2024.01.30Tue
非表示 17:38

なにか打ち込めるようなものを探せと

高卒でやってきたのは仕事
そのあと妊娠出産、子育て
そのまま仕事と家事育児

打ち込める趣味なんぞ、ない。
見つけ方もわからん。


非表示 05:57

よく考えたら20年近く付き合いがある友達と先日会いました。
変な言い方をすると固定資産ゲットしようとしているから、色々話したいということなので会ってきました。
自分だけの固定資産をゲットする…というのは、おそらく人生の方向性を自分なりに決めたということなので、自分の足で自分だけで歩いていくのかな?と思ったから、それをもっとわかりやすい言葉で某所で書いたら、ちょっと怒られた方がいてですね…その人に向けての言葉じゃなく、ただの自分の戯言だったのですか…まあ、固定資産云々は書かなかったんですけど、言いたいことは別にそこじゃなかったから情報として載せなかっただけなのですが…
そんな感じでちょっとコワイので、ここでも変な表現や方法を使いながら言いたいこと書いて見ようかな?という謎の挑戦です。
その友達とは長く続いていますが、私が15年ほど前にファミリーネームが変わる出来事がありまして、その友達とは違う感じの人生を歩んできたんですけど、何もなく今日まで仲良くしてもらって有り難かったです。友達の視点からは私に対して思うことはあったかもしれないし、それは今もあるかもしれないけど、固定資産の相談に私を選んでくれたことが嬉しかったです。でも、別に私に知識があるとかそういうタイプの人間ではないんですよね。ただ聞き役に私を選んでくれたことはとても光栄でした。
昔、就職するための活動をしていた時代、二人ともあんまり上手くいかない時期があってですね、自己アピールとかそういうの嫌だよねー。そういうのしなくてもちゃんと働くよねーなんて言ってたような気がします。懐かしい。言ってたのは私だけだったかもしれませんが。そういうトークがあの時代は私の励みになっていました。
自分を思う存分アピールして、着飾って、キラキラさせてってたぶんその友達も苦手なんだと思います。でも私はそこが信頼出来るしやっぱりいいと思っているので。グイグイ来ないところっていいんですよね。でも就活だとそれだとダメなのかもしれません。友達の方が内定が先に出ましたけど、それはとても喜びました。似たような感覚の友達がなんとか内定をもらったから私ももうちょい頑張ろうって思えました。
20年近く付き合いがあるので、まだ色々思い出はあるし感謝してるところはあるんですけど、まあ、本人に言えば?って自分でも突っ込んでおきますが。たまには暗くない感じのことも書いてみたいかなと思って書いてみたかったけど、誰かの視点ではウザいかもしれないしと思うと書けないかなと。でも、これは私の一部でもあり、私の一部でしかないから、普段は暗い話題ばかり頭の中でぐるぐるしてます。
あと、直接的な表現を避けようとするとルー大柴みたいなセンテンスになってる気がしてベリーハードモードでした。

2024.01.29Mon
非表示 20:56

朝のラッシュで込み合う中で、気持ちは急くのに赤信号。隣の車線には幼稚園バス。窓の向こうに上を向き、ポカンと口を明けて、すっかり眠っている黄色い帽子の女の子。二つ結びの長い髪に、赤いリボンを結んで。

ほら。朝だよ。目を覚まして。空には薄く白い月がまだのぞいているけど、雲のすき間から日が差して、眩しい光に包まれる冬の日。きっと楽しい1日が待っているから。

まだ切ない痛みなどなにもかも知らず、純粋に、希望や期待に胸をふくらませていたあの小さき日々を思う。


非表示 13:22

呉の旅行記(忘備録として)2

呉旅行のメインだった、日没に合わせて行われる艦船クルーズ。
日帰りなので無理せず昼間にしようと思ったけど、夕方にして大正解。
コースは同じだけど、自衛官の方の旗を降ろしながら、ラッパ演奏する姿が見られていい。

ラッパ演奏までしばらく停泊中の艦を海から見学。
案内の方の説明も興味深い。
潜水艦もあって、その上を歩く隊員の方も見れておお、と思った。
素人発想だけど、足滑らして落ちることって、、、ないか。

真冬の海上は寒いけど、天候に恵まれて、夕日も美しい。
夕日が沈むと同時にラッパが吹かれて、旗が下ろされる。

その時隊員の方たちが制服で整列。
とってもカッコいい!
これはね、憧れる気持ち、わかるわ。

個人的には白のセーラー服にきゅんとなった。
本当に着るんだ、という驚きと、さわやかな白さに目が釘付け。

ラッパを吹き終わった隊員さんたちに向かって用意されてた旗をぶんぶん振って拍手。
したっけ、隊長?さんたちが帽子を取って手を振ってくれて、わぁぁ、とまた興奮。

お顔は遠くて見えないけど、私には渡哲也さんに見えたよ。
きっと推しにペンライト振る気持ちって、これ。

大興奮のまま寄港して、電車の時間がしばらくあったので、港の展望台で夕日が沈み切るのを見る。
すごくきれい。

つくづく、自分は海が好きなのだと実感。
泳いだりダイビングは苦手だけど、船に乗ったり、港やビーチで海を眺めるのは大好き。

今回の旅も、本当に良かった。

自衛隊にもちょっと興味が出てブログとか読みながら帰った。
今まで、ほとんど興味がなかったけど、また艦船クルーズ行きたいし、せっかくなら、空自関連も見てみたいかも、と欲が出る。

それに自分が制服に萌える人間なのも始めて知った。
コスプレでも悪くないけど、実際に着て生きてらっしゃる人のカッコよさは違うよね。
渡哲也さんは衣装だけど。

男たちの大和、ストーリーを忘れてしまったし、もう一度見ようかな。


非表示 12:32

呉の大和ミュージアムとくじら館(海上自衛隊呉史料館)に行ってきた。
※戦時下の暗黒な話を含むので、注意。

映画「男たちの大和」上映時、広島で仕事をしており、劇場で見て非常に良かったけど、呉に来たのは初。
内容が充実しており、興味深く、20年前まで使われていた潜水艦の中にも入れるのも面白かった。

大和ミュージアムでは、戦前から戦後の混乱にかけて様々な資料とともに詳細に説明されてあり、世界大戦における日本の(あえて言うけど)無謀な暴走や、それに奔走された人々、特攻隊などを思うと胸が詰まった。

人間魚雷「回天」の話は何度見ても胸が詰まる。
空から敵機に突っ込む話ももちろん、やるせなさしかない。
勿論比較するなんてあり得ないけど、でも回天の模型を実際に見ると、ぞっとした。

体を左右に動かすのも難しそうな狭い操縦席、魚雷なので、もちろん窓もなく、明かりとか内部にあったのかわからないけど、きっと暗いのだろう。
そんな中たった一人で何十時間も。
叫び出しそうになる。

回天に乗船した21歳の青年の肉声も泣ける。
最後に母親が着ていた着物の生地で作った座布団を所望し、それをもって乗船したと。
母親がなくなる際、本人の希望で家族に着せてもらったという話も聞いて、また泣いた。

今思うと、ほんとうに無謀。
本人たちも薄々分かっていただろうに、でも、せざるを得ないところまで追い込まれてしまったのかと思うと。

くじら館では、自衛隊の活動の一つである、掃海を知った。

地雷撤去作業はもちろん知っていたけど、海にも同じものがあるとは想像もしてなかったのでショックだったし、私が愛するあの静かな内海にもたくさん残されているのには愕然とした。
それを現在もなお、撤去しているという。
かつ、撤去してもなお精度を上げて設置される鼬ごっこなのも、怖いよね。

機械だけでは太刀打ちできないことも多く、人力で作業することもあると聞いて、辛かった。
ウェットスーツのようなものしか着ずにそんなこと、、と。

館内では、潜水艦の生活も疑似体験できる仕組み。
狭い艦のなかで大勢が暮らすため、極限まで切り詰められた生活スペース。
3段ベッドは本棚かな?と思うほど狭く、実際に入ったら身動きが取れない。

食事が4食(夜食含む)あって、学校給食みたいで、思ったよりは良さそうだったけど、本当のところは分からない。
激安クルーズ旅を経験したからちょっと知ってるけど、生鮮食料が手に入りづらく、毎日キャベツの千切りが出たりしてたからな。。
クルーズですらそうなのだから、とうがってしまう。

客船と一緒にするなと言われそうだけど、比較しないと分からない。

潜水艦の中にも入ったけど、狭さにまた驚く。
何かあった時すぐ対処できるよう機械はすべてむき出し。
写真で魚雷保存庫の中で、魚雷と一緒に寝ている隊員の姿もあって唖然とした。
それくらいの気持ちがないとだめなのかも。

自衛隊に入ったら、適性検査を何十回も受けるらしい。
そこで適性を徹底的に調査され、そこで職業は決まる。
経理、調理師などもあって、それはずっと変わらないらしく、潜水艦に入る人はその中の4%とか。
訓練してみんな交代で入るのかと思ってた。

もっと色々探検したかったけど、いくら引退した艦とはいえ、見せられないものも多いので、一部だけ。
それでも、非常に珍しい経験ができてよかった。
これが無料で見られるなんて(大和ミュージアムは別)太っ腹。


非表示 06:00

ネガティブなことは必要だから脳に残っているのに、それは表に出してはいけなくて、ポジティブなことばかりしか言ってはいけない世の中はおかしい〜
…このような事をとある学者の方が脳のしくみのことも交えながら言ってくれたことが私にとっては良かった。
ネガティブな事が必要だから脳に残っているというのは、単純に同じ過ちを繰り返さないためということで、それを覚えていないとまた失敗するからと。確かにそれは当たり前で書くと普通のことに感じるけど、否定的な感情は言葉に出すことはあまり良いとされていないから変だなとは思う。
別に暗いことばかり言うと決めたわけじゃないけど、自分が感じたことがネガティブだなと思っても蓋をしすぎないけど、蓋を開け過ぎることもしない絶妙な感じを保っていけたらいいなと思っています。
誰かを否定するってわけじゃない否定的な暗い感情は私はいい大人は持っていたほうがいいスキルのような気もするのです。

2024.01.28Sun
非表示 22:19

可愛い缶のクッキーをつい買ってしまう。クッキーも大好きだし、空き缶に何を入れようか考えるのも楽しい。文房具を入れたり、スティックコーヒーを入れたり、またお菓子を詰めたりね。
今の季節はバレンタインのチョコレートの缶もいいよね。誰かのためじゃなくて自分のために買うよ。チョコレートも自分で食べちゃう。
じゃあ、またね。


非表示 21:36

命の母ホワイトを飲んだ
時折、そわそわしてしまう。気が立ってて、スマホで興味のないゴシップ記事や炎上を追いかけて時間を浪費して、自分のしたいこと・すべきことが手につかなくなる

時期の問題だとなかなか自分で気づけないから、気づけただけで偉かった
正直効いてるのかわからないけど、とりあえず落ち着いて、すべきことから手をつけよう


非表示 20:02

手帳を買った時、おまけとしてついてきたノートに感動した。
180度水平に開くノートだった。
たったそれだけ。
気にしない程度のなんとなく不便がないって、快適だ。


非表示 07:05

「高校は自分で選んだから、そこでできる友達とは長続きする」
私の場合は今は高校の友達とは続いてないから、それが当てはまらないかもしれないけど…でも、高校卒業して10年くらいは続いてたから、続いていたといえば続いていたのかもしれない。
高校は自分で選んだから…という部分を考えると、自分で選んだようで自分で選んでいないような気がします。
うちは絶対私立より公立という家庭だったから、私立は悪だという空気感がすごくありました。私立に行きたかったわけじゃないのですが、絶対に公立に行かなければならないというオーラを感じとりながら、自然と絶対に入れるレベルの公立を選んでいたように思います。お金かかるリスクが高いなら勉強しなくていいし、でも、高校くらいは行かせないと親として色々言われてしまうから高校という形の何かであなたはいいんだから〜というオーラが漂う家だったように今思えばそう思います。
なので、自分で選択はしたけど自分で選択していないような、そんな感じなんですね。
高校のころはそれなりに馴染んで楽しかったし、途中では勉強よりもただ行ってお菓子食べて帰ってくるみたいなことを本当にやっていました。だから、成績もその高校に馴染んだものになっていってしまってたように感じます。
それも自分の選択といえばそうなんですけど、ハタチ2回分くらいの年齢になって振り返ると、自分の選択のようで自分以外の何かが働いていた選択だったかなと思えてしまうのです。
高校生なんて流されてナンボなんで、いい流され方が出来るところを選ばせるのが身近な大人の出来ることなのかな?と考えてしまうのです。

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