この人誰??って思うことが多かったので
ワンピースの新しい映画は
あまり楽しめなかった
多分コナンの新しい映画も似たようなこと
思いそう
初見でシンプルに設定が
頭に取り込めるって大事
見てないとわかんないってのは
ちょっとずるいなあ〜
入社式って特に思い出ないですねー偉い人と高そうなランチしたのは覚えてるくらい。
まあ会社にもいい思いを持ってないからしょうがないか。すぐ辞めちゃったしなー。
もう十数年前の出来事なんだなー。やる気がなかったわけじゃなかったんですよね。それなのに2年そこそこで辞めたのが自分でも驚き。すぐ辞めるタイプの人間だって思ってなかったんですよね、自分のことを。
辞めたのは色々あったからなんですけど、まあ本当に色々ありました。新しくやりたいことが出来た!とか前向きな感じなら良かったけどそうでないですねー。
それでも私より先に辞めた人はいました。1人は前向きな感じ。もう1人はどうだったか忘れたけど合わないからみたいな感じだったかな?もう同期と言われてる人とも交流がないのでわかりませんね。次の年に入ってきた人も私より先に辞めてた人もいたような。部署が違うから何でやめたからわからないけど、たぶん前向きじゃない理由かもしれません。
自分より早く辞めた人と比べれば、長く働いてたほうに感じてしまうけど、別にそうではないか。早く見切りをつけるのも大事だし。私はなんだか中途半端な短さだなと。短いならもっと短いほうがカッコイイのにと今更変なことを考えますよ。
色々書いて思ったけれども、入社してずっとその会社で働くってことが出来るだけでその人ってスゴイんだと思う。同じ場所でやるべきことをやるって簡単なようで難しい。長くいればいるだけその場所の嫌な部分が見えてきたりするのに、それを含めながら働けるってやっぱりスゴイことだと思うのです。
中途半端な短さで辞めた自分がなんだか1番ダメに感じますね。
あの入社式のランチを偉い人ナシでもう1回食べてみたいかなーとそんな変なシメで終わる。
春で、やっとマスクも外せるようになったのに、家に引きこもっている。
病気の猫と介護中の犬を自分で最後までお世話する。
愛する彼らの傍にずっといると自分で決めたこと。
その先のことも考えていて、家を出て自活するための物件探しや、インテリアの勉強にも
余念がない。
猫はおおよその余命を聞いているけど、犬の余命は分からない。
いつ寝たきりになるかもしれない。
寝たきりのまま何年も…という話も聞く。
長生きしてほしいと犬にも猫にもずっと願ってきたけど、その時が来るのを恐れているけど
ずっとこのままも怖くて。
二匹がいなくなったら、私は立ち直れるのかという不安もある。
残ったあと二匹の猫を育てる責任があるから、大丈夫だと思いたい。
インテリアの勉強はすごく面白くて、時間を見てはニトリとか行くのが楽しい。
イケアにも行きたいんだけど、隣の県まで出ないとないのが悔しいな。
そうやって未来の自分の生活を夢見ることは、今いる二匹への裏切りのようにも感じる。
でも、そうした楽しみがないと、人生の足踏みしてるような焦燥感と、いなくなるその日を
おびえる恐怖でつぶれそうで。
あと、介護、大変だし。
そのせいか知らないけど、外に出るのが最近おっくうだ。
コロナ禍ではあんなに旅行したくて地団駄踏んでたのに、今はすっかりインドア派。
部屋のインテリアを少し変えたら居心地よくなって、ソファ代わりのベットでゴロゴロ。
毎日のようにカフェに行ってたのは、家が居心地悪かったからなのかも。
このままじゃ太る一方なのも怖い。
介護で夜中にパジャマのまま外に犬を連れだしたりするようになって、他人の目を気にする
気力がなくなった。
どんな着飾ったって、どうせみんな私のパジャマ姿見たんでしょ、という開き直り。
若いころは、だらしない格好で外に出てる年配の人たちを見て恥ずかしくないの?と思ってたけど、そんな余裕なかったんだろうな、と思う。
着飾らなくなったら、体型維持の気力もなくなって、何なら髪もとかさずにキャップかぶってごまかしたり、顔も洗わずコンビニ行ったり。
人として堕落していく。
なのにインテリアはどんどん凝り始めてるという、もはや何が何だか。
今日もダサい格好で、お洒落なインテリア本を図書館で10冊くらい借りてきた。
客観的に見たら「インテリアよりその格好何とかしろよ」という感じかも。
冷静な自分が突っ込みをいれるけど、それももうどうでも良くて。
バランスを欠いている。
分かってる。
足踏みしてるより、後退してるのかも。
とにかく、将来の一人暮らし計画やインテリアの勉強と、
今の私の身だしなみや美容と、
犬猫の介護の不安や大変さは、
別の問題として考えよう。
誰に何を思われようと、今目の前に来たボールを打ち返して、
興味があることを勉強して、
不安になる隙を自分に与えずに、毎日ただ、彼らと向き合おう。
犬も猫も今この瞬間だけに生きてる。
今これを書いてる私の手元を枕にゴロゴロ言ってる若猫もそう。
私はちゃんと生きてる。
それで今はいいのだと思おう。
小学校に入ってしばらくの間、午前で授業が終わり家に帰っていた。
授業ではなくて、健康診断や、先生と一緒に校内を見て周ったりしていたのかもしれない。
給食はまだ始まっておらず、色も模様もつかない小さな白い紙の袋におやつが入ったものが配られた。
何が入っていて、何日配られたのだったか。
からだが小さく、食も細かった七つのわたしは、それをしっかり握って落とさぬように持って帰った。
決まったおやつの時間のなかった、学校に上がったばかりの小さな子供に、それは帰ったらこれを食べるんだとささやかな楽しみをくれた。
54年前の4月。
お菓子の豊富な今の世にはまだ少し遠かった昭和44年。
舗装されていない土の道を重い革のランドセル背負ってカサカサ鳴る袋を持ってひとり帰った。
家は郵便局員だった父と母と姉との4人家族で住んでいた小さい官舎。
真ん中の壁で隣の家と半分半分になっている長四角の家。
汲み取り式で茶色い蠅取りリボンがぶら下がるお便所と製氷室が無くアイスを入れておけない低い冷蔵庫と身の丈に合わない新品のピアノと石炭を燃やすストーブ。
じいちゃん、ばあちゃん、遠くと近くの親戚と親の知人がしょっちゅう遊びに来る煙突のある官舎。
父が時々煙突を外して煤掃除をする日は寒くても終わるまでは我慢。
極寒の北の街の家々の窓は、冬の前に寒気をしのぐために外側からビニールでしっかり覆われ、春まで閉じられる。
父が近所の人に頼まれて局で買う記念切手をわたしがお使いで届けに行く。
近くだがよく知らない家に、少し緊張して。
無事に届けたらちょっと誇らしかった。
官舎はとうに無くなり、あの辺りはすっかり変わり、もう夢の中で歩くだけだ。
友達の家がある崖のそばまでゆくとオホーツク海が見渡せる。
帰りたい、帰りたくない。
六つ上の闘病中の姉はもう長くないのだろうか。
「あの映画見た?」
という連絡が久々にきて
久々に昨夜遊びにきた友人。
正直、先月に余計なことを相手に言ってしまい怒らせて
謝って和解はしてたのだが
もう家には来ないだろうなあと少し寂しい思いをしていたところだった。
コーヒーを淹れて2人で飲みながら感想戦。
結局明日も仕事だから、まだまだ話し足りないところではあったけど日付が変わる前に解散。
簡単には、手放さなかったんだなと思うと不思議な気分で、友人ではあるけど
少しまだこの歪な関係は続きそうだ。
14歳の頃に好きだったものは再燃しやすいって聞いたことあるけど、自分の場合もそれが当てはまっていて定期的に再燃してます。
14歳×2以上は生きてますが、その年齢まで時々燃え上がることかが出来るだけでもありがたいなーと思うのです。
なんと無印良品に受かってしまった。
なんと、というのは実は受かると思ってなかった。
自分が雑貨やインテリアが好きであるという自覚が、自分の本棚をしげしげと眺めて出た結果である以上いっちょ憧れの会社に応募してみるか!という軽い気持ちの、100%記念受験だったのだ。
でも下準備はした。
だって軽い気持ちでも、大企業。しっかりしておいて損はない!そう思って取り組んだ。
大昔に面接対策や、履歴書添削、言葉使い研修、レジ接客研修などを進んで受けておいてよかった。自己分析やスキルに自信があると面接対策もやりやすかった。
企業研究本を買って少しでも専門用語を調べ、過去に面接を受けた人たちのコメントを読んで、自分ならどう答えるかまとめ、無印トップの方の手記を拾い読みしてコンセプトを理解しようと努め、面接用に、あちこちの店舗へ行ってスタッフの服装を調べて似たような服を自分のテイストをまぜて買った。被服費はトータル2万ほど。
それで受けて、結果が出るまで1週間と聞いていたのに、その場で即決採用だった。
見事に成功した。
思った以上の成果で、正直、ちょっと、困ってはいるが。
だって自分みたいな社会性のないイキモノが頑張っていけるだろうか。
だから「なんと」なのだ。
頑張れるといいけれど。
遅刻7回で首切りがはちゃめちゃきつい。
今日のこと。
気持ちよく過ごすことを目標にしてみた。
タイマーで1時間セット。その間に窓あけ、掃除、洗濯、皿洗い、炊飯セット。
さくっと終わったのでさらにアイロンがけ。汚れ見つけちゃったけど、ついで家中のタオルと一緒に漂白漬けにしてから洗ってやった。おかげでぜんぶ真っ白くなった。
そこまでやって夕方4時。座ってぼんやり過ごせる時間ができた。
夜は夜で、同じく気持ちよく過ごすことを目標に過ごした。
ベッドマットと枕カバーを変えた。皿洗いもいつも通りに。そのあとすぐにお風呂はいって、ついでに手袋型のバススポンジでステンレス部分磨き。試しに鏡を洗ったら水をはじいて曇り方もゆるくなった気がした。MMOでも…と思ったらメンテで入れなかったけど、それもラッキー。読みたい本が山のようにある。そう思って座って手を伸ばしたら、昨日怒らせてしまった某彼(仲直りはしたけれど)が、discordの通話鯖でゲーム配信をしはじめてくれた。今日は、悪い気がして行かないつもりだった。それを見越したように。
歩み寄ってくれたのは私の性格を理解してくれてたからだろうか。いやそれも夢を見てるな、と頭を振ってお喋りした。
いい日だった。
自分にとって気持ちよいポジションに物を戻す作業に、時間制限を設けると、一日の滑り出しとしてはなかなか良いものだ。
昨日は穴場の桜の公園で肉巻きおにぎり作ったの食べた。
今日は、有名スポット近辺をぶらぶらしながらベンチでアイス食べたり、缶チューハイ飲んだらした。
やっと気兼ねなく桜の下で飲食出来るなー。
花より団子派なのでここまで長かったなーって思っちゃう。
決してどんちゃん騒ぎしたいわけじゃないんですけどね、桜の下で花見ながらもぐもぐするのが好きなのです。
最近ふと本でも読むか~という気分になって近所の図書館で本を借りることにしました。ネットで調べて面白そうだと思った作品、前に読んで面白いなと思った作家の作品、金融だとかAIだとか興味あるジャンルの本などいろいろ。思ったのは小説だとやっぱり読書ペースが早い。専門的な分野はわからない用語も多かったりして、でも読んでる途中でいちいち調べるような読み方はしないので後で調べようと思ってメモだけ残してました。あとやっぱり翻訳された話は文体?に慣れなくて同じ物語でも進みが若干遅い。難しい話じゃなくても比喩表現がその国の人じゃないのでわかりにくかったりして馴染まなかったりするのが原因だろうなと思いました。
小説だと視覚的な情報がなくてイメージだけで読めるのがいいですね。