今日、チームに何にも貢献できなかった。来週の発表は立ち会うことができないからせめて今日は力になろうと思ったのに、お客さん状態で本当に何もできなかった。
それ自体も嫌なのに、何もできない自分を成育環境のせいにすることの方が嫌。
自分以外のせいにするのは簡単だけど、私はそうして逃げる人生を送りたくない。送りたくないのに、結局私は口だけ。
私にはひた隠しにしていることがある。
それはLGBTのカミングアウトに似ている。
家族には話して多少話せる人もいるが、妹と父親には話せない。話せていない。
もし仮に私が未来に結婚したorするとしてその人との馴れ初めやその人のことを話す時
私はなんて話すんだろう。
そんなことを考えたら苦しくなってしまった…
昔に比べればだいぶ話せるは人は増えてだんだん自分を信じたり、肯定することが出来るようになったけど、
家族には分かってもらいたい、というか、ずっと秘密を通すのかと思うと苦しい。
これから1時間以上かけて結婚式に向かうんだけど、風に弱くて絶対止まると名高い路線使わないと行けないからこわいよー!門出に呼んでもらえたのは光栄だから参列したい気持ちは山々だけど、帰れないのは困る( ; ; )
皆既月食チャレンジしようとしたけど起きられなかったし母いわく曇っていたそうなので残念。
星のこと勉強したいという思いは昔からあった。
ようやく自由に勉強できる時間ができてきたから星のこと勉強したいなぁ。
自分にとって「何でも話せる人」っていたらいいなぁと思う反面、そういう人がいたらある意味危険だよなと思う。何でも話せるというと心を開いてリラックス出来るということかもしれない。
でも、何でも話せてしまうということは、もしかして相手が 聞きたくないこと、言わなくていいことも言えてしまう。ということだ。
人との関係が深くなるのって、家族、恋人、友達でも何でも、他の人には話せないようなことを共有出来る、またはそうしたい、と思えたときだと思う。
だけど、「何でも話せると思っていたのに」と思ってしまう瞬間が人生の中で何度もあった。何でも話してきた結果、関係を強く出来た一方で、何でも話してきたからこそ壊れた関係なんだろう。
元々1人が好きだけど、そんな中でも関係を築きたいと思えた人って「何でも話せる人」だったし、1人でいるときとは違う楽しさがあった人たち。
私は何でも話しすぎたのかな?人を傷つけることとか言ってるつもりはなかったし、何でも話せるからこそ生まれる楽しさもあったはずなのに、いつの間にかなくなってしまった。
私は極端だから、「何でも」がダメなら「何にも」になってしまう。だからこそ、1人の時間に頭に巡ってくる考えは全部否定しないように自分で自分を受け入れたい。何でも話していいのは自分だよ。でも、ここに書いてるってことは少しは聞いてもらいたいって気持ちもあるんだろうな。人間って自分を含めメンドクサイよね。
ロミオが最初にジュリエットに出会った時、「僕はこれまでに恋情というものを体験したことがあるのだろうか?」という疑問が彼の心に浮かびました。一目惚れというものが存在するのかどうかについては、今日に至るまで盛んに議論が行われています。のぼせ上がるのであれ、肉体的にひかれるのであれ、誰かに魅力を感じた時はピンとくるものです。満月については毎年恒例のことなのですが、今回の満月は見事な「凧(たこ)」の形を描くという意味で違いがあります。これらの星位は「確実だと感じること」に集中する方がいいことを暗示しています。あなたはラッキーですね! というのも、チャンスに関して言えば、目の前にあるものを信じるのが早ければ早いほうがいいからです。
行ける日がないからって
わざわざシフトの調整までして出かけるはずだった、けど
結局行くの難しそうなんだよなぁ
せめて買い物だけでも一緒行けないかな
ほんとはちょっと一緒に映画が見たい
でも誘ってこないだろうな
なんだかんだ言って
やっぱりまだ好きなのかな
てゆーか毎日一緒にいるしな
仕方ないかな
はぁー。
小学校中学年のある日、学校に行く前に
食パンを片手に朝の情報番組を見ながら
ふと、こんなことを思い立った。
その頃 虫取りが流行っていたのだが、
「あぁ、自分がいつも捕まえている
バッタは自分よりも断然に無力で
自分が何をしても無抵抗なのだな。
そうだ、今日捕まえたバッタは
ひとつ残らず真っ二つにしてやろう。」
そうして、その日の昼休みの自分は
学校の体育館の横の草むらで
捕まえたバッタを次々と
頭と体の間で千切っていった。
何せ、悲鳴もあげることなく、
じわじわと静かに動かなくなっていくのだ。
罪悪感など微塵も感じることはなかった。
むしろ、あの頃の自分は
自分にとってあまりに無力な生命を
いとも簡単に侮辱することで得られる
一種の優越感のようなものに
浸っていたのかもしれない。
しばらく そんな狂気染みた遊戯を
続けていた自分だったが、
その後にやって来た転校生と
仲良くなったことで
もうそれは止めてしまった。
その転校生は一年ほどで
また転校していったのだが、
その子がいなかったら自分はもっと
残酷な遊戯に手を染めていたのではないか
と思うとゾッとしないし、
こんなことをしていたとは誰にも言えない。
青き日々の淡い罪悪。
もしかしたら、誰しも
ひとつくらいは そういう過去の罪を
背負っているのではないか
などと勘繰ってみたりしてしまうのだ。
それは ただ自分を正当化したいだけ
なのかもしれないが。
それとも 誰かと分かち合いたい
「共犯意識」なのかもしれない。
どちらにせよ
あまり清々しいものではないか。
もうこれを思い出すのは
今夜を最後にしよう。
ごめんなさい。
私はできる。
今までだってちゃんとやってこれた。
なんだかんだ、やりたいことはできている。
願いだって叶った。
大丈夫。
本日も晴れ
天気予報は明日の夜から雨
台風どうなるのかなー。被害が出なきゃいいけど
ゴミの収集日だったので出してきて、パズルゲームして部屋の片付けをして、面接を受けた会社からは連絡が来ないので派遣会社に登録してみました
就活に疲れたっていうかそろそろお金が無い(笑)
アラフォーなので抵触日のこととか考えると派遣は辛いしそもそも何か紹介してもらえるのかもよく解らないけど来週面談してきます
お仕事もらえたらいいなー
紹介予定派遣もらえたら別だけどそうでなければ最長で3年後にはまた手詰まりになるのかなと思いつつもまあそもそも紹介受けられるかも決まってませんしね!
当たって砕けるくらいの気持ちでいきます
いいご縁があるといいんですけど
積ん読は一冊崩しました
明日はどんな日になるかな
もっと色々捨てなきゃなあという気持ちともう疲れたという気持ちと
捨てられないタイプの自分にしては今月は色々処分してるけど多分まだまだ余計なものを抱えているんだろうなあという気もする
積ん読もまだ残ってるし片付けをメインにするか積ん読をひたすら読むかいっそ出掛けてしまうか?
明日もゴミの収集日なので先ずはごみを出してから決めます
何を選んでもわたしの人生
生きてるだけでオッケー取り敢えず勝ちさ
怒髪天いい歌うたうやん
多分明日もいい日の筈