私がイラストを描くのは、自分がマンガ好きでイラストを描くのが好きだということを忘れたくないからだ、ということに今日突然気がついた。
特段上手いわけでもないし、どれだけ描いても下手なままだけど、自分が一番好きだと思っていることをいつまでも大切にしていたいんだな。
「嫌いだと思ってたら会わないよ」なんて、
残酷な言葉だときっと貴方は解ってて使った。
私が何も言えなくなって、黙って言いなりになってしまうのも解ってて。
自分が飽きるまで都合のいい相手で居て欲しいと。
甘えられる行為の裏に隠された現実を、
私は改めて目の当たりにして、
それでも好きだと言うだなんて
その感情はただの依存ではないのだろうか。
彼の部屋から、私の物を持ち出した。
彼に、好き と伝えた。
ありがとう と言われた。
同じ言葉は返せないと。
私は、潮時かなと思った。
彼は別れ際、また と言った。
何かを察してしたのだろうか。
私たちに貴方の望む また があるのだろうか。
通常に戻るのが嫌だな…
いつも人との距離があるけれどそれ以上に離れていた今は楽だった。
湯気が立ち込めているラーメン屋とか1人で演者も観客もやるカラオケとか、そういうのはやりたいんだけど…
暇だし、家族とは距離が近くなってそれはそれでしんどい時もあるけれど、やりたくないことが戻ってくるのが本当に恐怖。よく今までやっていたよなと、とりあえず自分を褒めておく。
明日は久しぶりの仕事だけど、これが久しぶりだと感じないほど仕事とも距離があって、はっきり言うと行きたくない…変わらず働いている人と、この情勢による家庭の事情でポツポツしか働かなくなった私とは微妙な距離がある。サボってたわけじゃないけど罪悪感みたいなのが出てくるというか…
そういうのも含めてすべてがなんか面倒だし、戻したいけど戻すための気力がない。ゆっくりYouTubeで昔の音楽聴いてるときだけ誤魔化せる。誤魔化し続けて毎日を消化するしかないか。それがいつもの自分だよね
前髪が伸びた。
美容院ではいつも「眉毛が隠れるくらいで」とお願いをしている。最後に美容院へ行ったのは3月末、今ではもうすっかり両目が隠れてしまうくらいになった。
正直なところ、1ヶ月経つ頃にはもうすでに顔にかかる髪を煩わしく感じていた。普段なら自分でハサミを入れる頃合い。ザクザクと切って、次に美容院へ顔を出したときには馴染みの美容師さんに「我慢できなかったの?」と苦笑いをされる。ここまでがワンセット。
ただ、今回は少し踏みとどまった。
いつまでこの日々が続くんだろうな、島からほとんど出ることもなく、人のいない職場でひたすらパソコンと睨めっこする日々。少しくらい前髪が伸びたところで、怪訝な反応をいただくこともない。
そうだ、次に営業再開する日まで前髪を伸ばしてみよう。あと2週間程度。願掛けというわかではないけれど、再開の日はすっきりした気持ちで迎えたいじゃないか。
なんて決めた日から3週間、このままいけばワンレングスにできるかもしれない。
今のわたしの前髪は、横に流すとトラガスを隠してしまうくらいには伸びた。憧れはあったものの、いつもはすぐに嫌になって切ってしまうから実現には至らなかった髪型。
もう少し、あともう少しだけ伸びてくれれば、前髪を綺麗に耳に掛けることができるのだけれど。
わたしの前髪が伸びるのが先か
それとも、休館が延びるのが先か
どっちだろうね。
ひとまず、あと1週間。
失業に追いやるリスクを覚悟の上でお尋ねしますが......未来がどうなるか、本当に知りたいですか? いやいや、誤解しないでください。なにも、隠しておかねばならない何かがあるということをほのめかしているわけではありません。その逆です! むしろ、せっかくのサプライズを台無しにしてしまうのではないかと心配しているのです! ある考えがはっきりとした形となって浮かび始め、日を追うごとに明確になりつつあることから、自分の未来について思い描く未来図もじきに出来上がるでしょう。ついでに言えば、その絵はバラ色に輝いて見えます。それを信じて、心配しないでください。
ここ一週間、やり切った。
ギリギリを詰めていった、渾身の作。
仕事から帰ってからの作業が、充実感でいっぱいだったこと、ちゃんとして伝わっているだろうか。
ディテールに神宿る。
いい時間だった。
久しぶりに百貨店に行った。
買わないといけないものがあったから。
特にそれ以外に目的はなかったけれど、自粛中に見る時間が増えたインスタの広告で、素敵だなと思ったブランドの店舗をたまたま発見したのでふらりと寄った。
店員さんに接客してもらいながら試着したりなんたりしていたら、普段買わない金額のお洋服、買ってしまっていた。
嬉しいな。
早く心おきなく着て出掛けられるようになりたいな。
尊敬する人は?と書かなきゃいけないときは、とりあえず「両親」と書いてるけど、別に尊敬してないんだよね。
好きとか嫌いとかの話ではなく尊敬はしてない。
じゃあ何故両親と書くのか?と問われたら、無難に両親と書くしかないかな?と思ってるだけ。
特にいないのよ、尊敬するって感覚の人が。そんなにみんな尊敬している人いるのかな?
その時々で、この人すごい!とか思ったりはするけど、尊敬と言われるとすぐ出てこない。
もしいたとしても、それを誰かに伝えたりしたくないかな?自分の中だけで勝手に崇めていたい。まあ尊敬ってなると本当に誰?って思っちゃうから心の中で崇めることも出来ないけどね。
年齢的には尊敬する人くらいいたほうがいいと思うけど「特になし」だよね。本当は。
こういうところで色々書いてるから矛盾はあるかもしれないけど、自分のことを知られたくないんだよね。
嫌いなことも受け入れてくれる人にしか好きなことも話したくないからかも。だけどそんな人いないから、こういうところに書くのかな?これは本音だからね。いつも本音の落書きをさせてもらってありがたいです
休館から約1ヶ月半が経った。
町営バスの車内はすっからかんで、見慣れた運転手さんが「港?」と訊く声に「お願いします」と返す。
途中で乗り込んでくるのもいつもの顔ぶれで、バスは静かに海岸沿いを走っていく。
ふと窓の外で何かが光った。
太陽が海に反射した光のようだった。
ああここからも海が見えるのかと、4年目にしてようやく気付く。
見慣れた島の風景のはずなのに、ツツジの群生や民家の間の抜け道など、知らない景色が沢山見つかる。
「今日は本は読まないの?」
ぼんやり窓の外を眺めていると、前の席に座っていたご婦人から声が掛かる。いつもわたしの1つ先のバス停から乗ってくる方。
「まるで20年前に戻ったみたいね」
20年前の風景を見たことがないわたしでも、なんとなくわかる。あたたかい春の日差しと穏やかな瀬戸内海、咲き乱れる桜とツツジ。
「なにが正解だったんでしょうね」