私にも逃げ場がここにあったことを思い出した。
今まで足掻いて探し続けて疲れて
もうどうしようもないってなって。
非行に走る寸前で。
このタイミングで見つけたということは、まだ非行に走るなということかもしれない。
私にも逃げ場がここにあったことを思い出した。
今まで足掻いて探し続けて疲れて
もうどうしようもないってなって。
非行に走る寸前で。
このタイミングで見つけたということは、まだ非行に走るなということかもしれない。
今の仕事は3年経ちました。
まーたやめたいかもなーなんて思ってきてます。
上に立つ人が変わると雰囲気も変わるものだとは思いますが、それがまず疲れの原因かもしれないです。
簡単に言えば、前のままがよかったなーということです。
でも、異動はよくあることなので仕方ないですが、それによって今まで自分の波に乗せられていたことが、うまく運べなくなりそうなのがシンドイ。
自分の気持ちを伝えても、伝わってないと思うとやる気が出ない。
3年の壁なんて聞いたことがあるけど、3年は越えたけど壁があるような気がするのが今のなのかも。
「仕事だからとりあえずがんばりましょう」解散しちゃった国民的アイドルグループの昔の歌のこの歌詞、単純で好きでよく口ずさみます。
とりあえずがんばりましょう
数年前に流行った気がするムレスナティーを飲んでみました。
かなりおいしかったのでいくつか買ってみたり。
こうやって若かった頃できなかったことをちょっとずつやってみているけど、今に追いつける時が来るのだろうか。
4回目のワクチンを打ってきた。1日経ったけど、今回は副反応なさそうだ。それでも今日は何となくダラダラ過ごしてしまった。
雨さえ降っていなければ出かけるのにはいい季節なのだけれど、行きたいところがパッと思いつかない。
仕事があまり忙しくないときは、朝、仕事始めに考えることが、「今日の昼何食べようかな」で、ここのところ毎日そんな感じだった。
今、少し調子が出てなくて、何事にも面倒くさいと思ってしまう。できるだけ自分を甘やかしたくないけれど、自分に厳しくなるのも難しい。
攻撃的な人は私を傷つけるけど、攻撃的な音楽は私を癒してくれるんですよねー。
同じ『攻撃的』という言葉で表現しても、その中身や感じ方が全然違うけど、どちらも攻撃的という言葉がしっくりくるのが不思議です。
攻撃的なあの人や言葉も全部、自分の好きな音楽みたいに聞こえれば楽なのに。でも、それはやっぱり音を楽しむものじゃないから無理なんだろうな。さて、今日は何を聴こうか。
友達じゃなくて、仲間?が欲しい。
ずっと一人か二人の親友に依存するような友情を育んできたけど
そうすると縁が切れた時、1人になるんだよね。
別に一人でも割と平気だったりするけど、一人だと世界が狭い。
でも、濃ゆい友情を育むのがもう面倒になってきていて。
たまにあってご飯食べて楽しくおしゃべりしてサヨナラする位の
ライトな関係が今はいいな。
フルリモートでフリーランスやってるとほんと人付き合いなくて
対面で人と会わな過ぎて、出会いが文字通りない。
京都の鈴虫寺が願い事を叶えてくれると聞いて
ライトな友達が複数欲しいとお願いしようかと本気で考えたりしてる。
ガッツリ友達付き合いするのは疲れた。
雑談ができる関係がいい。
前の親友は雑談が壊滅的だった。
聞き上手というか、一方的に私が愚痴ったり話す内容を聞き流すのが上手で
こちらから話を振っても、話題が本当になかった。
コロナになってから本当に同じ話を毎週、ぐるぐる繰り返してる
だけのオンライン通話になった。
ホント、話題がお互い無くなってしまった。
私の話を聞いてくれる貴重な親友だったけど、このままじゃダメになると
思ったのと、直接のきっかけが別にあったので縁を切った。
私は、雑談ができる人と付き合いたい。
別に大きなこと話してくれなくていい。
ドラマだとか美味しいお店だとかでいい。
どんな些細なことでもお互いの知らないことを交換できる関係がいい。
今それができる人は、英会話の先生、担当美容師さん、鍼灸の先生の三人だけ。
それぞれ持ちネタが違って、でもみんな話し上手だし、内容もいつも興味深くて
私は楽しい。
英会話の先生にしか、私から共有できる話題がないのが残念だけど(いつも聞き役)。
ただみんなお金を介してるから付き合ってくれてるわけで、
私が好きだから付き合ってくれてるわけじゃないのよね。
いいお客さんにはなれてると思うけどさ。
雑談できる友達を、1人でなく、複数欲しい。
1人だと依存する。
今更自分のパーソナルスペースに人を入れる気は無いから、
浅~く、広めなお付き合いをしたい。
大人になると職場以外で友達作りって難しいよね。
やっぱ鈴虫寺かな。。
結局神頼み(苦笑)
色々底に溜めていることを突付いてきたり、掘り起こして来たりするくせに、それが本格的に溢れ出したら逃げる人ってなんなんだろうね。
思ってたのと違ったとか、やっぱりめんどくさいとか理由は様々だと思うのですが、こちらとしては掘り起こされてるという感覚しかないのです。勝手に話してきたという雰囲気を途端に出されるけど違うからね。
だから、『言わない』を基本的には貫いてますが、かなり近い距離にいたりすると、言わないを徹底するのも難しいときがあります。だから距離をとろうとすると近づいてくる不思議。
疲れるけど、誰といても1番か最下位を目指すようなレースのほうがラクなんでしょう、でも1位なんて無理だから最下位で置いてけぼりに見せながらマイペースに走るのが合ってるのかもしれません。
中途半端に真ん中くらいって意外と難しいのです。
iPhoneのロック画面からカメラを起動出来るのは、基本的には便利なのだけど、服の摩擦か何かで勝手に起動して電池を著しく消耗する……。
という悩みを抱えていた。
しかし、たった今、解決法を見つけ出した。
もしiPhoneの元からあるカメラアプリを使わず、別のカメラアプリを使っている人がいたら、試してみてほしい。
【ちなみに使っているのはiPhone XR、iOSは16.0.2】
これで出来上がり。
とりあえず画面つきっぱなしで電池消耗、という悲しい展開を防ぐ方法に繋げられるだろう。
【自分自身で分かっている注意事項】
結構悩んでいる人が多そうなので、これは広めたい。
こんな詩を書いた。
ポイ捨てされたのであろう、煙草の空箱を見ていたら……
何か、書きたくなった。
『捨てられたもの』
2022年10月13日(木) 14:51
「それ」は「誰か」を待っている
地面で雨に濡れながら
道ゆく人の靴に踏まれてもなお
「それ」は「誰か」を待っている
「いつになったら帰るだろう」
「それ」は今でも待っている
無残な姿になりながら
変わらぬ心を捨てきれず
「それ」は「誰か」を待っている
「誰か」が「それ」を忘れても
「それ」は「誰か」を忘れない
拾われた恩を返す為
「それ」は「誰か」を待っている
「それ」は今でも待っている
◆◆◆
英語はよく分からないけれど、多分英語にしたとしても違和感なく読める内容だろう。
……もし物にも心が宿っているとしたら、ポイ捨てって悲しい行為だよなぁ。
カップ焼きそばってどうしても食べたいときがあります。
今日はどうしても食べたい日で、そのタイミングで食べると美味しすぎます。
ある地域では湯切りしたお湯をスープに出来るように、専用のスープの粉がついてるものが主流ですよね。昔はその地域に住んでたのでスープがないことが普通だというのに慣れなかったな。
今日はそのある地域のカップ焼きそばと同じ会社が作ったものを買ってみたら、なんとスープがついていて!
焼きそばも美味しかったのですが、あのスープがたまらなく美味しく感じました。
思ったより寒いのでスープが嬉しくて、チープな味と言ったら失礼かもしれないけど、それが良い。
アンテナショップとかで、あのカップ焼きそば買っておこうかな。スープって有り難いよ。