ああ、疲れた。チョコレートドリンクがやけに美味しく感じた。きっと、体が糖分を欲していたんだろう。最近、遊びすぎて疲れているのかもしれない。楽しいのはいいけれど、ちゃんと休まないとダメだよね。イベントが多くて、どうしても無理をしてしまう。案の定、頭痛がひどい。少し昼寝できたらいいのに。
タイミングが良ければ相性がいいと思うんですよね。
だからトントン拍子で何かが進むときは大体自分に合っていることだと思います。
勢いで応募した仕事。ネットでポチッとしただけだからまだ面接の予定とか何も進んでいないのだけど⋯
この勢いで何かやるって大事なんですよね。今のシジューアラウンドの自分に最も足りていないものです。なので勢いを使えたということだけでもかなり前進したということになります。
若い頃は勢いあったわけではないですが、今の自分と比較したら勢いはあったかなとは思います。
最近、いわゆる「ぶんぶんチョッパー」がお菓子作りにも有用と知った。
生クリーム泡だてに使えるらしい。まだ試してないけど。
それでふと「じゃあ卵と何か混ぜる時にも使えるのでは?」と思って使ってみたら上手くいったので好んで使ってる。
そういう時は大体小さめ泡立て器を使ってたんだけど、混ざり具合と速さと労力がぶんぶんチョッパーの方がダントツ上なのです。
卵焼きを焼く時とか、卵を先に混ぜて粉に数回に分けて加える系のお菓子のレシピにも使える。
まだ試してないけどシフォンケーキの卵黄パートの混ぜにも使えるのでは?と思ってる。
洗い物は増えるけど、すぐ洗えばほぼ水で落ちるし、私の1番嫌いな卵の異物?が泡立て器に絡んだのを取り除く手間がないのが1番ありがたい。
チョッパーが強力なので気になるカラザ辺りの所も切り刻んでくれるらしく、卵液がなめらかだし、カッターには何も絡まない。
昨日はマヨネーズ入り卵液でとんぺい焼き作った。
うちの卵焼きは元からマヨネーズ入りなんだけど、マヨネーズはよく混ぜたつもりでもダマが残ってたのが、チョッパーだとあっという間に均一だったからちょっと感動した。
あのお弁当作りの日々のささくれみたいなストレスが昇華された…
あと、これまた嫌いだった「ナッツを包丁で刻む」も出来る。これは画期的!
刻むの嫌で作ってなかったナッツバーがあっという間に出来た。凄いよ、ぶんぶんチョッパーさん!
自分が通っていた幼稚園はもう廃園になっているとのことです。
だからといって寂しい〜とか別にないんですけど、そこそこ生きていると自分の時にあったものがなくなることが多くありますよね。
子どもが幼稚園のとき、帰りはバスにしていました。
これが保護者の私にとっては良かった。
あの帰りを待つ時間、そして園庭で子どもが遊んでしまうときに待っている時間⋯あの時間が苦痛すぎて⋯
何が苦痛か⋯それはもうひとことで言ってしまえば、“全て"なんですが、他の保護者と何か話さなきゃならない雰囲気とか、1人でポツンといても変な圧があったりとか⋯ライブはよく1人で行くので1人でポツンは日常なのに、あの場のポツンはすごい圧というか息が出来ない何かがありました。だからといって他の保護者と話をするのも疲れてしまうという面倒な感じだったのです。
ちょっと前に通わせていた幼稚園ではないですが幼稚園バスが突然打ち切りなんてニュースを見たので思い出していました。
あの圧って何なんでしょうね?言語化するのが未だに難しいのですが⋯単なる送迎以外の理由でバスを使っている保護者の方がいたら、突然打ち切りなんてなったら絶望しかないよなと思うのです。
病み上がりにケーキはやってはならないと心に誓いました。
美味しいのは一瞬だけであとは雪崩でした。しばらく体を労ります。
京都弁の裏の意味みたいなのあるじゃないですか?
例えば、「ええ時計してはりますな〜」と言われたら「早く帰れ」と言ってるのと同じみたいなやつです。
これ、本当なのかな〜なんて思ってましたが、以前色々一緒に作業した京都弁の方いたんですが、もしかしたらこの京都弁の裏の意味みたいな感じで色々使ってたのかもな〜なんて思い出してしまいました。
察する文化みたいなのはもしかしたらあるのかもしれないですね。そこに個人の性格が加わると人によってはパワー京都人みたいになるのかもしれないなと。
その方、噂がすごい好きな人で周りの情報に長けていたんですよね。転勤族なのにずっといる人より色々知ってるというか。
だからといって言葉裏の意味を使うということにはすぐ繋がらないんですが、そういう察する力を使い使われてきた中で生きてきたから、情報もネットより早くつかんでたのかななんて思います。
一度、買い出しか何かでご一緒したとき、やたら「後は1人で買い物ない?本当に大丈夫?」みたいに言われたことがあったのです。買い物もないしそのまま一緒に店を出たのですが、今思えば私と一緒に店を出たくないって意味だったのかな?って思うんですよね。何故、私と一緒に店を出たくないか?一緒にいるところを誰かに見られたくない、つまり、私が嫌われているという情報を得たんじゃないかと思うんですよね。自分に情報をくれるグループが嫌っている人を自分も嫌いにならないとうまくやっていけないって思っていたんだと推察します。
全部想像ですけど、あの人の察する文化に合わせていたら私の推察も別に悪くないかなと思うんですよね。
こういうことがあったから京都嫌い!京都人無理!ってのはないですし、私が苦手なのは噂好きで自分の意思のないあの人だから。ただあの人が京都弁を話していて、京都弁の特徴だと言われていることに照らし合わせたらそうなったんです。
八ツ橋は好きだし行きたいなとは思っています。京都。
前から行こうと思っていたサウンドインスタレーションに行った。いつもそんなに混んでないから、入り口で並んでいる列を見たとき帰りたくなったが、そのまま列に並んだ。
チケットを買って中に入ると、それほど混雑しているという程でもなかったので、充分に堪能できた。
音響が調整された薄暗い展示室の中で、いくつあるかわからないスピーカーから聞こえる自然の音やアンビエントミュージックのような音響、ノイズなどが緩やかにつながったり重なりあったりするのを聴いた。
たまに目を閉じて聴くと、音の良さもあって自然の音が流れたときにその場にいるような感覚になって、他のことを忘れるくらい没頭できて良かった。
とりあえずコーヒーを飲んて体調の良し悪しを計っているところです。
普通に飲めるので全快とはいかないですが、なんとか快方には向かっているということがわかりました。