常温で置いておける味付きうずらのタマゴ、美味しいんですよね。個包装になっているタイプだと更に良い。
八宝菜には入ってて欲しい具、ナンバーワン
歩調が合わなくなった。比喩的なものもあるけど、今回は文字通り、歩くペースがという意味で。
ここ数年、一緒に出かけても私はいつも後ろにいる。複数単位で出かけても私だけがいつも後ろにいるから、私が歩くのが遅いんだろう。その中では。
でも、最近ふと思った。私ってそこまで歩くのが遅いだろうか?と。別に遅くないような気がする。1人で歩いていると誰かを抜かしたりすることもあるし、特別遅いわけではないのだ。
じゃあ相手が歩くのが速いのか。それもあるのかもしれないけど、それ以上に私のことを見ていないのだ。目的地しか目に入らないで私のことを見ていないと思う。
他の人たちはついていってるのだから、私が歩くのが遅いのでは?という考えも多くあるだろう。でも、先頭に立つ人が歩かせているのだ。これが普通だと思わせてはぐれさせないように歩かせている。ただそれだけのような気がする。
そのうち、私だけがが電車に乗れなくて結果的に別行動になる日も近いだろうなと気がしている。次の電車でもいいのに、まだ改札を通っていない私のことは気にせず電車に乗っていた。あと数秒で発車を知らせるベルが鳴っていた。私はものすごく急いだ結果、それに乗れた。だけど、人ごみでのれない可能性もあった。もし、このシチュエーションで電車に乗れなかったら、私は謝らないといけないのかな?でも、謝らないと決めている。私は幸い大人で、みんなで電車に乗れなくてもどうにかなる。私だけが相手のスピードに合わせることを、歩調を合わせるとは言わないのだ。私は私なりに合わせてきたのだ。あとは向こうがどうするか?それだけなのだ。
父が亡くなった。
まだうまく言葉がでない。
母からのLINE履歴にはちょうど2カ月前の日付で入院すると残っていた。
その直前は、お父さんソフトクリーム食べたいって言ってると母が日常を綴っていた。
2カ月後に亡くなるなんて、誰も想像してなかった。
父はいつ帰れるんだと言っていたそうだ。
俺はまだし/なんよと、力強く言った言葉が耳に残っている。
父も二度と帰れないなんて思って家を出なかっただろう。
最後に病院へ見舞ったとき、食べ物が飲みこまんないと言い咳こみ続けていた。
手をにぎって写真を撮ってもらった。
それから2週間後、父の意識がないと電話が来て、一旦回復し、みなが安心した様子で日常を続けようとした数日後、父は息を引き取った。
自由奔放に生きて父母から遠く離れた地に嫁いで、すぐには帰れない距離にいる。
こうなって初めて、私は「子の義務」というものを強く、強く強く意識した。
理想の自分でもないし、お金もないからと、式を挙げていない。
フォトウェディングすらしていない。
子供も姑と関わりたくないがゆえに産まない選択をした。
住処も同様に、すぐ逃げられるように賃貸を選んだ。
父に、わかりやすい「幸せである姿」を見せてないことに気がついた。
父がいたおかげでやれたことがたくさんある。
一つ一つを思い出しながら、そうか私には「お父さん」がちゃんといたのだ、と思い当たった。
思い当ってしまった。父が亡くなってから。
父に見せなければならなかった姿を、見せられなくなったことに。
運転しながら目が虚空を彷徨った。
おとうさん、おとうさん、と迷子の子供のような声がでた。
いま、激しい後悔の中にいる。
最近、ちょいちょいGが出るようになった…
とりあえず対処法で撃退してるんだけど、うちは文鳥がいるのであまり殺虫剤使いたくない。
で、噂に聞いた「ファブリーズで撃退」を試してみてる。
半信半疑だったけど結構効果ある。
頭部よりも腹部を狙う方がいい(気道を塞ぐため)と聞いたので意識してやってたら、子供だったせいかテキメンだった。
まあちょっとその後いい匂いになるけど…殺虫剤よりはマシかなって。
早く根絶しなきゃ…
実は3日間、外に出てないです。
理由は暑いからです。
出なくていい環境には感謝しますが、それだけです。⠀ ⠀⠀⠀ ⠀ ⠀⠀⠀ ⠀
自分だらしない性格っていうのはベースにあるとして、単純に鉄分が不足しているからやる気がないっていうのもありそうだなと。ヨソジ過ぎて気が付くほど鉄分足りてなかった、ということにしておきます。
単純に体の不調が慢性的にあって、それによって気分が落ちてただけなのに、それが自分の性格だと思い込んでることはまだあるのかもしれません。ミロ飲もうかな
無口で口下手で、人に伝わるように言語化するのにとても苦労している。こうなった理由は分かっている。子どもの頃から自分の気持ちや考えをなるべく話さないようにしていたから。私の親は日常的に私のことをからかったりバカにして笑ったり、揚げ足を取って説教してくる人たちだった。真剣に考えたことや本気で好きなものを貶められて傷つくのが辛かったので、小学校低学年の頃にはもう親にはどうでもいい雑談か必要最低限の連絡事項しか話さなくなっていた。きょうだいもいたが何故か私が家族内のヒエラルキーの最底辺にされていてきょうだいからもバカにされたり搾取されたりしたので、彼らも心を許せる相手ではなかった。中学、高校と進学するにつれ家庭内の環境が悪化していったが、そのことでどれだけしんどくても人に話せなかった。友達に話すには重すぎる。それ以外に打ち明けられそうな人も思いつかなかったし、まだSNSも匿名のものはなかった。大学進学を機に実家を離れることができたが、その頃にはもうコミュ力が壊滅的になっていた。というか脳がうまく機能しなくて言葉が出てこないという感じ。思考や感情は正常なのに脳内で適切な表現と結びつけることができない。例えるなら話せないのに常に英語での会話を余儀なくされている感じ。学科の友人たちと話すときも「マジか」「ウケる」「ヤバい」くらいの相槌を打つのがやっとでさぞかしつまらないやつだと思われていただろう。それでも毎日発生する他人とのやり取りを毎晩寝る前に思い出しては「あの時こう言えばよかった」と脳内でシミュレーションしたり、もっと適切な表現があったはずだけどなんだっけ、とひたすら反芻しているうちに徐々に言葉が自然に出るようになってきて、普通の会話ができるようになってきた。後から思い返すとなんだか病的な状態だったなと思い調べてみたところ、適応障害に当てはまりそうな気がする。しかし当時はただただ自分がコミュ障で根暗でつまらなくて頭が悪いせいだと思っていたし、誰かに助けを求めるという発想もなく(あったとしてもそれを伝えられないし)、どうしようもなかった。今は匿名で吐き出せる場所がネット上にたくさんあってよかった。社会人になってからどうしても辛くて誰かに愚痴を聞いてほしくて、でもリアルの人間関係に暗い話題を聞いてもらうのは忍びなくて、必シでネットで検索していてぐちったーを発見した。辛くなればなるほど頭の中がごちゃごちゃになって余計に吐き出せなくなるので、そうなる前に小出しに吐き出すことができて助かっている。この文章も苦労してゆっくりゆっくり打ち出してやっと紡いでいる。今も無口でつまらない人間であることに変わりないが言語化能力を失わないために一生懸命書いている。私のつまらない文章を読んでくれてありがとう。
良い人、優等生、性格が良い。
こんなふうに「思われたい」人って、どうも苦手なんですよね。
誰しも、周りに良く見られたいって感情はあるとは思うけど、それが過剰に出過ぎている人は離れたいなって感じます。
苦手だなーこのタイプ。だけど、優等生タイプだがら苦手だと言ったり、苦手だと思っていることがバレると私がおかしい人扱いされちゃうから、グッとこちらが堪えなきゃならないところが呼吸困難になったような感覚で疲れてしまうんですよね。
いい事を言っているのに、何がこんなに苦しくさせて苛立たせるんでしょうね。完璧過ぎて自分が菌になってしまったような。そして、運が悪いと周りも善玉菌と悪玉菌みたいに勝手に分類してきて、私のことを悪玉菌扱いしてくるような⋯そんな感じでしょうか。
会ったことのない、著名な方でも善玉菌になりたいオーラを感じる方が私の中では何人かいます。その善玉菌の方が善玉菌を炸裂している何かが流出してましたね。そして、無理に善良な文章で逃げ切ろうとしているのも見てしまいました。
これ、私の元友人の善玉菌さんと似てるなーなんて感じましたね。ほっこりしてるけど、よく考えたら意味不明で言い訳じみている。そんなところが似ていて、私、こういう人苦手だなーやっぱりと感じました。著名な善玉菌の方は会ったことないのに、私の苦手だなーという感覚は間違ってなさそうで、自分の悪玉菌に見える善玉菌を信じて生きていきたいなと思います。
ジョークやユーモアのセンスが合うかどうかって、人間関係の相性を測る大切なバロメーターですよね。
「こんな冗談、なんで通じないんだ?」と感じることもあれば、「このジョークはちょっと笑えないな…」と思うこともあって、本当に難しいものです。もちろん、言っていい冗談か悪い冗談かという内容はさておき、ユーモアのツボが合うということは、根本的な考え方が似ていることにもつながると思います。
相手は冗談のつもりでも、言われた側は嫌な気持ちになることってありますよね。その上、嫌な気持ちを伝えても「ネタなんだから大目に見てくれ」と言われると、さらに不快な思いをします。
今になって「ああ、相性が悪かったんだな」と気づきます。
話はするけれど、どこかで「また『ネタじゃん?』って言われるんだろうな」と思うと、少し面倒くさい気持ちになるけれど、同時に「はいはい、また始まった」と諦めにも似た心境になるのです。
ダチョウといえば、ダチョウの卵料理を食べてみたいなとは思っていますが、普通のタマゴ12個分だよと聞いて、急いで食べなくてもいいかと。でも、いつか食べて「味は普通のタマゴだよ?」なんて言ってみたいですね。