2021.07.16Fri
非表示 06:11

目が見えないから言葉で言って欲しいなんて、ひとことも言っていないくせに、「目が見えないから聴いてんだろうが!」と怒鳴る。普通にここまで来た人が目が不自由だなんて初めてお会いした人ならわかりません。
「耳が聴こえないんだから!」って怒る人もいます。初めてお会いしたのだからわかりません。
目や耳が不自由でも来てくださって結構なんです。それがわかれば自分なりに考えて接していきたいと考えています。
ただ、こちらはパッと見だけじゃわかりません。目や耳が不自由でも伝え方が不自由でないのなら、もう少し考えていただきたいと昨日は仕事で感じました。
何かが普通に作動しなければ、イライラもするでしょう。普通に出来ることが出来なければ悲しいかもしれません。
人間生きていれば何が起こるかわかりません。明日、当たり前に持っていた自分の機能がなくなるかもしれません。それに生きていれば老いるし、それだけで今まで出来ていたことが出来なくなることもあるでしょう。
そんな時に自立しろ!なんて言いません。ただ自分の事情を押し付けるのではなくて、ただ伝えるって大切だなと思います。
自分が何か出来なくなったときに、ただ伝えるってことも出来なくなるのかな?と思うとちょっとコワイです。
今のところ何の不自由もなく生きている私が色々言うのは違うかもしれないけど、何かを失ったときにまだ持っているものまで失いたくないなと思いました。それはどんなときも意識し続けないと消えてしまうものなのかもしれません。

2021.07.15Thu
非表示 16:52

不安だとか、自信がないだとか、怖いだとか

それまでのプロセスって、自分を好きになりたかったのかもしれない。


非表示 05:58

夏休みの宿題って自分の内面をさらけ出さなきゃならないものが案外多いんだよね。
一行日記とか、読書感想文、自由研究とか。
ドリルもなども面倒ではあったし、頭がよろしくないので嫌ではあったけど、ただやればいいという点では楽かな。
自分が何をして何に興味があってとか極力知られたくなかったな。それプラス能力もないから余計に億劫に感じてたあの宿題たち。それらを総合して面倒臭いって思ってた。今思えばだけど、あの頃は単純に自分の自堕落から来る面倒臭さだと思っていたんだよ。なんで面倒なのかって大人になってハッキリわかるけど。
現代の子どもたちの味方をするわけじゃないけど、言葉に出来ないだけで内面を知られたくないって子はいると思うからこれらの宿題は少し考えて欲しいなぁと。
もちろん、それらの宿題の効果はあるのは理解するけど、知られたくないって思いにもう少し寄り添ってあげて欲しいなぁと昔の子どもが勝手に言っておくよ〜

2021.07.14Wed
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簡単にできることを、周りにはファインプレーに見せる。
野球でいうと、
外野へのライナー、でも余裕でキャッチ
すかさず自然にでんぐり返し
グローブ内の捕球を掲げる

仕事でもそんな振る舞いのヤツは、そのチャップリンなセンスは笑ってあげている。


非表示 08:19

これ悪口言いながら作ったんだろうな〜って作成メンバーから容易に想像出来るものが完成して、それが私の手元に届いた。
このメンバーと関わることがなければ、作ってくれてありがとう。だけで済んでいたのに、余計な感情が1番先に来る。
人と関わらなければ悪口だって言いようがないのに、わざわざ関わって少しでも悪口言えそうな人を見つけて、それを肴に周りとの結束を固めるタイプの人たちだった。関わらなきゃならなくなったときはキツかったなぁ。
自分もその雰囲気に飲まれるかと思ってたけど、拒否反応が出ただけで同調しなかったのは自分偉いよね。
そういうこと言っちゃダメだよ!キリッと言ったわけじゃないけどね。そこまでは強くないですよ。
悪口を言わない、いい人なわけじゃなくて、納得出来ない悪口に同意出来ないだけなのよ。だからこうやってあの方たちから見たら悪口だと思われることをツラツラ私もここに書いてるからね、やっぱり自分は偉くないか。
あの人たちから見たら私のほうが性格悪いんだろうな。みんなから好かれることなんてないんですよね。生きるって大変。
あれだけのひどい悪口を言いながら、心が籠もってそうに見える作品を作れることは才能があるとしか言えないよ。生きるのお上手ですね、と思いながら届いたソレを見ていた。

2021.07.13Tue
非表示 22:12

ものすごく気になっていたこと。
副業している人のこれ興味ない?と言う勧誘?について。

気軽に聞いてほしいと言いながらも、それはワンコインかかるらしく、気軽には聞けず。
販売を始めたということを押し気味に言われ、質に目を瞑り「友人としての応援」なんて曖昧な感じで一度受け取ってみたけれど、なんだかやっぱり苦しく、何度目かに今は必要ないと伝えた。
それは、お互いうれしくないだろう。
曖昧なことをする自分が寄せ付けた出来事。

ひとからお金をいただく、払うということが、その人の感覚と大きく異なっているのだと実感した。
それまではよく遊びに出かけていたけれど、違和感が拭えず、世間話さえ緊張してしまうようになったこと。

信頼関係を結ぶって、本当に尊いのだと思う。


非表示 14:06

先々週くらいからいろいろ行き詰まってたことが今日でとりあえずの方向性が見えてきた。
それまでとは気持ちの在り方が全然違うし、物の見え方まで明るい。何とわかりやすい私。

毎日PCにへばりついてもぜーんぜん取れなかったワクチンの予約も何とかとれた。
これは先人がTwitterで教えてくれたコツみたいなものが大変参考になりました。
どこのどなたか存じませぬが、おかげさまです。感謝感謝。
前から気になっていた目の違和感。念のための精密検査の大きい病院の予約も取れた。
たまたま行ってみた眼科の先生が大きい病院の予約をさくっと取ってくれた。感謝感謝。

このさきもありがたやの気持ちを忘れずに無事に物事が進みますように。


梅雨はまだ明けていない

非表示 12:43

洗濯物を外に干そうかとベランダの掃き出し窓を開けたら雨が少し前まで降っていたようで、湿度が充満していた。
測れば150%かもしれない。
冷房をかけた部屋の中に干した。
あとはタオルを畳んで、流しの洗い物を片付ければ夕方にパートの仕事に行くまで特にするべき事はない。
今朝起きて左の耳の聞こえが落ちている事に気が付いた。
3年前に突発性難聴の診断で入院したあとも、度々聞こえが落ちる。
恐らくメニエールの軽いやつなのだろうと考えていて、あまりにひどい時は耳鼻科でとても味の悪い薬を出してもらってのむのだが、静かにして何日か経てばまた戻るのはわかっている。
しかし、5月から始めた週に3回の仕事には少々聞こえが悪くても行かねばならないし、あと4時間すればまた行くのである。
世の多くの人たちは週に3回どころか5回も6回も仕事に行くのである。
本当にすごいことである。
また。


非表示 12:04

最近思うことがあって、人は亡くなったらどこへ行くんだろうと思って父さんが亡くなったのをきっかけに考えてみた。私は霊感はそんなにないが少しはある方かなと思っている。こないだ父さんの似顔絵をふと描いてみたんだ。まあまあ似てたんだけど、絵に描いた父さんはそこに生きているように私には見えた。私は父さんと縁がなくて離れ離れになっている期間の方が長かったから話した記憶もそんなにない。だけど顔は覚えているから描いてみたら、紙の中に父さんがいる!!と思ったんだ。それは絵になって。それは一つのキャラクターになって。紙の上だけれど確かにそこに存在していた。紙に宿っていたんだよね。不思議な感じだけど楽しかった。生まれ変わりももしかするとそういうことなのかもしれない。姿かたちは同じではないけれども他の物、別の物に宿る。中身が物体に宿る。そうやって転々と渡り歩いていくのかもしれない。キャラクターになった父さんは、可愛かったです。

もう一つ、最近思ったことがあって私はディズニーランドが昔から大好きで大阪から頑張って通ってた時期もありました。最後に行ったのは2010年、震災前です。震災後は、行っていません。行けませんでした。行く気持ちになれなかったからです。現在もコロナで世界は大きく動いています。ディズニーランドに行く日はいつかくるのかな、それとももう、こないのかなとニュースを見ていて思います。私が昔集中的に通っていた時期は主に90年代半ばでしたが、気づいたことがあります。私が行っていた時代に働いていたお兄さんやお姉さんは、もうおそらく働いていないんだろうなあということです。

ディズニーランドのキャストと呼ばれている人たちはアルバイトが多いと聞いたことがあります。子供だった私は親切なお兄さんとお姉さんが大好きでした。今もお兄さんとお姉さんが働いているんだけど私の方が年上になった。ディズニーランドはそこにずっとあってアトラクションも動いていてパレードもやっていてミッキーマウスもいる。だけど人は変わっていく。中身が変わっていく。働いている人も来ているお客さんも変わっていく。ああ、そうやって人もつながれていくんだなあと思ったんです。ちょっと輪廻転生に近いかもしれない。歌舞伎や伝統芸能にも近いことが言えるのだけど人は変わっても受け継がれていく物があるんだなあと思ったのです。人の思いも伝承されていく。ディズニーランドにいつ行けるのかなあ、そんな日はくるのかなあなんて考えていたら、ディズニーランドはそこにあって変わらないのにそこにいる人は変わっているんだろうなということを思ったときに物悲しくなったのです。伝承されているのに、少し違う。同じ物を見ているはずなのに、以前とは違う。同じ物でも中身は別の物。別の存在になっていくのかなと漠然と思ったのです。

わかりにくい話でしたが、抽象的過ぎてごめんなさい。だけど自分は何故か物悲しくなってしまい、同じ物なのに少し違うのかなと。たとえば生まれ変わって輪廻転生があるのだとしても同じ彼と彼女なんだけど以前の彼と彼女ではなくなっているのかなと思ったのです。

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