たまたま動画でダチョウは体のわりには脳が小さいから知能が低いとみた。知能が低いから周りのダチョウが走り出したらよくわからないけど自分も走り出すらしい。
これを聞いて、大した嫌いでもないし何もされていないのに、誰かが悪口を言ってる、みんなが嫌ってるというだけで、とりあえず悪口言っておいて自分も嫌っておこうという空気感があったあの場所を思い出した。あの人たちダチョウ系の脳だったんだ。たぶん、なんで悪口言ってるのかわからないで言ってるんだろうなと。
ある人が悪口を言っていて、4分の3くらいの人が同調しない雰囲気を出していたら「ごめんなさい、あの時は言い過ぎました」となぜか言ってきたあの人。そして、悪口に同調していた人たちが「私も言い過ぎました〜」と立て続けにLINEがきたことがある。
ああ、みんな同調してくると思ったのに同調してくれないからびっくりしてダチョウの逃げ足並みに早く謝ってきた。そして、とりあえず何でかわからないけど謝っている人がいるから謝っておこうというダチョウ思考の連鎖だったんだろうな。
みんな誰しもダチョウ脳のところはあると思うけど、踏んでも割れないダチョウのタマゴのような意志の固さは必要ですね。
あの頃のオマージュだったりパロディだったりをわかる年齢になってしまったのはそれなりに長く生きてきた証拠なのでしょうがないですが、それを周りと共感し合ったり、当時話題にし合って楽しんでいた友達とかいないんだよなーと思ったりしました。
その気持ちだけがたまに心に小さな針を開けられたような痛みに感じることもあるけど、その小さな穴から換気するような気分にもなるし、悪いことばかりでは別にないんですよね。
懐かしいと自分で感じて自分で終わるってだけでも、それはそれて楽しい。あの頃にいた人がいないだけ。
ひとりになったら、きっと苦しくてさみしくて、つらいかもしれない。
でも、今、あの人と会えないし、この人は冷たいし、私は生きた心地がしない。
もうずっと眠っていたい。
すごくぼーっとしていたみたいで、青信号だと思って赤信号を渡っていたみたい。
ごめんなさい、車運転してた人。
クラクション鳴らしてくれてありがとう。
ほんとにごめん。
アニメ見てて、異世界転生系でステータスの振り方について言ってる場面があった。
自分なら何に振るかなー?と考えて、「運」「器用」辺りに振りそうな気がした。
家族は更に「素早さ」に振るって言ってて…
シーフじゃん!
私もだけどみんなシーフ(更には忍者)系のジョブが好きで、パーティに必ず入れてしまうんだよね。
自分があまりしたくないことを頑張った後に嫌なことが起こると、因果関係はなくとも、もうそれはしたくない!ってなりますね。
片付けとかもそうですね。ちょっと前に頑張って片付けて、ひと息ついてると、家族と揉めたことがあって。
片付けが原因じゃないんですけど、こんなに頑張った後に理不尽だなーなんて思いがこびりついてしまっているので、しばらく大掛かりな片付けは出来そうもないですね。
それも一般的には言い訳なのかもしれませんが、私にとっては立派な理由なんですよね。
私にとっては⋯ということをこれからも大事にしていきたいです。
昔、珍しく勉強しよう!と思って机に座ったら、机の本棚から参考書が落ちてきて自分の頭に直撃したことがある。
マンガみたいな展開だけど、その後痛みに悶絶して、もちろん勉強はしてません。
足指の激痛、骨折やヒビではなかった。細菌が体をめぐって先っちょで悪さしてるぽいと。初めてきいた、そんなこともあるんだな。ストレスずどんときたあとすぐ腫れて痛くなったし、なんか忙しくて免疫下がってるんだろうな。やれやれ、なんてわかりやすい体なんだろう。
マックがLUNASEAのROSIERのオマージュをしたCMを見たけど、こういうオマージュがが単純にわかる年齢になってしまったんだなと。
何でこの人はこんなことを言ってくるんだろう?ということを想像して相手側になりきってみると、感情の仕組みは理解は出来るけど、だからしょうがないよね、理解してあげようとはならないのですよね。相手の気持ちになってもわからないものはわからない。