高卒2回分くらいの年齢ですが、最近は腰がなんとなく辛いですね。痛いってほどではないけど、グリグリと押すと気持ちいい感じがする。
そんな感じでグリグリと押してるとゴリゴリっとするところがあるので、ネットで調べていたら何故か腰に充ててツボを刺激する器具のページを熱心に見てしまった。結局ゴリゴリについてはよくわからないまま。
様々な器具をネットで見ていたら、青竹踏みのページに飛んでた。青竹踏みといえば佐野ラーメン。あの不揃いに縮れた麺とあっさり醤油味が好き〜と余計なことを思いながらも、ちょっと青竹踏みに興味が沸いてきた。
足の裏ってツボがいっぱいあるらしい。なんか刺激してみたくなってきた。
ここで衝動的にポチッとスマホを刺激しないで、ちょっと考えて見ようかな?青竹踏み。100円ショップでもプラスチックのボツボツがついたタイプが買えるみたいだけど、あの竹そのもので作られたものを踏んでみたい。
高卒1回目のときはマッサージ器具なんて買おうかどうかなんて考えなかったのに。時の流れとともに体も駆使してるんだろうね。よくわからないけどツボっぽいところを押してからおやすみなさいですね。
つらい
今の状況がつらい
自分の無力さがむなしい
明日になったら
何か変わるかな?
そんな淡い期待をしたところで
自分が変わらないのに
変わるわけない
誰かのせいにしたいけど
それもできない自分
救われたいけど
何をどう救われたいのかわからない
気持ちがラクになる魔法ってないかな?
家族って何だろう。離婚したり、再婚したり、簡単に壊れるし、
簡単に作れるのが家族なのかな。そんな家族私は嫌いだ。
偽物ではないか、ただの作り物ではないか、例外なく、私の家族も。
それで悲しい思いをしている人がどこかにいたとしても、
それでも家族なのかなと最近はわからなくなってきた。
知らない所で泣いている人がいるのにそれでも家族なのかなとか。
家族の形を成していても見た目にはわからないアンバランスな家族は山ほどあったり。
私は社会の人間関係よりも家族関係の方が厄介だし複雑だなと常々思う。
確かに言えるのは、誰かを傷つけて手に入れた幸せなど、安物だと言うことだ。
そんな家族なら、私は捨てる。こちらから願い下げである。
追記)いや、考えていたのだが、これは私が元々「家族というもの」に期待値を上げ過ぎたのだ・・・・夢を見過ぎていたのは、もはや私の方だったのかもしれない。
確かに、そうだ。私が馬鹿だったのだ。私はちょっと潔癖すぎるのかもしれない。
「私が家族という幻想に囚われていただけに過ぎないのだ。」
それが私の悪い所なのだ。そして悪い意味で純粋過ぎる所なのだ。
だけど信じる事の何がいけないというのだろう。
だけどそれは簡単に裏切られていく。
人を信じれば傷つき、信じなければ空っぽの人生になっていく。
人というものは、どこまでも虚しい生き物だ。
「そうだ、その通りなのだ。」
初めから私の家族など、どこにもいなかったのである。私は、・・・・私の家族を作ればいいのか。しかしその家族も偽物かもしれない。
そもそも人生そのものが空想のようなものだから、フィクションなのかノンフィクションなのかわからないような所がある。作り物なのか真実なのかもわからない。
ひとえに私が家族を過信しすぎていただけなのかもしれない。だけどそれぐらい、私は私の家族が大好きだったのである。本当は、昔は、私は家族というものが大好きだったのである。
昔は信じていた。父も、母も、信じていた。それが裏切られたのだ。
それだけのことなのだ、夢から醒めただけのこと。悲しいことだけど、本当のこと。
私は、・・・・大人になれていない。大人になるのは、どういうことなのか。
汚いことなのか、綺麗なことなのか、わからない。それでも大人になる。
私は、・・・・やはり、わからない。世界がわからない。
先週やり切ったせいか、養生の週末。
外は晴れていたのに、ほとんどベッドの中。
うたた寝のつもりが深く眠ってしまう。
こういう時、いつか一緒に過ごしたねこを思いだす。
こういう時、誰かに強くハグしてもらいたいと思う。
こんな時に、あの人の「このままひとりはいやなんだ」を思い出し、今なら激しく同感だと言って手をとり合うのになと思いながら、またいつもの月曜日。
荷物が届いたり、集荷の予定があったりすると、何となくソワソワして何も手につかなくなって、ダラダラ過ごしてしまう。今週末はギターを下取りに出すため、土曜日に箱を受け取り、日曜日に送るという予定で、どちらも夕方に終わった。
土曜日の午前中は歯医者に歯科検診とクリーニングに行ったのだが、年々、雑になってて、とうとう今回は歯磨きをされなくなった。来年は引っ越してこの歯医者は今回か次で行くのをやめようかな。
夜は急にカレーが食べたくなったので、食べに出かけた。自分の中では、食べたいものが思い浮かぶというのが、心の健康のバロメーターなので良かった。明日の昼は何を食べよう。
先日、久しぶりに店でラーメン食べて美味しかった。
行ったことのない店で新規開拓出来て嬉しい。
ただ、ラーメン職人のバイトに対する態度が嫌だなぁと。
仕事を支持するのはいいけれど、一言多くない?って感じ。
ちゃんと考えて行動して!とかね。仕事だからしっかりやらなきゃならないけれど聞いてて嫌な感じになる注意の仕方って言われた本人はもっと嫌だと思うわ。
私に言われたわけじゃないけど、気がきかないことを親や親戚などにガミガミ言われた過去があって、そういう記憶が蘇ってきてしまって嫌だったのもある。
ラーメンは美味しいのにもったいない。私はラーメンだけに会いに来てるので、その他のイザコザは見たくないんだよね。
人を育てるって難しいけど、出来ていないところを晒して吊し上げるってやり方は違うと思うんだよね。優しく扱ってというわけじゃないけど、どこかに優しさは必要よ。
そういうのは繊細なラーメン作りと似てそうだけど違うのかな?食べる専門だからわからないけどね。
美味しいラーメンは純粋に美味しいと思って食べたいのさ
以前は大好きだったSNS。
四六時中チェックしていたけど、最近忙しかったのをきっかけに使い方を見直した。
たまに仕事関係のトピックで気になったものを呟くぐらいにしたら、すごく気分がいい。
SNSとはこれぐらいの付き合いが健全なのかもしれない。
男のひとが、ちゃん付けで呼ぶのがすき
って気づいた。
FNSで佐藤浩市がのりさんのことを
のりちゃん
て呼んでて
あ、これ、すきだわって気づいたー
そうか!
だからリモらぶの
ごもちゃんあおちゃんがすきなのか!
あースッキリ
かわいっ
ある人が「メンバーに恵まれた」と、ある任務を終えるための最後の会でそう挨拶していたのを思い出した。
私はそのメンバーではあるけれど、正直それを聞いて「私はメンバーに恵まれなかった」と思ってしまったのに。
本音と建前なんて言葉がある。だから「恵まれた」なんて口では言っていても本当はどう思っているかなんてわからない。
他にも色々言えそうなことがあるのに、あえて思っていない「恵まれた」なんて言うだろうか?本当に恵まれたと思っていたのか?とも考えられるけど。
でも、それは自分の都合良くやりたいように出来るメンバーに恵まれたということになるね。私はなかなか我慢していたし。
それか、私以外のメンバーには恵まれたってことを本当は言いたかったとも考えつく。こちらの意見は耳に入ってないような感じで2人で事を進めていたからね。私以外のメンバーには恵まれたんだろう。
こうやって最後の挨拶まで噛み合わない。私はメンバーに恵まれなかったんだなってことをハッキリさせただけの挨拶だったな。
人に恵まれるってなんだろうね
久しぶりに美容院に行って、ヘアカラーだけしてもらった。
3〜4ヶ月放っていたので、めちゃくちゃ髪がきれいになって感動。
ところで早く前髪が伸びないかな。ワンレンにしたい。
先月ワンレン→前髪を作ってもらったんだけど、似合わないから元に戻したいんだよなあ。