私って逆に凄いのかもな。
孤独って辛いのに耐えて生きてる。
うん。
自分で決めたことだけども~
今はこういう時期なんだ。
少し長いだけの。
私って逆に凄いのかもな。
孤独って辛いのに耐えて生きてる。
うん。
自分で決めたことだけども~
今はこういう時期なんだ。
少し長いだけの。
やる気出さずにやる気出すってことはさすがに難しい。
程よくとか、バランス良くとか、適度に力を抜いてってなんだろうねと。
自分なりのそれをやると、さぼってる扱いになるような気がしてシンドイ。
157cm45kgのわたし。26.27くらいからずっとこの体型のまま
アラフォーを迎えた。
何してるの何したらそんな細いの、なに食べてんの?って聞かれる
なんもしてない、それが本当に正解。
夜中にお菓子も食べるしラーメンもたべる。
運動はなんもしていないし、好きな物を好きな時にしか食べてない
嫌味に聞こえるとおもうけど、苦笑いしかできない
ただ、ひとついうなら昔から、めっちゃ水を飲む
クリンスイをつけてるので、水道水を飲む
職場にも家から水もっていく。
でも、ジュースも飲むお茶もコーヒーも。スタバも行く。
体質。それに尽きるのだよね。仕方ないじゃんね
さすがにパートで休み希望聴いてもらえないのは怒りが沸きますよ‥間違えたって言われてもねぇ。休み希望を見直しもしたって言われても直ってないしなぁ。
『どの時間でも誰でも出来るように』と言われてもなぁ。その時間が希望で入ってきてるんだしなぁ。だからパートなんだし。
それなら、そもそもどの時間でも、簡単に出来るようにしといて欲しいよねぇ。
パートだからラクしたい!適当に働いていてOK!って思っているわけじゃないんですよ。ここまで、パートなんだしーパートパート‥書いてるくせに、違うの?って思われるかもしれないけど。
でも、それでもパートなんだし‥って浮かんで来ちゃうのはパートのせいじゃないんだし‥今日はそんなパートなんだし。
タイ人が施術するタイ古式マッサージに行ってきた。
値段もかなりお得だけど、本場の有資格者の施術はとても気持ち良く、当たりだな、と思ったのだけど、、たぶん、次は行かないかな・・・。
というのも、施術するタイ人女性は日本語がまだたどたどしい。
マッサージだし、最低限の会話ができる分には問題ないのだけど、何だかそれを補うかのように一生懸命で、こんなにお安いのに良いのかな、と思うサービスと気遣いに胸が苦しくなったのだ。
外国で働くのは大変だろうに、1人で店を任されて、コロナでお客さんが来なくなったとか、自国に年老いた両親が、という会話をしてると、自分がすごく彼女を搾取してるような気分になる。
それ自体がプロの施術師である彼女にすごく失礼なのはわかってるのに。
タイ古式は結構ハードで、痛い時もある。
その都度「痛くてごめんなさいね」と謝りながらグイグイされるのも、何だか痛いことが申し訳なくて、自分がいじめてるような気分にちょっとなった。
ものすごくいい人なのは分かる。
お客さんが来ないお店で一人で残されて、寂しかったという話も聞いて、腕がいいんだから大丈夫、と励ましたりするけど、いや、私の方が癒されに来たのにな、、、と思ったり。
一生懸命さを笑ったり嫌ったりしないけど、今回だけは、何だかとても「重かった」。
ものすごくいい人だし、健気で優しい笑顔で一生懸命気を使ってくれるのが、辛いというか。
それならいっそ、タイ人同士でぺちゃくちゃ喋りながら遠慮なくグリグリされて、踏ん反り返っていられる方がこっちも気楽。
口コミ見ても、彼女の施術と人柄を絶賛する声がほとんどだったけど、なんか妙に納得した。
腕は良かったし、接客も申し分ない。
値段も安いし、お店の雰囲気もいい。
でも、たぶん、リピしない・・・。
そう決めるのも胸が痛いんだけど、一生懸命さが辛かったから。
自分を変えたい
どうすればいいかわからないけど、変わりたい
何年間も思っている
どうすればいいのかわからない
今日はポッキー食べてます。ええ、今日がその11月11日だからですね。そういう記念日らしいです。
こんな感じで自分で勝手に受け入れて、勝手に楽しむ記念日は好きです。でも、そうじゃないものが圧倒的にこの世には多いです。
また、1本食べましょうかね。
お洒落でいなくてはいけないという観念を捨ててもいいのかもなぁ
やっぱり年齢に伴って質のいいもの、お洒落なものを身に着けるべきなのかとつい思ってしまうけど
色々やれる範囲、買える範囲のもので楽しめたらそれでよい。
ピアスにつぎ込みすぎてる気もしつつ…
今年の冬は手袋とストール、新しいものを買うか。
四畳半の自室にある本棚を、ひとつ減らすか悩む…
ピアノの部屋に移動させるのも良いかもしれない。ピアノ部屋も本棚があるけれども…
不思議なことに
部屋をああしようかな、こうしようかなと考えているとなんだか楽しい。
快適になるかも、もっと過ごしやすくなるかも
そう考えるとわくわくできる
いいね。
この気持ちがあるうちに、やってみるか。
「あの花屋さんのバイトの子は頑張ってる」
昔、私が心寄せていたけど最終的にはただの暇つぶしにされてた相手に言われたから変に覚えてます。隣にいる私は何も頑張ってない、将来のビジョンが曖昧な私にウンザリしたのか何なのかよくわからないけど、唐突に言われたのです。
その相手と花屋のバイトは、花屋と客という関係しかないのに花屋の何を知っているんだろう?その距離感で見える人には頑張ってる、頑張ってるって褒めるのに私のことは何も見ていないのは何なんだろう?と疑問に感じたから覚えているんでしょうね。
きっと花屋のバイトの子は、花屋のバイトをしっかりやっていたんだと思います。いい店員さんっていますよね。でも、客としてみた店員が仕事を頑張ってるというのと、私が何か将来に向けてあくせく頑張るとか頑張ってないというのを比べるのもどうなのかな?と思いますね。
遠い遠い昔のことですが、頑張ってるって何だ?と思うことがあったのと、頑張ってる感が出れば何をしてもいいのか?とか色々考えていました。なので、芋づる式に頑張るワードがついたエピソードを思い出したので書いてみたくなったのです。
いくら隣にいても遠くにいても、自分の見たいようにしか人を見ないものなんだろうなって思います。頑張ってるというよくわからない基準で評価されたり、されなかったりよく考えたら変だなーって思います。
あの人にとっては、夢を持って何かを努力するっていうわかりやすい構図があって、それが滲み出ないと頑張ってないということになるようでした。そんな人、私には必要なかったな。あの時間は無駄でした。
ところであの人は何を頑張っていたのかなー?暇つぶしを頑張っていたんでしょうかね。