「一緒に過ごす時間は今しかない」とよく言われるし、それもよくわかっているんだけど、今の年齢の自分も今しかいない。
今の自分を大切に出来なかったら、周りも大切に出来ないよね。
自分が思う「自分を大切に」を出来ていなかったころ、自分は無理しているのに周りから大切にされなかったことがある。
自分を犠牲にまでしてるのに…という思いが中心になってしまうから周りの自分への態度はすべて見返りだとおもってしまう。だからちょっとでも違うと感じるとイライラしてしまう。そんなイライラした自分に寄り添ってくれる人なんかいないよね。
だけど、そんな状況でもただの他人じゃない人には手を差し伸べて欲しかったけど、一番手を差し伸べて欲しい人に手を振りほどかれた記憶はずっと消えないだろうな。
ざっくりとしか書いてないけど、そんなことがあると自分を大切にすることしか出来ないよ。
周りとの時間も今しかないのはわかってるけど、自分でしか自分を守れないって皮肉にも「ずっと一緒にいよう」と思ってた人や場所から思い知らされたら、こうなっちゃうよね。
普通の基準では、私は悪い見本だと思うけど今のほうが幸せな部分があるし、隣の人たちも笑ってるように見える。笑っていないかもしれないけどね。
でも、近くにいすぎた時より楽しそうに見えるし自分も楽しいんだよね。
距離とか一緒にいる時間が長いとか短いとかとかそういうことじゃないんだな。
今日もひとりでコーヒーを飲んでる。
勉強しなさい!と言っているわけでもなくて、会話の中に勉強という言葉があると勉強しなさい!勉強していないと言われているように感じるウチの家族。まあ、そういう年頃だからしょうがないのか?と思うようにしているけど、単語だけでそういう解釈していたら大人になって保たないぞーとは思っていますが、自分で解決して行くしかないんだろうなと。
でも、やっぱり大人になってもそういう人はいますから。自分の気になる単語、どちらかというと自身にとってネガティブな思いがある単語を混ぜた会話をされると、話の内容は関係なくネガティブに受け取っちゃう人は大人でもたくさんいると。最近、それはよく思うことなんですよね。
勉強は大切でやっても無駄にならないし、知識は少ないより多いほうがいいので、教養としての勉強ももちろんやっては欲しいのですが、その人の言いたいことはなんなのか?を理解する能力はつけていって欲しいかなと思っています。
もちろん、伝わるように間違いのない言葉、ボキャブラリーで話すことも大事なんですが、受け取る側も相手が1番何を伝えようとしているか理解しようとすることは大事だと思うんです。
例えば、カタコトの外国人が日本語で単語だけで何か言ってきたら、私たちは理解しようとするんですよね。「シブヤ?」と言われたら、渋谷に行きたいのかな?渋谷の行き方が知りたいのかな?と考えると思うのです。渋谷はごちゃごちゃしてるし、人が多すぎて嫌だと普段は渋谷に対して思っていても、この場合はそれをカタコトの外国人に返さないと思うんです。
そういうのと一緒で自分にとってはあまり良い印象や否定的な気持ちになる言葉や単語でも、相手がネガティブさを伝えようとしていない場合はネガティブに受け取らないって大事だなと。ちゃんと情報だけで情報を受け取る。そういう勉強もしていってくれたらなーと思います。でも、自分もかなりネガティブなんで気をつけないと悪い妄想力だけ上がってしまうので日々勉強ですかね。
最近、キムタクが辛くて見れない。ちょい老害感を感じる。
昔の頑張って「キムタク」してるキムタクは、何というか武士は食わねど高楊枝的でいいな、頑張ってるなと思えて好きだったんだけどな。
あーまあでも恋愛ものの俳優キムタクはちょっと辛くてあの当時から見れてなかったから、今はアレが言動全てに出てるのかな?
残念だなー。まあ、ポジション的に色々曝け出すのは無理なのかな?
今イケオジだと思う人トップは所さんだなー。(超個人的な感想)
叶恭子さんが
「恋愛は、誰しもが絶対にしなければならないものではない。
恋愛をしたくないとか、興味がないのであれば、一生しなくても構わないこと。」
と言ってるのを聞いた時、もっと早く出会いたかったと心底思った。
結婚の大変さも、恋愛の不確実さも、さんざん見聞きしてきた分、恋愛したい!結婚したい!という憧れは露と消えた。
でも一方で、婚活、って響きが気になる。
ドラマの「婚活千本ノック」も毎週楽しく見ており、SNSで婚活の話題が出ると、つい見ちゃう。
かといって今主流のマッチングアプリのやり取りは煩わしく、出会い系のイメージが根強くて、潔く婚活パーティにいくことが多い。
それも、ケーキとドリンクがついてるもの限定。
何度か行ったけど、スタッフの方も優しいし、ドリンクはアルコールも含めて飲み放題、ケーキはおいしい、会場もとってもおしゃれで、女性同士でおしゃべりすることもある。
うーん、楽しい。
地方だからだとは思うけど、女性は参加費がワンコインなの。
普通にカフェでケーキ頼むより安い。
いや、だから行くわけではないんですよ、ほんと。
いい出会いが万が一あればラッキーと思いながら、つい、ケーキ付のプレミアムパーティに申し込んでしまうワタシ。
何度か運よくマッチングすることはあったけど、2度目以降がないのが、私らしいな、と。
ぼろが出るのかしらね。
それでも、いろんな人と仕事抜きで話せるのはすごくリフレッシュになる。
ケーキセットを正規の値段で食べるくらいは勿論稼いでいる。
だけど、人との対面の会話に飢えてるのかも。
それなら、趣味のサークルとかに入れや、とか言われそうだけど、そういうしがらみは面倒で。
バーとかに行けばいいのかな?
あまり飲めないのに頑張って行って、マスターと話したりしたけど、やっぱり私には合わなかったし。
友達が欲しいわけでもない。
ただその時だけの会話をごくたまに欲している。
婚活パーティにそれを求めるのって駄目なのかな。
婚活という言葉が気になって、婚活パーティを検索するたびに、私は結婚や恋愛を求めているのかといつも悩んでしまう。
全くしたくないのに、なぜ来てしまうのだろう。
誰も、私にせかしたりしないのに。
親の付き添いで大手電気屋へ。
4月から新生活の孫のために、色々と見たいとか。
ふと、思い出した。
昨年、某パソコンメーカーで営業事務補助をしたこと。
派遣会社の紹介で、繁忙期のみだった。
11月~3月まで。
繁忙期は決算までのノルマがあるため、営業担当も忙しそうだった。
そんなわけで、親が販売担当に色々と説明を受けていたけれど、私も負けじと
「カタログはありますか?いつ頃に買えば安いですか?」
と聞いた。
販売担当は「こちらの商品はメーカー指定価格なので、価格が安くなることはありません」
なるほど。
とりあえず、一旦帰宅。
4月までまだ、余裕はある。
型落ちでも良いから、少しでもいいものを安くゲットする。
スマホの容量を開けるためにとあるゲームのスクショを整理&PCに移動。
その数なんと5000枚超え。しかもゲーム内機能を使って撮ったスクショだけ。
スマホの機能で撮ったスクショもそれなりにあって、合わせると6000枚近く?
なんとまあ、よくもこんなに撮ったもんだなと我ながら思う。
そのゲームを始めたのは2年半前。毎日暇さえあればログインして何時間も飽きずに遊んでた。
とはいっても、この半年ぐらいは数ヶ月に一度ちょっとだけログインするぐらい。
理由は、1年半前から目を逸らしながらも感じていた運営への不信感と不満が自分の中でどうにもこうにもならなくなってしまったから。
最初はしていた課金もする気がなくなり、それでもゲーム自体は好きだったから、運営への不信感をごまかしながらも続けてた。
でもあるとき糸が切れたみたいに、もういいや、って思って、心から楽しめない気持ちに折り合いがつけられなくなったから、ほとんどログインしなくなった。
それでも、今でもゲームを消さずに残してたのも、スクショを大事にバックアップしたのも、やっぱりゲームは好きだったからだな、とデータを移動させてる間、しみじみ感じた。
たくさんの思い出も思い入れもあったからね。大半の期間は好きで続けてたわけだし。
でも今は前みたいに戻る気にならないのが悲しくもある。
ときどきログインしては感傷に浸るのを、そのゲームがサ終しない限り、わたしはずっと続けていくんだろうなと思う。
願わくば、また楽しめる日が来ることを祈るよ。いつかまたね。
軸を作る。
40を前後にして新しい人達との付き合いを経て、ある日突然、それは天啓のようにして降り注いできた。
難しい言い回ししているけれど、そういう言い回しが一番自分にしっくりくる。
他人の言葉を使うなら卑下、そして中二病。けれどそれが一番美しいと思ってしまうんだもの。
さておき。軸を作る。
一つの世界がだめで、別世界を遊びと称して持った。そこが心地よくてしがみついた。けれどそれも意味はなく、いくら心を砕いても砕いても、ほしいものは結局手に入らない。
たまたま別の世界を持つ機会に恵まれた。
そこは楽しく、けれど大人としての距離感を強制的に自分に課し、楽しくある雰囲気を壊さないように、自分は楽しくない瞬間があるけれど、周りの人は幸せそうにしている。
邪魔をしてはいけない。自分のようなものがその幸せを妬む心を持つことさえおこがましい。
だからまた別に楽しいと思える世界に首をつっこんで、つらい現実など見なくていいようにすればいい。
そこでようやく、自立するとはどういうことか理解した。
その「世界」こそ自分を支える軸であり、それをたくさん持つことが自立なのだと。
きっと私は発達障害なのだろう。きっとこういうのはみな学生時代に、ともすれば中学時代か何かにでも発芽している「真理」なんだろう。けれど私はようやく芽が出た。
楽しい振りをして顔に笑顔を張りつけて、我慢する。
安堵する場所などきっとないだろう。
けれど、たくさん世界をつまみ食いをして、自分の場所はなくとも、まあ別にいても困らないよ、という立ち位置に立てるように頑張ろうと思えた。
さみしい。
けれど仕方ない。
放浪の民だ。軸を持って旅をするのだ。
いつだって守られている側は守られていることに気づかないでその恩恵を享受している。
それが望んでいるものではなくても。
守り手はその対象に対して、よかれと思い、色々な配慮をして守ろうとしてくれる。
守っている素振りは見せずに。
悪目立ちしちゃダメなんだよ。
改めて痛感した出来事があった。
以前から防災には関心があって色々調べていくうちに、ペットの存在を玄関で示す というのを見つけた。
車のリアガラスに貼ってある「犬が乗ってます」の玄関 バージョンというか。
うちは猫なので、脱走が一番怖い。
ドアの鍵は必ず閉めているけど、宅配の時とか不用意に開けられると本当に困る。
そして 田舎だから実家にいた時は、チャイム も鳴らさず ドア開けられて閉口することが多かった。
プラス 万が一の時は猫も救助してもらえるようにという思いを込めて、猫の写真にその旨を書いて玄関に貼っていたのだ。
それが悪目立ちしたらしい。
先日 家を出た瞬間 郵便局 配達員の人と鉢合わせて、なるべく 顔を見せずに会釈してスルーしようとしたのだけど、すっごい フレンドリーな感じで
「猫ちゃんだけで お留守番できるんですか?」
って聞かれて、ゾッとした。
その時 私は一人で、確かに家の中に誰もいないけど、なんでそれをあなたが知ってるんですか と。
一人暮らしの女性はそれを悟らせないようにするために男物のパンツを干したり、ただいま と声をかけながら家に入ったりする方法が 奨励されている。
私は逆に近所の住人に生活リズムを知られるのが嫌なので、絶対に人と鉢合わせないように気をつけながら出入りしてたのに配達員の人っていきなり来て風のように去っていくから不意打ちを食らってしまった。
Amazon とか 楽天とか届け先を男の名前に変えるなど工夫もしてたけど、この人なんて私が1人だって分かってるの?
住所も名前も知られて、顔も覚えられている。
制服を着てる人間が信用できるわけでない。
一度ならまだしも、2度目は 玄関でなく、車の駐車場ですれ違った時に声かけられた。
やっぱり私がここのマンションで猫飼ってることはばれている。
このに顔見られたの2回目。
在宅の時は何があっても 玄関開けないから、インターホン越しでしか話をしたこともないはずなのに。
もちろん 100歩譲って、純粋に猫が好きな気のいいおじさんなのかもしれない。
私が別の立場だったら 声こそ かけないけどそこの住人に親しみを覚えただろう。
この人が女性だったら猫好き同士で仲良く お話 したかもしれない。
でも男である。
40過ぎた女の自意識過剰と笑われるかもしれないけど、普通の男にはモテなくて子供の頃から変質者に会うことは多かった私は、警戒態勢 マックス。
フレンドリーに話しかけてこちらが油断するのを待つ男もいるのだから。
怖すぎる。
防犯ブザーは毎日持ち歩いてるけど、そもそも目立ってたのが問題。
大急ぎで写真と玄関 に出しっぱなしにしていた赤い ちりとり、あと、念のため駐車場の車のダッシュボードに置いてあった じゃらん猫のティッシュケースも撤去。
ここに女がいると思わせないこと。
2回も声かけられて怖いし、正直気持ち悪い。
婚活パーティーに行けば この人と同じ年頃の男性と興味がなくてもにこやかにお話しするけど、私のプライベートなスペースだと話は別。
撤去したから安全というわけではないけど未来のリスクは減らせるんじゃないかと。
本当に迂闊だったと大反省中。