首を寝違えた。
夜中に薄っすら目が覚めて寝返りをうった時に首が痛い気がしたが、首が痛いという夢を見ているのだろうと夢うつつで思っていた。が、朝起きると実際に首が痛い。夢が現実に、正夢、というわけではなく、夜中の時点で変な角度で寝ていてというだけのことだろう。
日中ずっと難儀した。なにか音がする方を向こうとすると体ごと向きを変えなければならない。いわゆる首が回らない状態。しかしこの比喩は経済的な困窮を表しているわけで、自分の場合は身体的な状態なので、ちょっと用法としては間違っている気もするが、実際のところドバイで豪遊できるほど豊かでもないのでまあいいかという気もする。
一晩寝たら治ってるといいけど。
今日はいつもと違う場所で仕事です。
仕事内容はほぼ同じでも、少しでも環境が違えば何かは違って来るのですよね。その何かがシンドイですよね。
でも、とりあえず仕事だから頑張ります
「もにょる」という言い方の是非みたいなものを見掛けて、賛成派の意見も否定派の意見も色々あるなと思いながら読んだ。自分としては「好き」と「嫌い」の間の気持ちを表す事ができる言葉なので良いのではないでしょうか、くらいの気持ちでいる。
何かについて「もにょる」という意見表明は、ほんの僅かな嫌悪感、若しくは好感ではない方向の違和感くらいの意味だと理解しているけれど、「好き」と「嫌い」の間の言葉って少なすぎると思うから。
例えば「好きじゃない」は、こちらとしては「特に嫌っているわけではないけれど好きとも言えない」くらいの気持ちで言ったとしても「嫌い」だと受け取られる可能性もある。好きと嫌いの間にはグラデーションがあるはずなのに、それを表す言葉が少ないから「凄い好き」とか「少し嫌い」とか形容詞や副詞を添えるけれど、10段階ある内の3くらいを表す言葉があったら便利だと思うから。
新しい言葉が生まれることを日本語の乱れだと言う人もいるけれど、言葉は時代を経て変化するのだし、新しい語彙が増えるのは進化の方だから良いのではないでしょうか、くらいの気持ちでいる。
簿記の職業訓練校、教師が「(教科書のダメなキャラ指して)このダメなキャラ、主に似てるね〜(笑)」とか言ってきて、それ以降、生徒からも虐められるようになった。すれ違う度に鼻で笑われ、朝の点呼で返事したら肩を震わせて笑ってくる奴等。私が一体何をした。何もしてない、迷惑かけた事もない、真面目に授業受けて、提出物も出して、それで公然と馬鹿にされて。籾井お前のせいで心身崩して退校したわ。お前のせいで。ババア鹽ねって言って、その場で帰ってやったら良かった。辞めるまで虐められてトラウマになる位だったら、その場でボロカス言ってやれば良かった。鹽ね籾井。お前のせいで
前向きなことを言おうとすると、ものすごく疲れてしまう。
じゃあ何も言わなきゃいいのだけど、『前向きじゃない何か』でパンパンになってるから、呼吸のような感覚でソレが出てきてしまうんだなと。
だからこそ1人になりたいと思ってしまうのでしょう。こういうところでこっそりソレを置いてなんとか生きます。
いつも排除されてばかりだから排除されたくなはないのです。嫌だと思ったら、私はいつも自分から去ってきたから。今度は私の番じゃないですよ。
濃厚チョコブラウニーのほろ苦味が美味しかったのだけは前向き発言かな~
今日は年賀状の宛名書きをせっせとやった。同じ字を何度も書いていると自分が書いているものが何なのか分からなくなる。ひらがなでも「あ」と「お」や「め」と「ぬ」が分からなくなったりする。いわゆるゲシュタルト崩壊というやつだけれど、認知症などになったら常時こんな感じになるのだろうかと思ってしまった。
もうすぐ発売になる書籍が諸般の事情で回収騒ぎとなっているらしい。楽しみにしていた本なので、明日発売ではあるけれど、どこかの書店にはうっかり売り場に並んでいたりしないだろうかと思った。どうせ駅前に行くつもりだったし、書店には寄るのだからと3件の書店に行ってみたが、やはり売ってはいなかった。年末年始の読書にと思っていたので少し残念な気持ちになっている。
寒くなってきたので湯たんぽを布団の中に投入しました。
足元が暖かいと眠りやすくなる気がします。
だけど暖かい布団の位置を取り合いつつ一緒にぬくぬくしていた彼はもういなくて、寝返りをうちやすくなったのに淋しくてぼんやりとしています。
冬は悪いことが起こりすぎて、全然好きになれない。
冬生まれのくせに、つくづく冬と相性が悪いなぁ。
やって欲しかったことを言うと、やってあげたことを羅列される。
けっこうそんなんばかりですよね。いろんな意味でやってあげたことは忘れたほうが幸せになれるかもね。
頑張っても頑張っても報われない。面接受ければ嫌味中傷。差別的で不寛容なクソ日本。私はどこまで頑張ればいいの
「ちっちゃな頃から悪ガキで」みたいな昔の歌がありましたが、当方は、ちっちゃな頃からギリギリにならないとやる気が出ないタイプです。まあ、あるあるですけどね。夏休み最終盤になって泣きながら宿題をやっつけた人の方が多いのではないでしょうか。社会人だって納期間際になってバタバタする人ほんとに多いですからね。
本年もその点において当方の成長は見られず、ついに正月まであと2週間という、これ以上先延ばしにするとあかんタイミング、でやる気が出てきました。いわゆる年賀状です。
年賀状のやり取りなんて今どき廃れる一方でしょうが、親戚の叔母や叔父にLINEで「あけおめ」みたいな感じでは済まないので毎年送っています。パソコンで図案を取り込んでプリンターで連続印刷みたいな感じでも良いのですが、一応ちゃんとした甥っ子の体面を保つためにゴム版画で作ります。手作り感は醸し出せますから。
ネットで良さそうな図案を拝借してゴム板に写して彫りました。彫ったらやはり試し刷りがしてみたくなるので、やって、一応はこれで良いでしょう、優れているとは言えないけれど受け取って不快なものではない、と思うものが出来たので今日は作業終了とします。宛名書くのが超面倒。やっぱり家にプリンターが欲しいけど年末しか使わないしなあ。