これ以上食べちゃダメだって思うのに、食べるしかすることなくて、結局ご飯もお菓子もモリモリ食べている。
ホットミルクに抹茶の甘いポーションいれたやつと、カルディで325円ぐらいぐらいでうってる緑のパッケージのチョコのやつおいしい。
エアコンも効いてて快適。
ただ歯が痛くて……歯医者憂鬱だなぁー
あまり占いの類いは信じないのだけれど、『 シニカル・ヒステリー・アワー』の玖保キリコさんのイラストに惹かれて文庫判『相性まるわかりの動物占い』(小学館)』(おそらく年代的にコレだと思われる)を購入し、生年月日から自分のどうぶつのページを開いたら冒頭からその通り過ぎて笑ってしまったのを覚えている。
「1日中ユーカリの木の上でじっとしているコアラのように、ぼーっとする時間がなくちゃ駄目。ぼーっとしている間にパワーを蓄えます」
思えば、専業主婦という仕事を選択したのも必ずこの “ぼーっとする時間” が担保されるからだった。
それはわたしにとって何にも変え難い大切な時間だ。
スーパーに買い物へ行くついでに図書館に予約した本を受け取り、出口の桜の木の枝振りをぼーっと眺める。
帰宅して借りてきた本をどういう順番で読もうかなぁと机に並べて表紙をぼーっと眺める。
この本を読むには何を飲もうかなぁとコーヒーや紅茶の入った戸棚をぼーっと眺める。
ポットにお湯がグラグラ沸いて湯気が上がっていくのをぼーっと眺める。
コーヒーにミルクを注いでスプーンで混ぜずに自然にゆっくりとカップの中で茶色と白が混ざっていくのをぼーっと眺める。
まぁとにかくぼーっと何かを眺める時間が至福なのだ。
しかし、緊急事態宣言で夫がリモートワークになってしまって以来、わたしのパワーはたまの出張の際にのみ充電される仕樣となった。
「あなたの1日の生活ぶりを見ているとぼーっとしてる時間が長過ぎる。ぼーっとしてもいいけど効率が悪いから時間割りを作りなさい。その通りに家事をやってから思う存分ぼーっとしなさい」と至極真っ当で何も言い返せない正論をリモートワーク開始1週間目に言われてしまったからだ。
時間割り。懐かしい響きだなぁと思うと同時に、嫌いだった学校生活を思い出して少し憂鬱になった。
何か違うんだよなぁ。と思ったが、リモートワークの合間にExcelで時間割りを作ってくれた夫にそんなことを言い返せるはずもなく、今に至る。
夫のたまの出張日。
炊き込みご飯をおにぎりにしてゴマ油をハケで両面に塗って小さいフライパンにならべる。
弱火でパチパチと音を立てて香ばしい香りがふわんとキッチンに漂うのを用意したイスに座ってぼーっと眺める。
少し焦げがあった方がおいしいので、ぼーっと眺めるのが良いのだ。
ぼーっと眺めたら裏返して、またぼーっと眺める。
しあわせだなぁ、と思う。
どれだけぼーっとしても誰にも何も言われない。
そうしてる間におにぎりは焦げていくので、火を止めてお皿にフライ返しで取り出す。
適当な大きさに切ったアルミホイルを二つ折りにしておにぎりをつかみ、キッチンのイスに腰掛けたまま頬張る。
喉が乾いたら愛用のサーモスに入れている黒豆茶を飲む。
これがいちばんおいしいブランチだと、今のところ思っている。
(二日酔いの日なんかはおにぎりをお椀に入れて、あったかい鶏ガラスープを注いで食べるとやさしいおいしさで罪悪感が帳消しされる)
いちばんおいしいブランチを知っているわたしはストレスはあるけど不幸ではないのかな、とその瞬間は思ったりする。
キッチンでピクニック。不幸との距離は遠くなる。
夫の帰宅時間が近付くにつれ近くなる。
だから、夫の好物が一つもない献立を作って調整する。
自分の底意地の悪さに笑うけど、不幸のおすそ分けをしたってたった二人だけの家族なんだからいいだろう。
最近ようやく体調が整ってきた感じがする。
外での人口密度を下げるために家での人口密度が上がってしまった。
それが心に負担だったみたいで、体にも負荷がかかって‥
もう耐えられずに、こちらはこちらで独自の緊急事態宣言をした。
ああ、なんか、もう無理です‥‥って。
みんなが嫌いなわけじゃなく、1人の時間がとれないと嫌なだけだと。
思えば、昔からコレに悩んできたなぁと改めて思った。
「1人の時間と自分と一緒にいること、どちらが大事なの?」みたいに言われて破綻した関係もあったな。1人の時間が大事だから破綻したわけではなくて、どちらが大事なのか?という考え方が合わなかっただけ。でも、相手からしたら私は1人の時間を選んだ薄情者なんだろうな。
一緒にいられたらご飯なんか食べなくてもいい、眠らなくてもいい。とか比喩的にはありだと思うけど、実際に食事や睡眠を怠ると体の不調に繋がるし。一緒にいるだけで生きられるってのはファンタジーだよね。
1人の時間ってのも私にとっては食事と睡眠と同じレベルで大切なんだよね。
今日は1人の時間がある程度確保出来る。ホッとする。他の誰かが見れば私の生活は誰かと一緒の時間が多くてファンタジーの世界にいられて幸せなのかもしれない。
だけど、すぐ隣に現実がある以上、ファンタジーは不幸の要素も合わせ持っているよね。
もうすぐ誕生日を迎える母の心持ちが、なんだか忙しい。
あれがいい、これがいい、やっぱりいい。
やっぱりいらない。そういうことはしなくていい。
ここのところ、母が嬉しがったり喜んだりしている様子を見ていない。
すっかり大人なはずの私たち姉妹の気持ちは、どうしようもないまま。
もし父がいたら、たぶん黙って、そんな母に熱いお茶を淹れてやるのかもしれない。
「最後に感謝をこめてなんかしよう!」
この季節がやってくる。だからその前にそういうのが来そうなライングループから抜けちゃった。ぜんぜん機能していないからぬけたことにも気がつかれないまま終わるかもしれないけど、なんかしよう!ってときだけしか連絡こないからどのみち抜けて正解。
本当に純粋に感謝してるからってのがわかれば協力も出来るけど、そうじゃないんだよね。それを率先してやって、自分がいい人に見られたいってのがあからさまで疲れる人。
そういうのに巻き込まれたくない。いい人と思われるために労力をすり減らして悪口言いたくなるなら何もしないほうがマシなのにね。その人の価値観は違うみたいだからついていけないの。
ついていけないものにはついていかないほうがお互いのためよね。
❲○○さんは退出しました❳
これってそのままの意味なんだけど、どんなラインを送るよりも強いメッセージがあるような感じがするよ。
最近、とある占い師さんの記事だけ毎週欠かさずチェックしている。
星座占いなんだけど、この人の文章力は只者ではないな、と感じてる。
とっても優しい書き方で、不安になるような事を書かない。長めの文で、いつも友達みたいに近くで励ましてくれてるような感覚。
占いが当たるか外れるかよりも、その前向きな文章を読むことでモチベーションが上がる感じがするし、文章を書く勉強になる。
また来週の月曜日に占いをチェックするのがとっても楽しみ。
大昔、付き合っていた恋人にピルをすすめられたことを思い出した。もともとピルに興味はあったけれど、決定打は恋人に言われたからだった。
自分はゴムは痛いからつけたくない、ピルを飲んでくれ、あなたの精神も安定するし、自分の友達の彼女も飲んでいるらしい、そんなようにしてピルをすすめられて飲んでいた時期があった。最初はそういうふうに飲まされたものだったが、やがてメンタルが安定するような気持ちになって、別れた後もずっと飲んでいた。もう何年も前の話だけど、たまに思い出す。思い出して、いまのわたしだったらもっと違うことを言うだろう、と思う。思えば、付き合っていることは言いたくないけど別れたら声高に主張するような、すさまじい関係だった。互いに不義理をしたと思っているのでその時は口をつぐんでいたが、よくわからない気持ちになる。
小学校の時に好きだった子が夢に出てきた。これで通算二回目だ。それもここ最近のことだ。確かに小学生の時好きだったけど、成人してからも夢に見ることなどなく、悪いのだが彼のことは考えたこともなかった。しかも小学生の時に好きだったと言っても一緒に遊んだこともないし、中学校の時はクラスも一緒になったことがないし、彼との接点はほぼ不可能に近いほど私にはない。それでも、ここ二、三年で彼のことを思い出すことが何故か増えてきた。
何故だろうか。わからない。今日も彼の夢を見た。彼は今の成人した姿であった。私と会話することはなく、ただそこに夢の中に、存在しているのだ。不思議だった。彼の仲間らしき人も一緒にいたのだが、私の知らない人ばかり(だと思う)で誰なのかわからなかった。私は招待されているらしく、椅子に座った。すると私の後ろにその彼が座っていた。「えええええっ!!!???」とビックリしたのだが、同じ椅子に二人一緒に座っているのだ。
なんなんだコレは。彼はタキシードを着ていた。私の服装はわからなかった。なんなんだコレは。結婚式ではないのか。この夢は私の願望なのか幻想なのか、具現化したいことなのか、そもそも私は自分の色恋沙汰にはこれまでの経験からは今はもはや希望も未練も興味もないのだが、結婚式のようだった。つまりこの夢は私とその子の結婚式らしいのだ。
笑っていいのか、泣いていいのかわからなかったのだが、つまりはそういうことらしいのだった。私は確かにその子のことが好きだし、今も好きだけど、いきなり結婚式だったのでビックリしたのだ。何故かと言うと、本当にここ二、三年ほど前までは彼のことなど考えたこともなかったからだ。彼のことを思い出すようになったのはほんの数年前なのに。
私のただのうたかたの夢なのだと思う。現実世界の私は縁談にはほど遠いガラクタの中に生きる
所詮負け組である。夢の世界では一緒になれたとのことなので、ヨシとしよう。こんな夢もたまにはあってもいいのだ。夢にまで出てきてくれた彼に感謝を述べたいと思った。
がしかし、私には好きな子が他にもいた。幼稚園のあの子、小学校の時のあの子、中学校の時の君、それはそれはたくさんいた。もちろん、勝手に私の中だけで胸に収めた相手だ。告白などしていない。私が勝手に好きになって私が勝手に胸に収めた人たちだ。彼らのこともたまに思い出す。それは決まって前触れもない。ふとした瞬間に思い出す。
きっと、誰もがそうなのだろう。みんな、幼き日の初恋に、出会いに、好きな相手に心寄せる瞬間が今この時も大人になってからも、きっとあるのだと思う。
「そして君は、アルバムの中にいつも、そこに、いるのだから。」
ちょっとクサイことを言いすぎたかな。反省しています。どうしても書き留めたかったため、書きました。昔好きだった人のことって、思い出すんだよね。
ようやく1人の時間が出来たのに疲れすぎて寝ることしか出来ない。
溜めてたドラマ見る気力がない。とにかく静かな空間を味わいたい