今日は成人の日。もう自分が成人の日のことはむかーしむかしのことです。
今はあのウイルスのせいで式典が中止や規模を縮小になっているところが多いみたいですね。
自分も成人式行ったには行ったけれど、かなりギリギリまで行かない!って言ってたんですよ。
それが母親にせっつかれ、年明けてから色々着付けやら予約したりと‥(今思えばよく間に合ったなぁと思う。)
どうやら母親もせっつかれてたみたいです。母にとっては義母。つまり、私からしたら父方の祖母ですね。
祖母いわく「○ちゃんが可哀相」というのをよく言ってたそうです。当の本人は全然平気でした。行くのが面倒だし疲れるし‥好きな友達とは成人式関係なく会っているし、成人式だけで会う友達は友達なの?とか自分の気質と若さ特有の気だるさが相まってそんなことを思って行かない!って決めてたんです。親も理由はともかく、行かないことには納得していました。
でも、可哀相、可哀相と言われるとけっこうキツいかもしれないって思います。本人は何とも思っていないのに、可哀相って言われるだけで変なダメージはありますよね。
この可哀相って言葉、使う本人にとっては便利な言葉なんですよ。
自分は相手のことを思いやっているように聞こえるし。相手がどう思ってるかよりも自分の考えを優位に立たせるために使える言葉だなと思います。
祖母はそんなつもりなかったのもわかっています。でも、可哀相って言葉って使った本人が意図したよりも投げかけられたほうにはジワジワきちゃうんですよね。
成人式はむかーしの話なので、私も色々立場や環境が変わりました。暮らしの中で、家族に対して〜してあげないと可哀相みたいに言われることもありました。その度に可哀相って言葉好きじゃないな、紙で指をスパッと切ってしまったような痛みがあると感じていました。
可哀相の言葉の範囲が広すぎて収拾がつかないのかもしれないけど、この言葉は使いどころを間違わないようにしたいなと日々思っています。
式典が中止になっている新成人に可哀相〜って言っていいのか悩みますね
オ○禁を始めてから半年が経過した。挫折もなく淡々と続けられたのは、やっぱり快適だからだと思う。
まず快適なのは、自己嫌悪から遠ざかる生活ができているという点だ。今思い返せば自分で自分を誇れない行いは、自尊心を少しずつ削りとるものなのかもしれない。
ちなみに私がオ○○○を始めたのは小学校低学年の時だから、その時からオ○○○に依存していたことになる。
40年ほど続いていたオ○○○依存症を断ち切った事で、精神的にも大分強くなったように思う。どことなく自分の存在感みたいなものが増している?ような感じも受ける。
あと、メンタルの浮き沈みがあまりなくなり、常に気分良く過ごせている。私はパニック障害があるのだけれど、そういえばオ○禁以来、パニックが全然起こっていない事に書きながら気付いた。素晴らしい!
オ○禁することで自分への信頼を取り戻し、こんな私でも自分を少し誇れるようになった。メンタルも健康を取り戻し言うことなし。このまま良いことが起こってきそうな、そんな予感がする。
最近の趣味は『一人占い』。占いながらぼーっとする時間が好きだったりする。珈琲飲みながらそんなふうに過ごしていると、あっという間に1日が過ぎ去ってしまう。
占いの時間は自分と対話している感じがする。そんな時間の使い方が好きなんだなぁ。
思い切って挑戦したショートカットは、めちゃくちゃ気に入った。
ピアスは怖くてできそうもない。
耳元でパチンッとなるだと。
昔から、ピアスは何個もあいてそうと言われ続けてるが、怖くてできない。弱虫です。
バンジージャンプの方ができそう。
イヤーカフで、良さげのを探す。
とにかく、今は嬉しい。
最近、足元が冷えるので、机の下に置くパネルヒーターを買った。今日届いたので使ってみたら、底冷えが結構和らぐので、寒い日でもエアコンとこれで何とかなりそう。
新型コロナの感染が収まるまで何か年が明けた気がしない。春になって、せめて桜の散る頃にはマスクをせずに出かけられるようにならないかな。
ワンコがちょっとした敷物めがけて座る仕草がかわいらしい
人が座布団に座るのと違う
ささやかなポジション見つけ、ちょこんとたたずむ
から雑巾
けなげ
こんな晴れた日の昼間から、お風呂に入るのが大変に好き。
音楽やラジオを聴いてぼんやりする。
先月から帰って寝るだけの日々だけど、思いの外集中力がつづいている。そして、とても気分がいい。
数年見て見ぬふりをしてきたものごと、新しいことを身についていくのがわかって、自分が強くなっていく感じ。
今年はこうやって暮らしてゆこう。
いい日曜日。
やっぱり無理。
いい事書いてても、それは自分の知っている誰かが見ているからだよね?
心の中にしまえばいい事をわざわざ放出する。
そういうところが無理だ。
こうやって自分を装飾して躊躇いもなく出して、素敵ーって言ってもらえる。私が同じことをしてもどこかで批判される。そこが羨ましいけど憎い。
放出さえされなければこんな気持ちにならないのに。
思いやりがあるように見せかけて一部の人をメタメタに傷つけるタイプだと思う。ここでしか言えないわ
ちょっと空いていたのでまた入ったことのないコーヒー屋に入ってしまう。
パンプキンケーキも頼んでしまう。
空いているとどうしても引き寄せられてしまう。
本当は家にいたほうがいいのはわかっている。
ただ家は家で密なんだよね。
一人になりたいだけだし、今もひとり。
最近食べ過ぎていて数値が高止まりしないかだけ心配だ。
どう見でも一番年上の先輩が居る。70代中頃かもしれない。もしかしたら80近いかもしれない。
その先輩が「自分より年上の先輩には気を使う。周りは年上だらけ。」と話す。この先輩はいつも『自分は周りより年下』ということを何気にアピールしてくる。多分サバを読んでいるんだろうけれど、おじいちゃんおばあちゃん世代になったら『私は周りより年下』とかいうサバも、もうどうでもよくない?って思う。
その年になっても年齢に縛られ続けていることって、多分ものすごく苦しい。そんなことがずっと続いてるなんて、この先輩は年齢に関しての内面の整理をしてこなかったのかなって思う。