自分で揚げた唐揚げがうまい
今日は誕生日で、いろいろ悩んだ結果唐揚げ食べようと決めた
彼は仕事でいない
彼氏とどうしていったらいいか分からん
1人で貪り食うコンビニのおにぎりって美味しすぎる。
抹茶のデザートも買ってみたけど、抹茶の濃さが足りないのでやり直し!
よくわからない乳酸菌飲料買ってみたけど、甘みがまろやかで美味しかった。
期待通りと期待外れと期待以上を同時に感じたお昼でありました。
母の日がメンドクサイなーと思ってます。
昔、自分の母にプレゼントを買いました。だから父が企画した1人いくらか出して母にプレゼントみたいなのを断ったんです。
そうした父に「ケチ!」と言われてしまいました。自分でプレゼントを用意したからケチではないかなーとは思うんですけどね。
父が用意したのは鉢植えの花だったと思います。父の仕事の斡旋で買ったものです。
そうしたら母は「鉢植えはいらないのに」とボソッと言ってました。
時はかなり過ぎて私は結婚し、配偶者の母に母の日のプレゼントを用意しようと色々選んでたんですが、配偶者は全然選ばないんですよね。で、私が提案するものには浮かない顔をしてました。なんとか選んで数年は贈っていたんですが、もうやめました。
最初贈ってしまったから、やめるか悩みましたがやめてよかったです。それに父の日もあるのでどちらもやめないと何かしら毎月選んでるような気になってしまって疲れるのです。
誰かに決められたそういう記念日的なものって私には合わないんですよね。結局誰かだけに負担がかかってるのに、プレゼントは本当に喜ばれてるかどうかもわからない。
父も仕事上、売上のために喜ばれもしてない鉢植えを買って、子どもにはケチ!と言うハメになった(これは父の人間性が顕になっただけですが)正直いい事ないです。
プレゼントするって、誰かの自己満足だったりする部分があって難しいんですよね。その気持ちだけ受け取ると思っても、いらないものをもらうと気持ちが萎えますよね。自分が何が欲しいかよりも自分がこれをあげたい!ってのが強いのがわかるとプレゼントって逆効果だったりするんだよなーと最近はよく思うのです。気持ちだけ受け取るなんて、やっぱり難しいですよね。
フィリピン人の英会話の先生と話した時、
「語学留学」する人の多くが、授業の後は同じ国の人同士で固まってずっと母語を話していて、全く現地の人たちと交流しない。
何しに来ているんだ、と割と痛烈に批判してた。
もちろん、一年以上ずっと話してきた関係性の上での本音だ。
普段の彼は非常に優しく熱心だけど、子供のころから嫌々英語を叩き込まれて、アメリカに留学し、ひっしでアメリカ文化の中で英語を身に着けてきた叩き上げの人。
だから、そんな人たちが見ていて許せないのだろうなと。
私は私で、日本でずっと英語を勉強してきたから、海外留学経験者にコンプレックスが強い。
でも、海外留学して現地の人たちに自分から話しかけるメンタルは持っていないことを自分が一番わかってたから、遮二無二日本国内にいても英語は話せる、と思って頑張ってきた。
彼の論理は、ネイティブ国で1年しぬ気で留学すればだれでも話せるはず、という。
私の論理は、それができる人ばかりでない。でも、英語習得の機会はだれしも平等にあるべき、と思う。
すると、「そんな言い訳は通用しない。自分はものすごく努力してここまで来た」というので、カチンときた。
「私だって自国で燃え尽きるまで勉強してここまで来た」
私の方が年上で、生徒なのもあってか黙ってたけど、その顔はこう書いてあった。
「そんな長い期間かけて(その程度?)?」
悪かったな(怒)
海外留学の成功は、いかに現地の人たちの輪の中に自分から飛び込んで英語を話しまくるかどうかだ、と彼は言う。
でもさ、そんなコミュ力ある人ばかりじゃないから!
あなたが「もっと英語を勉強してから留学に来るべきだ」っていう人たちの中にも、かなり自国で勉強してた人は一定数いたはず。
私もその一人だ。
でも、海外に行って、現地で仕事したり留学したりして、慣れない土地とネイティブ言語にもみくちゃにされて心が折れてしまうことを、どうして責めることができるの?
自分ができることは誰でもできるというのは傲慢だ。
うつ病になって帰ってきた留学生だってたくさんいるのに。
私は海外留学は諸刃の剣で、合わないと分かってる人には、無理に勧めないし、そういう人でも英語を国内で習得できるサポートをしたいと今の仕事に就いた。
海外留学で英語を身に着けるのも大変だけど、日本で同じくらいの英語力を身に着けるのも並大抵の努力じゃない。
海外留学しなきゃ英語が話せない時代は終わったし、コミュ障でも英語は求められる時代。
その人にあった方法で学習すればいいと思う。
私の学習も苦しかったし、彼の学習もすごくつらかったんだと思う。
そうでない人を見ると、自分の半生を否定された気がする気持ちもわかる。
でも、みんなそれぞれ努力していて、他人がとやかく言う筋合いはない。
海外に来て遊んでる留学生やこの程度の語学力で世界一周のボランティア通訳した私のことも実は相当ムカついてたんだろう。
私がその時の話をしたら、話を逸らすのは興味がないだけではなかったんだな。
暗に私の努力も否定された気がして腹が立った。
ただまあ、根本は同じ。
俺(私)の努力を認めてくれ!
って叫んでるだけ。
だからって私は人に押し付けたりしないけども。
しばらく、別の先生指名しよう。
夏の予定とか、映画の話とか、ライトな話をしてリフレッシュしたいわ。
昨日、うっかり炊飯器の蓋閉め忘れてたらしくて、朝起きたらカピカピご飯と対面して若干絶望した。
若干で済んだのは、ラップ包みしようと思ってて、保温は切ってたから。
それにしてもカピカピなので、酒を振りかけて炊き直し、ケチャップライスにしてオムライスにした。
リカバリーきく程度でよかった。
立場が違っても仲良く出来るのが本当の友達って聞くけど、立場が違ったから続いてるんだよなーと思う関係もあるんです。
立場が違うから会うタイミングが合うし、お互いの事がわからない部分があるから、そんなものかと受け入れられる。
きっと同じ時間軸で同じ立場になっていたら、続いてないかもなーとふと思ったのです。
在宅勤務のデスク下に、オットマン代わりの座れる収納ボックスを購入。
ちゃんと椅子の高さと揃えたので、値段は少し張ったけど、色と素材も吟味してインテリアの邪魔にならず、かつ、踏み台やサブチェアにもなる優れものを見つけたので満足。
デスク下でふくらはぎ乗せてると、すごい楽。
自宅にソファを置かない分、デスク兼ダイニングの椅子に座る時間が長い。
椅子は足がみj、否、背が低い自分に合わせて低めで、肘置き付きでゆったり座れるいいものを選んだけど、足を下ろしてるとやっぱり怠い。
足がまっすぐ伸ばせると快適。
今までソファの前にデーンと張り出してるオットマンが邪魔だと思ってたけど、すごく納得してしまった。
普通のデスク下に置いてあると、傍目には違和感だろうけど、自宅オフィスなら気にしない。
(たぶん、普通にオフィスで働いてても、こっそりおいてたと思うw)
足を延ばしてくつろぎたいのは、やっぱり畳の上で暮らしてきた日本人のDNAが強いのかな。これからさらに年齢を重ねると、床座より椅子座の方が絶対楽だし、しばらくはこのスタイルでやっていこうと思う。
見栄えより、実用。
瞑想動画で瞑想すると確かに心地いいし、メンタルは安定する。
お気に入りのYoutubeもフォローした。
でもさ、動画が始まって二言目に「静かな空間で、自分の快適な姿勢をとりましょう」っつわれても、静かでない空間で切れかけていて、あと5分で仕事に復帰しなければならない状況下で少しでも落ち着きたくて動画開いたのに、そういわれると、またキレそうになる。
それができないから、しんどいんだよ(怒)
耳栓して仕事できるならしてえよ。
耳栓しても耳をつんざく騒音だけども。
クライアントとオンライン会議、どこでしろってのよ。
結局、あまりの騒音に耐え切れず、クライアントに頭下げて開始時間をずらして、近所のショッピングモールに車走らせた。
駐車場広いし無料だから。
その車内でオンライン会議。
背景はぼかせるからどこでも仕事できる。
快適さはないけど、家の中よりずっとまし。
介護。
辛い。
外で世話してるときも、近所の人が話しかけてくるのがうざすぎる。
悪気ないのは分かる。
でも、私タブレットで遊んでるんじゃない。
外なら犬が静かだから散歩させてる間、外で仕事してる。
車いすが珍しいのは分かるが、話しかけんな!
ほんと嫌だ。
だから田舎は嫌だ。
ほっといてくれ。
車の中、最近暑くて熱中症がこれから怖いけど、心は安定する。
静かな場所がそうそう有ると思うなよ。
家の中が一番うるせんだよ。
1個で4個分というトイレットペーパーが快適なんだよね。
替えるのってメンドクサイんだよね。
詰替え用も出来るだけキャップがついてるのを買って、詰替えないでそのまま使ってる。
コンパクトなのはいいかもしれないけど、それよりも多少大きくても詰替えない作業や新しいのに交換する手間が省けたほうが私は良い。
BUMP OF CHICKENが好きだ。
13才の頃からずっと、自分の心のどこかに彼らの音楽が染みついているように思っています。
BUMPの音楽が大好き。
彼らが音楽を続けてくれていることが、眩しすぎて奇跡みたいに思っている。
藤くんがライブで、一度離れたとしても俺たちの音楽はずっとお前のそばにいると言ってくれたこと、本当に感謝しかない。
人生に迷ったとき、生きる勇気を失いそうなとき、どうしたって辛い夜、そばにいてくれてありがとう。