今日はまた暑くなるのか…もう9月まで来てこんなんだといつまでも暑いような気になってくる。
こう暑いと私はいつまでアイスコーヒーを飲めばいいんだろうと思ってしまう。
夏でも家ではホットコーヒーというときもあったけど、やっぱり暑いとアイスコーヒーが美味しいなと感じる。
アイスコーヒーは美味しいけど、暑いのは好きじゃないから、早くホットコーヒーにそろそろ切り替えようかな?と思いたい。
最近、アイスコーヒー用のコーヒー豆を挽いてもらった。まだあと2回くらいは買いにいくのかな…
アイスコーヒーは好きなのに早くホットに切り替えたいってなんか不思議な感情。
この人と一緒にいるのは好きだけど、早く1人になりたいというのと似てる?似てないか。
こんなことをアイスコーヒー飲みながら書いてます。
人々が互いの話をしっかり聞いていることはめったにありません。ひょっとすると、聞くことよりも話すことのほうが好きな理由の1つは、もしちゃんと相手の話を聞いていたら何か動揺させられるようなことを聞かされるのではないかと案じているからなのかもしれません。たとえ何も言われていなくても言われたように思ってしまうほど、何か辛らつなことを聞かされるに違いないと思い込んでいることもあります。話している相手に自分の考えを投影します。相手も同じことをするわけですから、お互いに自分が理解されているようには感じません。でも 正直で率直なコミュニケーションをとることができます。
今日、誕生日。
日付かわるとき、やっぱり期待して携帯見てしまう。
誰にとってもいつもの日。
たぶん、誰からも気づかれず終わるんだろう。
はやく寝よう。
誕生日、はやく終わるといいのに。
こんなに怖かった台風は産まれて初めて。
怖かった。
停電も続いてるから、家は真っ黒ー!
早く朝よ来てください。
今日は私の半生について、書きたいと思います。1996年、私は生まれました。母親によると、手のかからない赤ん坊だったそうです。まさに理想の赤ん坊だったわけです。幼稚園に上がった私は、非常にマイペースでありました。「のろま」、「グズ」などと母に言われたくらいですから、相当なものだったはずです。しかし、発想力は凄いモノがあったと今にして、思います。小学校に入り、そこで謂れもないいじめを受けるようになりました。具体的には、菌呼ばわりをされたり、後は色々です。二分の一成人式の時に発表した、「科学者になりたい」という夢は、母親に恥ずかしい(自分が)という理由で怒られました。あんまりだと思います。私が言おうとしたのは、生物学者になりたいという夢だったのですが。理不尽の極みです。小学校六年の時に、リンチも受けましたが、まだ絶えることのない命の灯のようなモノがありました。そんな私が中学校に入るわけですが、そこでもいじめに遭いました。学校に行くことは毎日、戦場に赴くようなものでした。そんな私を気遣ってくれたのは、保健室の先生しかいませんでした。小学校の時もそんな感じでした。集団行動が苦手で、理科の実験の時の班、調理実習など、苦痛の極みでありました。それでも僕は不登校にはならずに、学校に行き通した。今、思うと、逃げるべきはあの時ではなかったかと思う。中学校を卒業して、高校に行った。高校は適当なところを選んだ。正直、どうでも良かった。先生に相談したが、てんでお話にならなかった。そうして、高校に行ったわけです。高校生活の前半は(とは、言っても、一年生の半分)それまでにないくらいに楽しかったと思います。しかし、私の要領の悪さが災いしたのでしょうか。夏休みを終えた頃には、すっかりいじめのターゲットになっていたわけです。通りすがりの悪口、物を壊され、もう私は完全な無気力に陥りました。それでも、私には数少ない友人がいました。母によると、そんなのは知人だそうですが。その友人達とも大学に行ってからは、疎遠になりました。私は大学に行きたくありませんでした。理由はやりたいことがあったから。専門学校に行きたいと言ったら、親に「そんな金はない」と言われ、芸術系のことができる大学を提示しても、ダメでした。またもや、私は投げました。私は己の国語力(といっても、作文は書けません。現代文、論文の問題を解くこと)が高いことは分かってましたので、一教科で受けられる大学を選びました。一教科で受けられるなら、どこでも良かったのです。よって、私は卒業した大学に特には思い入れがありません。これまでもずっとそうでした。就職は出来ませんでした。私は精神的に追い詰められ、一時は幻覚(といっても、短期)を見るほどになりました。本が読めなくなり(今は回復しています。)、記憶が抜けるようになりました。覚えていられないのです。聞いたそばから、見たそばから、脳から流れ落ちるかのようでした。無気力も酷かったです。就職活動をしなければいけない時期にそんな状態でしたので、当然、就職は無理でした。これは今もあるのですが、あまりに精神状態が悪いと、呂律が回らずに言葉が上手く話せなくなります。精神科で診断してもらったわけではありませんが、明らかに鬱の症状でした。初期の時(適応障害らしき症状)に、精神科・心療内科に行くべきだったと思います。
まるで 急こう配のルートを通って山頂まで上ろうとしているかのようです。これまで できるだけ低いギアに入れることを余儀なくされ、かろうじて前に進み続けているといった感じでした。でも今、その坂道の一番上まで来たことを示す最初の兆候をもたらしています。今にも自然の力を味方につけ、予定よりもずっと早くゴールにたどり着けるほどのスピードで前進しようとしています。ひょっとするとそのスピードは びっくりさせるほどの速さかもしれません。ですから今のところは、忍耐強く前進し続けてください。
今日は面倒な用事がある。
午前も午後も~雑談しなきゃならないのが嫌なんだよな。自分の表面をした中身は別の人に今日の作業を委託したい。
それが出来たら楽なのにな。外用の自分の中身を何体か用意していつもの自分の中にセットする。いつもの自分と外用の自分が同じ体にいるからいつもの自分が疲れてダメになるんだからさ。
またわけわからないこと思って書いてしまった。それでも言いたいことを摘まんでわかってくれた人ありがとうございます
趣味の場以外で人と交流するのは難しい
職場にうまく馴染めない
けど職場の人間に全然興味もない
やる気に欠けてると思われてるんだろうか
あと集団でいると、誰も私に興味もないし
話したって誰も喜ばないし
と思ってしまう。
基本追い込まれると
0か100の精神状態になる。
そして自滅し始める私を見て先輩が
「今が辛いならひとつずつ変えていけばいいんやで?」
って言ってくれたの未だに感謝しかない。
己の未熟さを思い知った。
あの気持ちは大事にしたい。