古民家改装の海が見える喫茶店に来た。
正直、あまり期待せず来たけど
平日朝なせいかお客さんも私以外1人だけ。
手紙を書いてる姿がいい雰囲気。
窓際で海見てたら、涙が出た。
色々溜まってるのが浄化されそう。
すごくいい場所だ
古民家改装の海が見える喫茶店に来た。
正直、あまり期待せず来たけど
平日朝なせいかお客さんも私以外1人だけ。
手紙を書いてる姿がいい雰囲気。
窓際で海見てたら、涙が出た。
色々溜まってるのが浄化されそう。
すごくいい場所だ
取引先で口頭文書ともに(国語の先生ですか?)ってくらい綺麗な日本語を使う人がいる。
言葉だけじゃなくてきっと頭の回転も早い。
私のとんでもなくしっちゃかめっちゃかで拙い説明も、順序立てて整頓して、完璧に理解してもらえる。
電話で2回しか話したことないし、メールも3回くらいしかやり取りしたことないけど、もう恋しそう。
やり取りしてる限り1年に1回ペースで担当替えがある部署っぽいけど、あの人に替わってほしくない…。
こういう人と一生仕事したい。
今、本当に避けたい人がいる。
荒い言葉遣い、いつもなんだか不幸な話で、してほしいことと教えてほしいが多く、どんな顔で笑っていたのか思い出せない人。
全く関係のない、10年以上席を並べてきた信頼と実績の同僚に、昼休みに話をきいてもらった。
うなり声をあげたあと、こっちだってそんな話聞いてる場合じゃないと言ってやれ!
これから、出かけるんだと楽しそうにしてやれ!
一緒に行くとかいうなら、同僚が激しい人見知りだから来てくれるなと言ってやれ!
そして、私の名前使っていいから、あ、今度遊びにいこ。
だって。
さすがだ。笑ってしまった。
いい歳して、なにやってるんだろう。もっと早く言えば良かったよ。
ありがとうございました。涙がでるほどうれしく、大きな手ですくい上げられた気分だ。
いつものお菓子だけどハロウィン仕様のパッケージ。需要があるからこうなると思うけれど、この需要のせいで行きたくないパーティーに巻き込まれたりする人もいるんだろうなと謎の寄り添いをしてしまう。
自分の家族を仮装させてお菓子交換して‥みたいなのに巻き込まれやすい立場に去年までいたけど、今年はようやくそこから巣立てたので嬉しい。去年はコロナがあったからそんなのなかったけど、今年だったらタイミング的に解放感がある時期と被ってしまって危なかったね。
家族のことだから断りづらいとも思いつつも、なんとか断ってやり過ごしてきた。断ることをしなくていいハロウィンっていいですね。
断ったら可哀想という視線にも耐えたなぁ。お菓子もチョコは食べさせないとかソフトキャンディには虫歯になるから食べさせないとか色々な考えのゴーストがいるのに、何故かわざわざそれをやる。探り合いの仲良し仮想パーティーになることがわかっているのに。それぞれの考えがあるからいいのだけど、合わないのに会うのがよくわからなかったな。そういうの一旦オシマイでホッとする。
お菓子は好きだからこそ交換もしたくないし、好きなものだけ好きなように食べていたい。お菓子くれないとナンカするなんて言わないから放っておいて欲しいのよ。
多分PMSと暇なせいだと思うのだけど
すごくネガティブになっている自覚はある。
ワクチン二回接種して、免疫ができるまであと1週間弱。
それまでの辛抱だと、自分に言い聞かせてるけど、正直、待ちすぎたよ。
先日、友人とZOOMで話していた時に、あまりに私が愚痴っぽかったせいか
友人に
「ワクチンの副反応、体じゃなくてメンタルに出たんじゃない?」
と言われて、さすがに押し黙った。
ゴメンナサイ。。
メンタルに影響が出るケースって報告あるのかな?
緊急事態宣言が全国で空けて、ワクチン接種率も6割を超えたせいか
人出が急激に増えた印象。
私はやっぱりブレイクスルー感染も怖いし、ワクチン接種率がもっと上がって
国全体の集団免疫がちゃんと確立されるまでは、あまり今と変わらない生活を
したいと思うけど。
でも、コロナがとりあえずひと段落したとして、私は何をするのだろうか?
はなからリモートワークで、コロナでも特別仕事に影響もなかったし、
今後も業界自体の影響は少ない(私自体が干される場合はあるだろうが)。
これ以上、給与は上がらないだろうけど、時間に余裕はあるので、
外に出てアルバイトをしたいのがささやかな希望。
あんなに向いてないと思ってたけど、離れると接客業が恋しくなる不思議。
フルで働く体力はもうないので、副業のバイトをしたいな、と。
でも、体力気力が年齢とともに下がっている今、本業はともかく、
時間を切り売りするだけのバイトで収入を補うのは将来的に不安。
本業は自分の采配でできるけど、いつまでも胡坐をかいているわけにもいかない。
そう思ったときに、自分は何ができるだろう?と求人サイト漁って見た。
TOEICと登録販売者は持ってるので、選ばなければくいっぱぐれることはないと思うけど
事務はクビになったことがある、フルで接客業は体力が持たない、子供嫌いだから塾は嫌、
英会話講師は向いてない、通訳翻訳なんて間違っても手を出せないし、、、、
あれぇ、私何ができるんだろう???
今の仕事はすごく向いていると思うけど、でも、私より優秀な人はたくさんいるので
クライアントさんに申し訳ないし、いつか干されるのではないかと不安が常にある。
だから、副業という形でもう一つの武器をもっておきたいと思っているけど、
資格はそこそこ優秀でも、数値に現れない適性が足を引っ張っている。
これまで散々転職してきたけど、やりたくない、向いていない仕事は
私の場合、本当に続かない。何度も心を病みそうになった。
奇跡的に今の仕事が一番苦手な人間関係が希薄で、業務も向いていたから続いているけど
このままでいいのか?
でもここからまた新しい勉強や技術を習得する元気はない。
暇なのが悪いんだ、と思いたい。
仕事だって、十分頂いているのに、それ以上を今求めるのは
贅沢だとも分かってる。
ただ、なんか元気でないんだよ。
コロナ終わっても、私だけビフォーコロナに取り残されて、新しい世界から
置いてかれそうな気がする。
なのに、動けなくてあせるんだ
回覧板って面倒ですよね?私の地域はドアノブあたりに回覧板をかけて回すスタイルなんですけど、帰ってきたり出かけるときに回覧板がかけてあるのを見たらゲンナリします。
内容も薄いというか、自分には興味のない必要のない情報だからいらないんですよね。一応さっと目を通しますけど、地域の運動会とか懇親会とか行かないですし。
1番意味ないよね?と思った情報が、もう過去の情報だったときですね。懇親会か何か忘れたけれどもう開催日が過ぎている。これほど無駄な情報はありません。
何がなんでも集まったり交友したい人って自分から情報を狩りに行くから回覧板の情報なんていらないと思うんです。
回覧板が悪いっていうよりは回すほどの情報じゃないのに、突然置いてあってサインして隣に回すという作業がツライのです。
人と人との繋がりが薄い〜って問題みたいに言われますけど、濃いほうがよっぽと問題なのです。濃くしたい人だけ濃くしていけない仕組みが薄味が好きな人を煮詰めて濃くして追い詰めているのに。回覧板ですら濃い味に感じる私は何も食べなくても大丈夫なんだと思います。
ワクチンを接種してから 2 週間以上たった事だし、久しぶりに美術館でも行こうかと思ったら、行きたかった美術館が展示替えで休みだった。でも、天気もいいしどこか行きたいと思って、カメラを持って新宿御苑に行った。
新宿御苑の中に入ったのは初めてな気がする。結構人が多かったけど、混雑という程でもなく、穏やかないい雰囲気だった。
都内にある庭園というのは、どことなく似ているところがあって、初めてにもかかわらず前に見た景色のように感じた。
美術館は来週行く予定。
三十五にして初めてタバコデビューした。
小学生の頃に「煙の出るタバコ」を吸って(?)いたことはあった。
「ケムリの出るタバコ」と書いてあった近所のガチャガチャで手に入れた物だった。
写真にもバッチリ写っている。
小学四年生の私が台所で偉そうに足を組んでケムリの出るタバコとやらを満足げに吸っているところが。とても小学生とは思えないスカした態度を取っており、極悪人のような顔で写っていた。小学生の遊び。
勿論本当のホンモノのタバコではない。おもちゃのタバコである。もっと言えば吸っていたのではなく吹いていた。
ケムリの出るタバコは吹くとケムリがかすかに出てくるという中々の代物だった。先端部分もホンモノのタバコのように赤く光っておりホンモノにみえていた。
私はケムリの出るタバコがお気にいりだった。吸って(吹いて)遊んでいた。だが本当の煙草を吸ったことは成人してからも一度もなかった。
父が亡くなって初めて吸った。父も煙草を吸う人だったようだが父とは二十年以上離れていたので父のことは何も知らなかった。しかし喫煙者だったと母に聞いた。
父が亡くなってからふいにタバコを吸いたくなった。不思議だが。
もしくは父が私に乗り移って吸わせているのかもしれない。
父が亡くなって最初の一か月、道端に落ちている無残にもポイ捨てされている見知らぬ人の吸い終ったタバコがやけに目に入った。目について離れなくなった。こんなことは一度もなかった。
私は無性に気になり無造作にそれを拾っていった。
「ボランティアでゴミ拾いしていると思えばいいか」と言い訳にしていたが本当は父のことを思いながら拾っていたのかもしれないと悟った。
それから本物の煙草を吸いたくなって初めて誕生日に買った。結果は「わからないが落ち着く」だった。
私には長いこと父がいなかったので少しでも父に近づきたかったのかもしれない。父が私にタバコを教えてくれているような気もしている。(今更かもしれないが父の精いっぱいのコミュニケーションなのかもしれない)
こんなご時世にタバコの話は禁句かもしれないが、タバコてのは昔は本当にどこでも吸っているようなイメージだった。最近では新幹線も喫煙席がなくなった。
タバコ吸っているおっちゃんたちを見て昔はああこの人たちは、大人なんだなー、とかカッコいいなー、とか思ったものだ。
だから私も生意気に「ケムリの出るタバコ」を吹いていたのである。オチは特になく。本物の煙草は苦い味でした。
一人でいることを全く苦に思わないし、学生、いやもう幼稚園の頃から一人で遊んでるタイプだったんですが、ゆえにあの子大丈夫?と先生や周りの大人から結構心配される子供時代でした。なんか好きでそうしてるのに可哀想な人と思われるのが子供ながらに非常に癪だったな…変な心配されたくないので徐々に完全に浮かない程度に人付き合いもするようにしましたが…。今はかなりぼっちにも優しい(?)世の中になって来ましたが、それでもSNSとかネットでは人と絡んだりする友達欲しいぼっちの方が圧倒的多数な感じで、本当に一人でも楽しめる、別にそんなに困ってないタイプって相当少ないのでは?と感じるこの頃です。匿名でフワっと会話するくらいの方が楽でいいよね…
今はないかもしれないけど、昔の小学生だった私には学芸会というものがありまして。劇とか歌とかを発表するんですね。
超脇役だけど、劇の配役に立候補したんです。何かをみんなの前でやって多数決で決めるって感じでした。
もちろん私は選ばれず。でも何でしょうね、自分より声が明らかに小さい人が選ばれていて、悲しかったです。
そういう理不尽さとか、好かれていないんだなぁとか子どもながらに感じてたことが今となっては残酷だなぁと思うわけです。