人間は不平を言うのが大好きです。あなたが一つの不平を片づけるやいなや、対処しなくてはならない別の不平が浮かび上がってきます。あらゆることについてあら探しをする人々は果てしなく延々と不服を唱えているのですから、それはまったく驚くに値しないことです。彼らの不平や愚痴を抑え込むために何かできることはないのでしょうか? おっと、不平を言う人たちについて私たちも危うく不平を言ってしまうところでしたね! 月食を間近にひかえている今日は、このところ 苛立たせている人物に対するあなた自身の態度について偽善的にならないよう気をつけてください。
このご時世に何を言ってるんだという話かもしれないけれど、「密」という言葉につい笑ってしまう。
ソーシャルディスタンスを意識づけるためにはとても分かりやすい言葉なんだけど、テレビに映る政治家や専門家が真面目な顔をして「密ですので」「密に気をつけていただいて」なんて言っているのを耳にすると、なんだか少し間抜けというか、なんだろう。
いつのまに「密」という漢字1文字で表された単語に「密閉・密集・密接」という意味が含まれたのだろう。
そうだ、わたしが言いたかったのはこれだ。なんだか若者の略語に聞こえて笑ってしまうんだ。「密閉・密集・密接」を一括りにして「3密」、そして「3密を避けてソーシャルディスタンスを意識しよう」という声がけとともにステイホームを掲げていたはずなのに、かなり簡略化されてついには「密」となってしまった。
一時期話題となった「密です」というやりとりよりも、真面目な記者会見中にさも当たり前かのように挟み込まれる「密となってしまうので…」おそらく半年前だったら絶対に伝わらない言葉。
こうして言葉に新たな意味が付随していくのか。
【今日できたこと】
・筋トレ4セット
・ご飯作った
・絵を二枚描いた
・英語30分した
ご飯がそこそこ美味しく作れた。
眠いから早めに寝たい。
月初めなのに既にお金ない!やばい!って思ったけど、先月末に買おう買おうと思っていた必要なものはもう買えてるんだよね。
お財布に残った金額は少なく見えて心細くなるけど、消えた訳じゃなくて、別のかたちとしてそこにあるんだよな。
私は無駄遣いはしてないし、損はしてない。
ATMに行けば財布にお金を追加できるけど、それじゃ節約の意味が無いから、絶対に行かない。
これで今月乗り切ったらきっと自信に繋がる。焦らずがんばろ。
「事実に向き合わなければダメだ」とか「現実を見ろ」とかいったことを他人に言われたい人などこの世にいません。こういう類(たぐい)の批判をする人たちは、現実というものは人それぞれ置かれている立場によってまったく違って見えることがあるという事実を理解する能力がないと自ら宣伝しているようなものです。実際、そんなふうに責められている側の人たちのほうが、批判している当人たちよりも勇敢に、より多くの事実に向き合っているかもしれません。金星が火星とリンクしている今、あなたの認識と誰かの認識との間にズレがあります。どちらが正しく、どちらが間違っているかということに気をとられるのではなく、相手の見方を尊重するよう努めてください。
同じ年齢でも様々な人生があるような歳の今。
これくらいの年齢になってしまうと、熱意があるように見える説教も綺麗に聴こえる歌も日常の風景の一部になってしまうんだよね。
若い頃もありきたりなスローガンを聴いて改心したなんてことはなかった。でもそれを聴いて、いかに自分の心に響かないかという炎を燃やしていた気がする。
そういう反逆の炎というと大袈裟だけど、今はそんな燃料もなければ火をつけるマッチもライターもない。ないから買ってこようとか借りようとか、そんな考えにすら及ばない。
しかし、誰も拾いそうもない日常の一部を拾っては勝手に喜怒哀楽を展開させたりはするようになったかな。
誰も私が何が楽しいのか?何で怒っているのか?本当の意味でわからないだろうけど、それは自分しか知らない土台によって生み出されてるんだからそれでいい。
それは寂しくも見えるし自由にも見えるのかも。はっきりしないくらいがちょうどいいね
無理はしない。疲れたらいっぱい寝る。朝ごはんはちゃんと食べる。
週末は我慢してた髪の毛をバッサリ切ってもらって、シュークリーム食べるぞ!
【今日できたこと】
・筋トレ4セット
・英語30分
・模写作業
筋トレしてて思ったけど確実に腹筋に効果出てきてて楽しくなってきた。やり始めた頃と比べると、あの時このくらいでへばってたのに今では簡単にできることに気づく。
今日は久々に模写したら結構楽しかった。模写ってきつい時はきついけど、既に答えがあるからそういう意味ではわかりやすい。
おい、そこを行く半端者よ。よく聞け。
皆が言わぬことを、私が言ってやろう。
お前の夢は、絶対に叶うことはない。
当たり前だろう。何を勘違いしている。
お前には恵まれた才能も、感性も、技術もない。
それなのに、熱意も努力すらもない。
それで夢など叶えられるはずもないだろう。半端者よ。
そもそも、お前が描くその夢の根拠は何だ。
まさか「好き」や「得意」などと言う曖昧な気持ちではなかろうな。
なあ、考えてもみろ、半端者よ。
お前は「好き」や「得意」というだけの医師もどきやパイロット気取りの奴に命を預けられるのかい。
命でなくともいい。「好き」や「得意」で物作ってる奴に金を払えるのかい。
払えるって?それは、そいつの「技術」に金が払えるだけだよ。お前には、その技術がないと言っているんだ。半端者よ。
技術をつけるには努力しかないな。
努力はしてる、そう言うのかい、半端者。なら、その努力を振り返ってごらんよ。
どうだい、胸は張れるかい。他人に、これだけの事をやっているのだと誇ることができるかい。
逆に、他人から聞かされたとして、それはすごいと称賛できるかい。
出来ないのならば、それは努力とは呼ばない。自己満足と言うのだよ、半端者よ。
なあ半端者よ。よく考えてもみろ。
お前のその夢は、どのくらいの人が目指しているものなんだい。
成功した一握りの下に、どのくらいの人が踏み台となり沈んでいると思ってるんだい。
同じ夢を描く十人よりも、百人よりも、千人よりも。
お前の作品は、お前の技術は、お前の知識は。
優れていると言えるのかい。自分だけは違うと、まだ思っているのかい。
若さを言い訳にするな。
今やらぬ者がなぜ明日やれるか。
時間を言い訳にするな。
時間に負けるようならば、お前の夢は所詮その程度ということだ。
時代を言い訳にするな。
先人に。プロに。本気の人間に。その全てに失礼なことだ。
特例を言い訳にするな。
お前にはその才能はない。お前は平凡なただの人間だ。
夢を、言い訳にするな。
お前の夢は、やらなければならないことをやらなくてもいい免罪符ではない。
わかったか、半端者よ。
お前の言う夢は夢ではない。それはただの趣味だ。
お前は、夢という聞こえのいい言葉に酔っているだけだ。
夢というのは辛くて、苦しくて、大変で、困難で、涙を流しながら、逃げ出したくなりながら、それでも歯を食いしばってつかみ取るものなんだよ。
夢を追う覚悟も持たないくせに、夢だ何だと気安く口に出すんじゃないよ、半端者。
捨てられぬ想いを持ち。
身を切られるような努力を重ね。
絶対に叶えるという想いと日々研鑽していく気概に満ち。
そして何より、行動している。
そのような者だけが、夢を語ることが許されるのだ。
それがわかったなら、口をつぐみ、動きだせ。
それが嫌なら、そんな安っぽい幻想は捨ててしまいな。半端者。