準には達していなかったとしても、自分になりにやっていたし、やろうとしていたんですよね。
子どもも小さかったんで、昼寝しているうちにフローリングモップかけたりとか、無理してたんですよ。だけど、私は配偶者からは冷たくされていて、私とは行かないオシャレで高いケーキ屋に平日の夜に出向かれたりしてました。もちろん、配偶者1人じゃないですよ。誰かと一緒だったんですよ。私も平日の夜にオシャレで高いケーキ屋行って誰かに話を聞いて欲しいなんて思っていました。
悲しかったです。自分の時間もないのに苦手な掃除もしたり、合間を縫って料理したり買い物に行ったりお風呂に入れてあげたり⋯すごくすごく頑張ってたんですけど、私には平日の夜にオシャレで高い店でケーキを食べるご褒美は与えられていません。もう、あれから10年以上経ってますが⋯
そのケーキ屋で楽しく、愚痴も言い合いながらリフレッシュして、私に優しければまだ救われたんですけど、すごく冷たかったです。一緒にケーキを食べた相手と先に出会いたかった⋯と直接は言われていないけど、それを言われていたのと同等な態度だとは思うのです。
だから片付けても掃除しても悪いことは起こるんですよね。だから一生懸命やるのは今辞めてます。というか、もう一生懸命出来ないんじゃないですかね?あの頃の私、本当に無理をしていて頑張っていました。適当に掃除機かけて、自分で勝手にケーキを買って食べる。そっちのほうが絶対、いいですよね。例え良いことが起こらなくとも、悪いことが起ころうとも、掃除のせいじゃないなら適当にしていたほうがお得なんです。気が向いたら、あの部分掃除しようかな?片付けようかな?と思っているけど、思っている期間が長いですね。夏休みより長いな。
ひとりになりたいな、なんとなく気持ちが限界かも?と思っていたらやっぱり爆発してしまった。
ひとりになりたいときにひとりになれることって大事だよね。
最寄り駅から電車で10分のところが求人が出ていたので、応募したら「家から近い人を採用したいので⋯」と電話がかかってきたことがあります。「面接は出来るけど、自転車で来れる人を採用する方針で⋯」とそこまでは言うけど、そこから何も言わないのです。
ああ、これ、私から辞退して欲しいんだなと思い辞退した思い出がありますが、それなら自転車の人優先って書いて欲しかったなーと。まあ、年齢とか他の情報で断りたかったのかもしれませんが⋯職探しって大変です。
私も何を食べるか、作るか「考える」のが嫌なのよ。
だから、あなたが嫌なことは私も嫌なんだから、自分が好きな時間に起きてきて、食べる食べ物くらいは自分で考えてくださいませ
いい事を言ったと思われたくて発言したのに、実際は非難されたり相手にされなかったりした場合。思わぬ反応が返ってくると、黙るか、「私はいいけど〇〇が可哀想」とか言ってくるんですよね。
昔、子どもが通っていた幼稚園の行事を、手伝いの保護者の負担が大きいという意見が多数あったらしく、幼稚園側が簡素化をしたんですよね。私もその簡素化には賛成でした。
ただ、1人の保護者がそれを簡素化するのはおかしいと発言したのです。私は簡素化に賛成でしたが、この保護者はずっと簡素化したことに対して不満を言ってて、みんなもそう思ってるのに!といった体で意見を言ってきてたのですが、少なくとも私は全然そう思ってなかったので、みんなではないんですよね。
みんなが思っているから、私が幼稚園に堂々と意見します!と言わんばかりに、ある程度"みんな“がいる場で幼稚園側に意見していたのですが、幼稚園側からはあまり受け止められておらず、他の保護者も賛同する人もおらず⋯妙な雰囲気になったんです。
そうしたら、最初の「私はいいけど⋯みんなが⋯」と弱々しく呟き寸前の声になっていたけど喋っていました。
その人、自分がその行事を復活させたかっただけなのに、みんながそう思っているとなぜか信じて、自分が言わなきゃ誰が言うの?というある意味正義感を持って発言したのに、実際は何かが違った⋯そんな感じだと思います。
否定されないから肯定されていると思い込んでしまうものなのかもしれません。そして、正義感によって誰かから称賛されたいという欲も持っていたら、自分が正しい!と暴走してしまうものなのかなと。
正義感に見える意見は否定しにくいだけで、肯定はされていない。そんなことはそこら中に溢れているのかもしれません。
昔はもうちょい涼しかった記憶。今は灼熱。夜なんて窓開けて開ける気温だってあったし。やっぱりセミも蚊も虫が出てこないぐらいに外は危ない。風物詩も気温の変化で後ろ倒しにもなっていく。
散々温暖化対策だ、言ってたけど今はなんだか焼け石に水だな。
言語、やっぱ同じものを指しても言葉が違うってだけで別物に感じるのにやっぱり同じなんだ。イデアだなぁ。
通路挟んでるから隣り合わせじゃないんだけど、横にいた中年男が私が席に座ったらしっかり見てきて勉強辞めて退店していった。
こっちとしてはありがたいけど、その程度で集中出来ないなら家で勉強して欲しい。
その中年男の席に今若い女性が座ったから私が距離なしというわけではないんだな。
昨日は涼しくて、ありがたいなーと思ってしまった。
道中で飲んだアイスコーヒーが美味しかった。暑すぎるより程よい気温のほうがアイスコーヒーも美味しい。