自分が中身のない空っぽな人間なんじゃないかと思っていたんだけど、ただ単にインプットとアウトプットの両方が下手なだけかもしれん
緊急時には、反目し合っている政党の政治家たちでさえ重要事項では一致団結します。このような協調は、普段であれば国民を混乱させるだけなのかもしれませんが、大きなストレスにさらされている国難の時にあっては特別な忠誠が必要とされることを私たちは皆、理解しています。ひとたび嵐が過ぎ去ったら(いずれ必ずそうなりますが)、きっと彼らはまた、いがみ合っているかのように見せかけなくてはならないのでしょう。あなたは今、普段から意見が合わない人物と連絡を取り合っています。あなた方のどちらともが認めようとする以上に、とりあえず過去のことは水に流して手を取り合える時が近づいています。
今日も特にやることもなく。
とり胸肉をどうにかしたいと思いつつ、ソファーに座っている。
この静かな時間が貴重なんだよね。ご飯支度の時間に自分の時間が出来るともったいなぁ。
肉を小さくして片栗粉でまぶしてこんにゃくと炒めようかな。
塩とニンニクの味がいいかな。今はニンニクとか堂々と食べるチャンスだよね。家族以外には会わないからね。
仕事がなければ誰かに会うほうが珍しいかな。
頭の中では夕飯は出来ているのに…
何もしていないのにお腹がすく。
やることももうないし、やりたいことはあるけれど、家の中で1人の状態でしたいことばかり。
それは今は叶わないから、お腹が空くしかやることがないのかも。
なんとなく朝からグチグチ言いたい気分で、そんなことを気軽に言える人もいないんだけどね。
だからこそ、1人で悶々としていたいんだよね。
1人なら喜怒哀楽が自由。
バスに乗れば、あらかじめ決められたルートをたどることになります。たとえ本当に降りたい場所を通り過ぎてしまうことになったとしても、バス停からバス停へと進んでいかなくてはなりません。途中で「止まって!」と叫んで降りることはできないのです。それは無礼な行為とみなされるでしょう。それに、バス停で降りるというのは世の中にある決まりごとの一つなのです。不満なのかもしれませんが......でも、どうしたらそれを変えられるというのでしょう? 不平を言うだけさらにイライラが募(つの)ってエネルギーを無駄にすることになるでしょう。今、どうにもならない何かに文句を言いまくっている領域はどこでしょうね?
急激にヘトヘトになって、しょぼくれている。
自分のやるべきことを全うしようと思ってたのに、ほかの人たちの感情に激しく揺れてしまう。
今だれかに強くハグしてもらって、よくやったと言ってほしい。という甘いことを考えてしまう。
そんなことがあったら、多分声を上げて泣くと思う。
せめて、ねこを撫でて過ごしたい。ねこもいないけど。
声優の藤原啓治さんが亡くなった。クレヨンしんちゃんのひろしだった。
昨日、オトナ帝国の逆襲を見た。というものの、まだ全部は見ていない。
昔、子供の頃に見た記憶があった。あの時からあの映画は異色だった。
私の母はひろしと同じように70年代の中で生きてきた人間だ。
私の父は私が幼い頃に家を出ていった。
両親の間に何があったのかは今もわからないがそういうことになった。
私の父もまた、ひろしと同じように70年代の中で生きてきた。
ひろしは昔の懐かしさと今の間で思い悩む。
その回想の姿が、父と母に映った。
涙が出た。私の父もまたひろしと同じように昔と今で悩んだのかもしれない。
昔と今の選択を行ったのかもしれない。その結果が離婚だったわけだが。
ひろしは今に戻ることを選んだが私の父は昔を選んだ。
全国のお父さんはどの人生を選ぶのか。
人生は思うようにはいかない。
私は当然70年代にはいないのでその当時の懐かしさはわからないのだが
両親がこの時代の人間なので感情が遺伝子により伝染しているのか、
意味不明な説明で申し訳ないのだがわからないがなんとなく
その空気感は覚えることができた。この映画でもそれはあった。
わくわくしていた時代だったと思う、人も社会も。
でも昔のことって美化しちゃうの、なんでかな。
私は90年代が好きだけどあの時代は閉塞感。
息苦しい閉鎖空間のようなものがあった気がします。
社会も重かったが今となってはなぜか懐かしい。
あの頃に戻りたいとさえ思います。
懐古主義とか、今じゃ老害と呼ばれるのも必須。
だけど、私はそんな昔が好きだ。
ひろしは全国のお父さんに重なると思う。
もう一人のヒロシはちびまる子ちゃんの父ヒロシだけど
日本には本当にいいお父さんが二人もいるんだなと思った。
父の存在をあまりわからない自分としては羨ましい。
何度かこの二人に父親像を重ねたことがあった。
私が懐古主義になる時はパソコン黎明期だな。
あとはテレビが面白かった時代とカセットテープの時代。
ビデオデッキの時代。懐かしすぎて胸が掻き毟られる思いだ。
胸がざわつく、胸がどうしようもなくざわざわする感じだ。
父があの時どんな思いで選択したのか、
どんな思いで離れることを決意したのかはわからない。
いい父だったのか、悪い父だったのか、今はわからない。
昨日は藤原さんを偲びながらひろしを見て、自分のお父さんのことも思い出した。
お父さん、元気かな。悪いやつだったのかもしれないけど、それでもお父さん。
人にはみんな、故郷があって、ふるさとがあって。
みんな、いろいろな生き方をして、色々な思いで今日までここまでやってきた。
みんな、生きてきた。みんな、自分の人生を、自分の道で生きてきた。
そんな、ことを思いました。
吉田拓郎の「今日までそして明日から」が挿入歌であった。
泣いた。吉田拓郎は、いいですなあ。私のお母さんも大好きです。
70年代といえば、かぐや姫の南こうせつとかも母は好きだ。
昭和が好きです。私はやはり昭和が好きでした。
平成も好きでした。平成は私の青春でした。
若かったあの頃、歌詞が響く。昔って、いいですね。私は昔が好きです。
戻りたいです。出来ることなら、昔に戻りたい。過去が美しく見えます。
たまにはそんなことを思うのも悪くないと思うのです。
でも今の私も好きです。
最近、ジョギングしてる人が増えた気がする。あと、夕方買い物に行くとき、外を歩く人が増えた気もする。トイレットペーパーやティッシュペーパーをコンビニで見かけることも増えたし、これでマスクが普通に買えるようになったら、みんな以前のように外出しちゃうんじゃないか? そんなふうになって欲しくないけど。
昨日、親から電話があって、今年のゴールデンウィークは帰れないね、と話した。長めの休みには、だいたい前半か後半で実家に顔を出していたから、長く休んでいるのだけど何となく中途半端な感じがあった。今年の連休は休みの間、全部好きなことができるから、とてもリラックスして過ごせそうだ。
こんなことを話さなければよかったかな?と後から思うのが嫌だから1人の時間が多いほうがいいよね。
家にいるのは得意だけど誰かとずっと一緒にいるのは不得意。
1人でコーヒー飲みたいなぁ
ロマコメ(ロマンチック・コメディー)映画が山場にさしかかると、登場人物が愛する人に大げさな意思表示をすることがよくあります。大急ぎで飛行場に駆けつけ、意中の人に「その飛行機に乗るな!」と叫んだり、大勢の人々の前で恋人にセレナードを歌ったり、夜空に花火が打ち上げられる中、プロポーズをしたり......。そんな場面を見た観客はうれし涙を流し、歓声を上げて、ほんわかした気持ちで家路につきます。あなたもまた大きな行動を起こすことを検討しているようです。でも、失敗することを考えて二の足を踏んでいます。幸い、新月が変化を促進してくれるので、ドラマチックなことをする必要はありません。誰かに思いを伝えるのだったら、シンプルに、心を込めて行ってください。