2019.11.07Thu
非表示 03:08

人に会う予定を立てようかと思った時、
壁がいくつもあってハードルが高い事に気が付く。

特に家族の壁は高い。
私の予定<家族の予定
という、方程式が出来てしまっている上に
「は?あんたに会いたい人なんているわけないじゃん」
という暴言と共に私の予定は家族の予定に塗りつぶされて行く。

そうだね。私に会いたい人なんているわけないよねーと私自身がひねくれて行く。

2019.11.06Wed
非表示 23:12

青々とした草原に風が吹き抜けるのを見たことがある。
信じられないくらいに美しかった。
いつだって自然の中で生きている、そう思えば、なにかに気にやみ、なにかを待っているだけの自分はとても小さく感じる。
ネットの声とか気を惹きたい画像、誰かの噂、評価や見栄の類。
指先で弾き飛ばせるものごと。


非表示 18:20

自分の人生こんな風になるはずじゃなかった。
毎日つまらないし、仕事も怒られないようにビクビクしながら、次の休みまで何とかやり過ごすために行っている。

学生のころまでは趣味も見るものもテレビとかも全部今のものをみていた。
友達とは就活とか課題とか全部今のことを話してた。

今は昔のことばっかり言ってる。
聞く音楽も読む漫画も見る動画も
小中学生の頃はやったものばかり。

初めは話に付き合ってくれてた友達たちも
わたしがあまりにも懐古じみているから最近うんざりしているみたいで、
どんどんいろんな人と疎遠になってる気がする。
でも仕方ない、昔はこんな自分になるなんて思ってないくらい今が楽しくない。
昔は嫌なことも楽しいこともジェットコースターみたいにやってきてたけど、
辛いことも共有する仲間がいたから頑張れた。
社会にはそういうのはない。それは私の心持にもよるんだろうし、仕事に全力で取り組んで青春謳歌してるひとがいるのもわかるけど。
今の私には難しそうかも

もうどうしてもあの頃は帰ってこないんだなって最近いろんなことをあきらめてる。
働くようになって、学生時代よりお金は増えたけど、貧乏でもみんなで鍋を囲んだりラーメン食べてた時の方がよっぽど楽しかった。
今はあまりにもうだつの上がらない社畜だから、休みの日に子供の頃にはまってた漫画や歌手のCDを大人買いして思い出に浸って埋め合わせする、そんなことしかできない。

そんなことを大切な20代半ばでやってくすぶってる。
昔心から憧れてた人たちはもう自分と同い年くらいで活躍してたんだよな、と思ってまたうなだれる。
毎日毎日早く今日が終わればいいと思ってるし、明日なんか来なくていいと思っている。
早くこのループから抜け出したいな。


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非表示 12:59

昨日の面接の結果がもうきて、見事にお祈りでした。
終わったあと階段降りてて残り一段ってところでヒールが引っかかって膝から転んだので
なんとなくダメな予感はしてたんだよな。

ってことで、次頑張ります。


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非表示 11:08

自分から誘うって大変だよね
いつも誘ってもらってばかりじゃ…と思うから誘ってみたけど悪かったかなぁ?と思ってしまったり。
そろそろ誘ったほうがいい時期かな?と思うと案外自分が忙しくて、限定的な日程でしか誘えない。
そんな中でもこちらから誘って今から会うのだけど、午前中には予定があったみたいで強引になってしまったかな?と今でも思ってしまう。来月のほうがよかったかもなとか。
相手のことを考えてることばかり書いたけど、そうでもない。自分もなんだかんだで忙しかったので、今日休みたい………と思ってしまった。
もう駅にいて今電車を待っているところだけど、休みたいんだよね…と自分から誘ったのにウザイよね、自分。
本当は早めに出て少し自分の時間を楽しみつつ…と思ってたのに結局この時間。余裕はあるけれど楽しむ時間はないくらいの微妙な時間。
でもこれが自分らしいかも


非表示 10:11

太陽がひとたび西に沈んだら、その後はどうなるのでしょう? 波は押し寄せてきた後に何をするのでしょう? 春の次にくるのはどの季節で、夜中の12時の次は何時でしょう? 分かりきったことを聞いているのは自分でも分かっています! でも、私たちは自分の人生の背景をつくり出している重要な満ち引きのサイクルを見逃していることがよくあります。まるで深刻な状況にあるかのように思えているときは、その状況がずっと続くかのように思ってしまうものです。しかし人生には悪い時もあれば良い時もあります。そして、たとえあなたが今、好調より不調を感じることのほうが多いように思えているのだとしても、あなたはそれを変えられるだけの手段を持っています。


非表示 01:19

中学の時に人生を計画するみたいなものがあった。
全くイメージがわかなかった。私はあの年表通りだと、今、生きていない。
自分でも半分冗談で書いたような記憶があるが、時折、ふと思い出していた。
ちゃんとプロセスまでイメージできる人であれば有益なものであったのかもしれないが、漠然としか考えていなかった私はただただ数字に縛られていた。

普通になりたいと思っていたが、普通は難しいみたいだ。
何年もかかって悟ったものはほとんどなく、でもまだ私は生きている。
なんとなく勝手に決めていたタイムリミットも無くなった。
私は何処へ行きたいのだろうか。


非表示 01:09

しあわせになりたい。
自分の能力を最大限に発揮して、しあわせになる。
そうやって生きてくことを決めたんだ。

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