最近はサウンドトラックとか環境音とか声のない音楽をよく聴いてる。
昔はそれこそクラシックとか歌ってない音楽って何がいいのかよくわからなかったんだけど、声ってなんか情報量多くて疲れやすいんだなって最近気づいた。ノリノリになりたいとか極限までダークな気分になりたいって明確な時は歌があったほうがわかりやすいけど、なんとなく流して落ち着きたい時はつなぎ目もわかりにくいようなBGMずっと流すと作業も捗る。
生きてる限り、何度だって後悔する
捨てなければ良かったと
離さなければ良かったと
それでも昨日には戻れない
半年前にも、1年前にも
進むしかないなら、進むしかないから
生きていきます。
(本音:あーすてなければよかった!めっちゃ悔しい!)
今日なんかの日だった気がする
やけに聞き馴染みのある日
そんな日が増えていった
それが元カノの誕生日だったり
付き合った日の記念日だったり
当時は特別だった日
今ではなんでもない日
そういう何かの日がいっぱい溜まっていって毎年この日は特別だったんだなって思いだすよ
そしたらこれからはちょっとだけ思い出す日だね
配慮はできるけど、一対一でしか効果がないタイプの配慮の仕方なので
一対十の職場では認めて貰えない
求められているのは一対十の効果なので、「出来ない人」とレッテルがつく
でも対応する方はみんな、貴方は配慮ができると言ってくれる
十が認めてくれなくても一が認めてくれるなら良いかと仕事をしてる。
十のうちの一だと、気付いてくれる人はいるのだろうか
今の職場にはいないのかな、
別に現場を押さえたわけじゃないけど、この人に悪口言われているんだろうなっていうのわかりません?
あんまり言うと被害妄想の激しい面倒な人になってしまうけど。
そこそこ生きてきてわかるようになった。うまく言えないんだけど、その人といる空気感とか変なんだよね。普通に談笑していても空気が重いというか。
まあ、噂好きだったり、すぐに他の人の悪口を言ったりしてるのを見てたから余計にそう思うのかな?
それはしょうがないよね、自分で蒔いたタネなんだからね。
誰かを判断するのは自分じゃなくて他人だからね。
気をつけなければなりませんね。
いいなぁ、と思うものは
すぐに完売し在庫なしになってしまう
数量限定品だと
たくさん生産されないのかもしれないけれど
価格を抑えていて利益が
出ないのかもしれないけど
なんで欲しい人すべてに行き渡らないんだろう
買えないとわかった時点で
あんなに欲しかった欲が
すん、と冷めてしまう自分
転売されてるものを買いたいとは
思わないし
わざわざ在庫数を押さえて
特別感を出してる?という販売手法なのが
いやらしいなと疑ってしまう
そして購入意欲がなくなる自分
ネガティブだけど嫌いじゃない
不倫会見がニュースになる時点で
この世の中が平和すぎるのか
みんなコロナで疲れてしまってるのか
よその家のことなんて
当事者に任せておけばよいものじゃないの?
もっと別のことを報道してほしいものです
職場で新人を次々に辞めさせていたおっさんが
とうとう異動になった
遅すぎる対応...
本人はこの時期にあるはずのない
異動の意味がわかってないようで
「新天地」で働けることに
喜んでいるようだった
こちらでの勤務最終日にも
ロクに挨拶もせず
旅立っていったけど
歳を重ねて大人にはなっても
礼儀も作法も、マナーも知らず
生きていくのは恥ずかしいことだと痛感した
人を思う気持ちがあれば
自然と身につくはずなのにね
寒くなりましたねえ、最近コロナも増えてきているし、皆様気をつけてください。私はというと毎日順調良く荒んでおります・・・昔みたいに感動する事も減りました。長く生きていると心が動かなくなってしまうのかもしれません。日々だけが移ろい変わっていくだけです。気がつけばもう12月師走ですよ。信じられないアンビリーバブル。怖いですねえ。年取ると早いものです。若い子が熱狂するアイドルグループの顔も同じに見えています。老化ですか。最近のアイドルは完璧過ぎて怖いです。おニャン子クラブとか昔の松田聖子とか中森明菜のようなどこか野暮ったい感じのアイドル出ないですかね。今なら逆に新鮮味あると思います。中森明菜のスローモーションとか大好きです。科学は進歩したのに心は昔のままなんです。おニャン子って一年ぐらいで解散したんです。もっと長いと思ってましたが強烈に印象に残っています。AKBとも違う昭和の女の子って感じです。「じゃあね」という卒業ソングが好きでした。今でも泣ける。思い出すと泣ける・・・私の青春でした。私はバイクも好きでした。昔に戻りたい。