30年も生きてしまった気持ちでいっぱいの中、全力でお祝いの1日を作ってくれた彼がとても愛おしいと思った。
たとえあなたが順応し、流れに任せることができたとしても、自分が何をしていて、なぜそれをしているのか知っておきたいに違いありません。特定の成果を目指すことで、目標に集中し、それにエネルギーを注ぐことができます。最近、また一段と高いレベルの不確実性に順応しなくてはならなかったというだけで、そのことに不満を感じていないわけではありません。夏至の日食が明白な答えのない問いをもたらしている今週末は忍耐力が求められます。とはいえ、自分はどうすべきなのかという問いの答えを見つけたあかつきには、ずっと待ち望んでいた変化が起こる日も近いでしょう。
父は昔から、最近では母も無意識なのか意図的なのか、
「妹ちゃんが使うかも」「妹も行く?」「妹ちゃんの好きな料理にしないとね怒るから」などなど妹の名を使い自分の行動理由にする言動が見られる。
これにはあらあら末っ子の妹が大層お可愛いのですね、と拗ねた真ん中っ子人生をこれまで送ってきた(きている)のだけど、最近はなんか違うな?と思えてきた。
だって本人の妹がほんとにそれ望んでるか??なことにも「妹ちゃんがー」て使うんだよな。出しやすい名前と大義名分なんだろうか…?
自分の行動理由は自分の意思だが、他の誰かに仮託するとやりやすくなる話。
今日できたこと
・筋トレ2セット
・英語40分
・絵を描く
漫画をかけるようになりたいけど、コマ割りから躓いてしまう。
台詞が多くてコマ数が多い漫画や、逆にコマ数少なくてスッキリしてる漫画を見るけれど、どれもその作者の人なりのテンポがあるんだなと見てて思う。ひとコマの中で導線とキャラクターの動きを表現するのもすごいなと感心する。アニメと違って動いてるわけではないのに動いて見えるのがすごい。
絵を描くので精一杯だったりする。なんか悔しい…。
例のウイルス対策で世の中には「仕切り」がいっぱい。
飛沫とか関係なく仕切りってなんか落ち着くよね。
自分の空間の確保が自然と出来るというか境界線がハッキリとしているのはよい。
境界線が曖昧だとズカズカ入り込んでくる人もいて嫌だし、自分も誤って入り込むこともない。
1人ひとりが自分のスペースを保つって素晴らしいよね。
距離と仕切りとマスクがあれば、色々なことが隠れて見えなくて考えようによっては上手くやれそうだ。
それだと寂しいと素直に言える人間になりたかったけどね。
自分の仕事すらできない人が集まる
この職場で
いつも声がけしては
仕事してもらい
もちろん自分の仕事もこなし...
そんな生活に疲れてしまった
世界はこれまでもいつだって不公平だったのでしょうか? それを政府のせいにできるでしょうか? あるいは、もし この仕事に専念したなら、いつの時代も変わらないことに気づくでしょうか? 確たるロードマップがなくて、より良く、より優しく、より公平な社会をどうやって築いていけるというのでしょう? 今日は、こうした類(たぐい)の懸念に支配されてはなりません。水星が逆行に転じている今、もし「自分が見たいと思う変化になる」ことができれば、他の人たちも 後に続き、世界において真の向上を実現できるでしょう。
今日できたこと
・筋トレ2セット
・英語40分
・絵を描く
デジタル模写って意味ないんじゃっていうか楽してない?って思って鉛筆模写に変えた。
デジタルだとすぐ色置けるからそういう意味では楽だけど、あまりに楽すぎて罪悪感を抱いたのでアナログでやろう。
アナログもやらないと感覚が鈍る気がして少し怖い。
やっと1人の時間を確実にとれるようになったけど、解放感とかそういう晴れやかな気持ちがなくて自分でも驚いてる。
頑張ってやろうとしたことが余計なことと言われたり、かと思えばやらないと文句言われたり、もしくは言われてそうだったり。そういうのが続いててちょっと疲れているのかも。
どんな風に気持ちをシフトしていけばいいかわからないなぁ。何歳になってもこんな感じだ。
ご飯支度もやりたくないな。会食がダメみたいだからご飯食べるのが当たり前で作らなきゃならない。
私自身は1人で食べるのが好きだから会食出来ないことはいいんだけど、作るのは面倒だ。
豚バラとキャベツを味噌で炒めようかなとは思ってる。
ブロッコリーは茹でるだけで勘弁してもらおう。
みんな色々再開してるのに、1人だけダメ人間みたいだな。流れに乗るのはいつも出来ないから流されよう
新しい事を始めるのは難しい。とても勇気がいるものだ。
勇気を出して新たな世界に踏み込んでみたら、そこには新たな出会いや楽しさがあるだろう。
しかし、勇気を出して飛び込んでみたのに、その業界の先達から「にわかが」とか「なにも知らないくせに」とか言われたとしたら、どうだろうか。きっと二度と関わりたくないと思う事だろう。
「古参のファンが業界を殺す」
趣味の世界でよく言われていることだ。
確かに、古くからのファンは資金面などでその業界にずっと貢献してきたのだろう。そうやって支えてきたコンテンツに後から入ってきてオイシイところだけを取っていく(と、思っている)のは、古参のファンとしては面白くはないだろう。
古い話で恐縮だが、ゴールデンボンバーが『女々しくて』をリリースし流行った時に、ビジュアル系バンドの女性ファン、いわゆる「バンギャ」の数が急増したそうだ。
しかし、それまでビジュアル系バンド界を支えてきた、それこそ「イカすバンド天国(通称:イカ天)」時代からのバンギャの中には、そんな新しいファンたちを「にわか」として排除しようとした人たちがいたらしい。
これはバンド界隈だけではなく、アイドル業界やスポーツ、ゲーム、何でも起こりうる話だ。
しかし、古参のファンもいつまでもそれを追いかけている訳ではない。他のものに目移りしたり、年齢や環境の変化で辞めざるを得なかったり、段々と減っていく。
そんな状態で新規のファンを拒絶、排除すれば、その業界はどんどん先細りとなり、いずれ消滅してしまうだろう。
その業界を真に愛しているのであれば、間口を広げ、新規のファンを取り入れるゆとりを持とう。にわかファンだって定着すれば立派なファンだ。むしろ、最初はみんなにわかではないか。
古参のファンが悪い訳ではもちろんない。今日までそのコンテンツが生き延びてこられたのは、それを下支えしてきたファンが居たからだというのは間違いない。
古参は新規ファンを暖かく迎え、新参は以前からのファンに敬意を払う。そんな環境を整えられた業界だけが、長く愛され続けていくことができるのだと思う。
……ところで、今や日本の有権者の54%は50歳以上が占めている。定年後の60歳以上としても、39%だ。
新規参入が途絶えたコンテンツは消滅していく。この国は新規の、若者のための政策をうっていくことが出来るのだろうか。
そして現役を離れ、かつての日本を支えてきた方々は、コンテンツを、日本を守るために新規のための取り組みを受け入れてくれるだろうか。
日本をオワコン(終わったコンテンツ)としない為にも、未来に向けた取り組みを実施していってほしいと願うばかりだ。