未成年の甥に傷病手当と失業保険と生活保護を教えた。自分で自分を守るしかない、戦い方を教えることは必要なことだと思う。これから自分は自分のことを守り続けることが出来るだろうか。
今日はあったかくて、珈琲フロートなんて飲みながら帰る。
短時間でもドライブが気持ち良かった。
ひとりの週末は、ただただ気分が良いことを積み重ることに決めた。
人と話せることがない。
趣味も特技もない。
詳しいこともない。
好きな服を着ているが、その服に詳しいわけでもない。
私は好きだけれど、ヒトにすすめたいわけでもない。
好みは人それぞれだから。
そう思うとなにも話せなくなってしまう。
たとえば、私は お笑い芸人が好きだけれど、好きなだけで、特定の推しは今はいない。
過去に推しはいたけれど、それをまわりに熱弁することはなかった。
私は何もない。
好きなだけで、何もない。
一昨日仕事が終わったのが日付変わってからで、タクシー帰宅して風呂入ってすぐ寝て、5時間後に起きてオンライン1日研修受けてレポート書いて…ってなんかすごい意識高い系のハードスケジュールだったんだけど眠くも疲労もなくて「案外いけんじゃーん、明日も予定ないから早起きして好きなことしよー」とか思ってたら、今日の朝全然スッと起きられなかった。予定の有無がめっちゃ身体の起動に関わってくるなあ…
夢の話です。
高校のときの友達が突然やってきた。もう一人の友達から私にバースデーカードを渡すように頼まれたそうだ。
夢の中の設定では、バースデーカードを書いてくれた友達は私の隣に住んでいるのに、何故直接渡さないの?なんて談笑していた。
これは夢の中の話しだから、他にもトンデモ設定があるけれど、バースデーカードを私に渡してくれた、あの子がいたからバースデーカードを書いてくれた子とも仲良く出来ていたんだなぁとそれは現実と被った。
高校のときなんて遠い昔話。あの頃は楽しかったのに、卒業してある時からケンカをしたとかでもないのに楽しくなくなって今は疎遠。
夢の中でバースデーカードを書いてくれた子とは、本当は違うタイプの人種だったのに、若さ特有の何かが働いて気が合うと思ってた。けれど、それだけじゃなかったんだなと今改めて悟った。
カードを渡してくれた子に会いたいけど、書いてくれた子には会わなくていいかな?なんてワガママかな‥
「国民一丸となって成し遂げよう」
「気合と根性で乗り越えよう」
幼少期だった昭和40年代、そんな掛け声をよく耳にして育った。
幼稚園に通っている頃から高校を卒業するまで、大人たちや先生たちは口々にそう言っていた。
「お前たちに足りないのは気合と根性だ!」
なんて言われて子供ながらに気持ちがぐっと引き締まる感じがしたのを覚えている。
今のような国難を乗り越えるには必要なことだと思う。
昭和に立ち返って再び奨励すべきじゃないのかな。
最近の若い人たちにはそれが欠如しているような気がしてとても残念だ。
【長文】「40になった自分想像できる?」って
21の時勤め先の先輩に聞かれた事がある。
その先輩は当時30だった。
私は小さい頃から密かな理想の生活があって、
結婚して子供育てながらフリーランスで好きな仕事をする。という内容。
でも当時の私には彼氏もいないし、
どうしたらそのルートにいけるのか
あまりに遠すぎて分からなかった。
とりあえずもっと仕事をしよう。と思い
大きめの会社に転職。お金も増えた。
増えたお金で良いマンションに引っ越した。
お洒落もして社交的になった。
2社目で学んだ技術で副業として
フリーランスの仕事もしてみた。
でも、とにかく彼氏作りに苦戦した。
職場の人と仲良くなって合コン誘って貰ったり、
アプリやら街コンやら散々やった末に、
運良く合うが見つかった。
(2社目で1番お世話になった先輩のお勧めの場所で)
その後残業少なめ&育児休暇とれる会社に転職。
26歳になった現在は彼氏と同棲中。今年中には結婚予定。
一緒に貯金しながら、
将来子供ができて大きくなったら
マンションの部屋買おうって話にはなった。
そして最近になってやっと、
40になった自分が想像できるようになった。
初めて刷った同人誌はイベントで一冊も売れなかったけど、悔しくはなかった。初めてサークルとして参加できたこと、始まりの拍手をしたこと、行き交う人々を机を隔てて眺められたこと、手に取ってもらえて嬉しそうなサークルさんを見られたこと、イベントの雰囲気を肌で感じ取れたこと全てが楽しかった。とてもとても楽しくて嬉しくて時間は思ったより早く進んだ。一冊も手に取ってもらえなかったのはちょっぴり残念だったけど、それでも大満足のイベントだった。友人も参加してて、スペースが離れてたので後で合流した時に訊ねたら二冊ほど手に取ってもらえたようだった。それが自分のことのように嬉しくて、二人ではしゃいだ。このご時世だけど、すごく素敵な思い出になった。けれど帰宅後、母から放たれた一言が今でも胸に残っている。「一冊も売れなくて残念だったね」なんて言われる筋合いない。私は楽しかったし、同人誌は売るために作るんじゃない。端から利益なんて考えてない。好きを表現するために、好きを共有するために作ってる。あんなに失礼で頭にきた言葉は後にも先にもないと思う。あれ以来私は母に色んな意味で失望した。二度と母には何も託さないし、期待しないし、伝えないと心に決めた。最後愚痴になったけどつまりは、『サークル参加も本を刷るのも楽しいね』という内容でした。
昨日のおやつはパンケーキ。幸せになれるヤツです。
ふわふわなんだよね。同じような感触のソファーがあったら、もうそこから動けないんだろうなって思う。
パンケーキよりは普通のケーキが本当は好き。だけど、ここのパンケーキは冷やかしで食べたつもりが美味しくて感動してしまった。
店は平日ってこともあるけど空いていた。このご時世なのて座席が使えないゾーンがあった。そこ1つでも2つでも空けて、他のテーブルを使用不可にしたほうが人との距離とれるんじゃ?なんて思ったけど、店がやっているだけで有難いですね。
こんな疫病とか関係なく、端っこに追いやられてひっそりと食べることが一番美味しく感じるから、別の意味で距離を保ちたい私のワガママですね。
端っこに追いやる罰があるとしたら、たぶんそれは私にとっては罰に感じないだろうな。みんなでワイワイ楽しくキャハハをやりなさい!のほうが刑に処せれてるように感じるだろうな。
何も悪いことをしていないのに、強制的に罰を与えられてるように感じるのが私の日常なのかもしれない。
パンケーキ島流し店があったら、そこに喜んで通うだろうな。なんてバカみたいなことを思った