最近ようやく音楽のサブスクに加入して楽しんでいます。
結果、いいですね。サラッと色々聴けるのは楽しいです。
私の年代ってCDをカセットに録音して聴くのとMDに録音して聴くのも経験しております。
ポータブル式のカセット再生機も壊れたら買い直していましたね。その頃はまだ親に頼んで誕生日に買ってもらっていた時代です。
MDは家で聴くコンポとポータブル式も持っていてました。どちらも壊れたら買い替えてますね。カセットよりも薄くて曲もたくさん入るし、CDのように番号で再生出来るのもスゴイと感動していた思い出があります。
CDは何枚も買えないのでレンタルや友達に借りたりして楽しんでいましたね。懐かしいです。
そんな中で買うCDって貴重で、気に入れば元をとれるくらいには聴き込んでいたと思います。
サブスクに入って昔の聴き込んだCDアルバムを聴いたりして、嬉しいのです。サブスクにない作品もたくさんあるので、それらも追加してくれたら嬉しいですね。
カセットとかMDとか懐かしいけど、やっぱり便利なものを知ったらそこには戻りたくないタイプみたいです。そこが私の冷たいところかもしれません。
コロナ騒動になる前は、休みの前の日は、遅くまで外で飲んでいた。
コロナ騒動になり、自粛、自粛、自粛。
自粛が日常になった今、それが徐々に解禁され、お店が開き、賑わうようになった。
もともと、友だちはいないが、知り合い、飲み仲間はいるので、お誘いが増えてきた。
ありがたい。
でも、今日、遅く帰ってきて、なんか疲れるなぁ、と。
わたしには家で過ごすことが性に合っているのだろうなぁ。
今日は休みで張り切ってあれこれとやり過ぎた。
洗濯、流しの片付け、生野菜のサラダとじゃがいものポタージュを朝に作って、昼にピパルカックというスパイスクッキー焼いて、夜に天麩羅揚げてごはん炊いて肉を焼いて。
ひとつひとつは大したことはなくても、総合するとなかなかの量 (^◇^;)
ずっと調子は悪いし、運動不足だけど運動することを考えるだけでくたびれるくらいの体調 笑
いつの間にか若くは無くなっているなあ
なのに義務はまだまだあるのである 笑
今日もしたいことまで辿り着かなかった 笑
掃除にも辿り着けなかった 笑
インスタントカメラは素晴らしいな。
撮ったその場で写真が見れるのだね。
まさに夢のようなカメラじゃないか。
これから爆発的に普及しそうな予感。
人が集まるところに行ったけど、誰とも話さず。受付と警備の人に挨拶しただけだった。
それが心地よい。本来の目的だけ果たして全然疲れなかった。
このご時世でいつもと違う開催方式だったけど、それが逆に良かった。来年からはまた通常通りになってしまうのかな?それが私にとってはしんどいわぁ。
当初は新しい生活様式って言われてるものを通常という認識でしてやっていこう!何かを変えるチャンス!という前向きな雰囲気も感じていたけど、結局元通りに戻そうとしているような気がしてならない。
全部今のままでと言うつもりはないのだけど、結果的に変えたほうが良かったものも戻すのは無駄としか思えないけどなぁ。
前の方が良かった~という人は絶対いるよね。良くなくてもとりあえず流れと反対のことを言う人がいるんだよね。こういう人はなかなかメンドイ。そしてシンドイ。
変えることがコワイというタイプも一定数いる。私は変えることの手間はメンドイけど怖くはないかなぁ?私の変えたいことって基本的に今あることから引くことが多いから。引き算のほうが難しいけどスッキリするのになぁと何に対しても思っている気がする。
だけど、自分で計算するのは億劫だから何かキッカケがあってなくなんないかなぁと思っているタイプだね。
私もなかなか嫌なタイプだけど足し算ばかりするタイプもホントキツイよね。ゼロになってもマイナスにならないならそれでいいじゃんね〜と思うけどわかり合えないかな?そんなもんよね。
美しい言葉、詩も、画も、歌も、人間の利得を全て置くことができるから、幸福を生み出せるのだろうと思う。しかしどこまでも私たちは人であること以外はできない。
今日は、とかくミレーの描いたオフィーリアに縁のある、不思議な1日だった。夜も不思議な夢を見た。
しばらくは、夏目漱石の草枕を読んで過ごすつもりだ。
月の香りのする、ピアノの音色は素晴らしい読書する夜のお供だ。
先日書いたものの訂正です。
粘菌の名前はススホコリでした!
ススワタリはジブリのアニメに出て来る黒いヤツでした。すみませぬ。
シジュー辺りをうろつく年齢です。好きなようにやりたいようにやればいいとも思っていますが、年甲斐もないと言われるのも面倒なので控えるところは控えたり。図々しさ常識の狭間をなんとか渡り歩きながら生きているというところでしょうか。
誰かと会わないときはキラキララメのアイシャドウとか使って楽しいです。似合うとか似合わないとかじゃなくて、つけたいかつけたくないか。ですね。誰かに会わないときっていうのが保守的すぎる気もするし、上手くやっているとも言えるかもしれないです。
誰かと会うときはじゃあ我慢してつまらん格好をしているのか?と問われたら我慢しているわけでもないんですね。逆に誰かといるときには無難じゃないと自分が落ち着かないんです。
我慢していないけど使い分けるってのが少しでも出来てれば年齢を重ねた意味があるのかもしれませんね。
久々に朝五時に起きましたが、夜中かなってくらい真っ暗ですね。6時前になってようやく明るくなってくるところに冬の近さを感じます。この窓の外がじわじわ明るくなってく感じ好きですね…日が昇る前に起きると周りがまだ活動していない時間に活動してるいいスタートだ!ってポジティブな気持ちになれます。
さて今日も一日やってきますかね~