きちんとコミュニケーションを取らない人がいて。
人のことはじろじろ見るし
自分が相手をどう思ってるかがすべてな人なので
距離感が近付きやしない。
おかげで母の日に、実母より高い花を贈らなければならなかった。バカバカしい。
実家の母は孫に囲まれ、実の息子娘に振り回され、夫(じじ)に理不尽に扱われつづけている人生だけど至極幸せそう。それも、細かいことは気にせず生きてきたからだろう。
おかげでプレゼント選びもなんなく、細かいことは気にせず、何でも喜んでくれる人なので即ポチしたりんご入りのバームクーヘンにした。2個入り。
来年があるかわからないので、高いお花贈ってあげたかったなあ…(残高を見る)
両親の馴れ初めを聞いて
「婚活中の女性が涙を流して羨ましがるような出会いだな」
と思った。
大げさかもしれないけど、絶望的な婚活を経験した身からしたら、もうほんと。
とはいえ、そんなドラマチックなものではない。
若き日の母がたまたま 友達に誘われたかして参加した市民観劇サークルで出会ったのが父。
ちょうどその時初めて自分たちでも劇を公演してみよう という話になった。
大きな団体なのでいくつかのグループに分かれそれぞれで脚本を書き上演した。
黄昏事件。
生活に困って 銀行強盗を起こした犯人と人質 たちの心の交流が生まれたけど、犯人は射殺されてしまう。
その事件の一部始終を報道していたテレビプロデューサーが、
やった!これで独占スクープだ!
と現場に乗り込んで初めて犯人の顔を見た時気がつくのだ。
それは実の父親だったということに。
素人の舞台ながら非常に評判が良かったらしい。
40年以上前のことを母は嬉しそうに語ってた。
ちなみに母は テレビレポーターの役。
人質の学生役は父。
その練習中なのかな。
何の前触れもなく 写真が趣味だった父から母は写真をもらったそう。
ピンク色の寒椿の写真。
「それって、もしかして」
昔、母が再婚する前に住んでいた家に飾ってあった大きな額に入った椿の写真に心当たりがあった。
大事に飾ってたんだ。
父が早くに亡くなって、子供ながら父のことを 聞けない雰囲気にずっと遠慮してたし、母が再婚してからは 椿の写真はどこかにしまいこまれてしまったら、そんな 由来 知らなかった。
父からアプローチしたのかな。
花の写真を贈るなんてシャレてる。
趣味の場で出会って、一緒に一つの劇を作り上げたなかで関係を深めていった若き日の父と母。
当時からしたら一般的な出会いだったろう。
でも、婚活パーティーでボロックソな時間を過ごすばかりで、もう一人で生きる覚悟をつけたアラフォー娘には眩しすぎるぜ。
私は向いてないからしてないけど、現代の出会いはマッチングアプリが主流だし。
ロマンもへったくれもねえな。
もちろん時代背景もあるし、簡単には比べられない。
付き合ってから亡くなるまでの時間が短すぎたから、思い出補正もされてるだろうし。
生きてたら嫌な部分がいっぱい見ただろうしさ。
でも、なんかもう、そんな出会いしてみたかったわ。
そんな 写真もらいたかったわ。
現実を知ってから結婚願望は雲散霧消したけど、久々にいいなって思ったわ。
もう、今更だけどな。
最近、30代40代の女性が
「結婚できなくてもパートナーは欲しい」
という言葉を立て続けに2人から聞いた。
直接聞いたわけじゃなく、YouTube とか ブログ だけど。
自分と同世代の女性の旅ログとか生活を見て共感するのが好きなんだけど、同世代独身の女性ってだいたい 婚活ネタや 恋愛ネタが出て ちょっと困る。
自分はもうしたくないから。
人の話聞く分には 面白いんだけどね。
で冒頭の言葉。
聞いた瞬間 思ったのが
「そっちの方が難しくない?!」
と言うこと。
彼氏とかさ、おばあちゃん世代のボーイフレンドとかならまだ現実味があるけど、パートナーって。
最近の方とお話するとお付き合いしていない人のことをパートナーと 呼んでいて驚いた。
多様性の時代に対応してるのかな?
それ自体は悪くないと思う。
もしかしたら 冒頭のお2方も、単純に彼氏という意味で言ってるなら大丈夫だと思うんだけど。
もしそれが「人生の」パートナーであったら、ハードルが爆上がりだよね。
要は結婚 こそしないけど生涯を一緒に生きていく人、的な。
結婚は双方にメリットがある。
経済的、社会的、年齢にもよるけど子供、老後など。
彼氏は短期的であっても、人生のスパイスになる。
人生のパートナーって、何?
例えば 阿佐ヶ谷姉妹や叶姉妹 の ような つながりを異性と結ぶということ?
あの二組は特別な関係で、あんな絆を作って維持する難しさは想像に難くない。
精神的な安定はすごくあると思うけど、結婚より難しい。
お互いが完全に自立した状態で相互にリスペクトしあっている状態なのだから。
※恭子お姉様はちょっと違うかもだけど。
結婚はお互いに頼り合える面がある。甘えられる。
場合によっては どちらかがおんぶに抱っこ ということもありうる。
人生のパートナーになると、一緒に歩く同志。
たまに 肩や手を貸すことはあっても、基本は 個人対個人という印象。
まあ 人生のパートナーも、普通のパートナーも、結婚経験もない私が 偉そうに言うことではないんだけども。
他人事ながら人生のパートナーが欲しいと言う時点で、ちゃんと婚活して結婚した方が良いと思った。
一人で生きていく覚悟はある、と言ってるけど、多分 すごく不安なんだと思う。
もちろん 気持ちはすごくわかる。
だけど間違いなく パートナーの方が結婚より難しいと思うんだ。
トントン拍子で繋がる縁ってスゴイって言ってたけど、そうよね、私達はそういうのなかったよねーって思います。私もトントン拍子で繋がる縁っていいなぁーと思ってたし、繋がらないのは縁がなかったということになるんだなーって思います。
縁って繋げようって思うよりも、勝手につながるのがやっぱり大事ですね。
自宅の猫が病気で、覚悟してくださいと言われた今、他にも猫二匹と痴呆で朝晩鳴くシニア犬の世話までとても一人では無理となって、やっと母がシニア犬を引き取った。
夜泣きが酷くて、毎日寝不足でイライラしてばかりいたけど、いなくなると寂しくて号泣。
やっぱりずっと一緒に暮らしてたから、どんな状態になっても愛犬なのだと感じた。
引継ぎの荷物を届けるため、両親が住む市内の別宅を訪ねてきた。
心配していた環境の変化にも動じず、広くて安全な庭で車いす散歩を楽しみ、疲れてぐっすり寝ているという話を聞いて、心底安心したのもつかの間、家の中を見て唖然。
第一声が
「泥棒でも入ったの?!」
だった。
シニア犬を預かるにあたって、家を掃除すると言っていた通り、犬の室内サークル内はきれいになっているけど、その周りは物、モノ、もの。
物置なのかと思えば、台所のダイニングにも、隣の寝室も、廊下も、モノがあふれてる。
二人暮らしには大きい二階建ての一軒家なのに、テレビで見た汚部屋状態。
ミニマリストな娘は絶句。
母が物を捨てられない人だとは知ってたし、実家も相当ひどかったのを、両親が別宅に引っ越してから何か月もかけてやっと落ち着いて生活できる状態にしたくらい。
でも、私が一緒に住んでたからあれで済んでたのか?!
休みのない家業で忙しいのは知っていた。
最近は、週3でシニア犬介護の手伝いにこちらに泊まり込んでいたので、家にいる時間も短かったんだと思う。
思うけど、これは、ない。
どうしてこうなった?!
捨てられないくせに、モノを買うのが好きな母。
同じものを色違いでそろえたり、必要ないものもポンポン買って使わないまま放置するくせに、捨てられない母。
その成れの果てがこれか!
忙しくて料理をせず、毎日外食とは聞いていた。
忙しいせいじゃないのは、台所を見ればわかる。
物が多すぎて、料理する場所もないのだ。
お湯一つ沸かせる状態じゃない。
物をため込むけど、一方できれい好きでもあるせいか、ゴミとか洗い物がたまってる様子がないのが救い。
洗い物は料理をしないから溜めようがないのだろうが…。
痴呆症状が進行していくシニア犬をこのままここに置いていて大丈夫なのか?
こんな家の中で母はまともな生活ができているのか?(私なら気が狂う)
QOLとか以前の問題ではないか。
そんな家で初老の親にシニア犬の介護を任せていいのか?
ショックすぎて呆然。
「私が片付けようか?」
思わず声をかける。
片付けは私の数少ない特技の一つだから。
したら、断固拒絶する母。
ミニマリストの私に任せたら全部捨てられると思ってるのだろう。
まぁ、間違ってはないけど、この状態で良いはずはない。
地震が起きたら、みんなモノに押しつぶされちゃう。
でも、本人が拒絶するし。
私には時間がない愛猫がいて手が離せないし。
拾ってきた母にも責任があるのに、私にすべて押しつけて世話を逃げた母を許せなかったけど
物理的に世話ができなかったのかも。
弟は「まぁ、何とかなるんじゃね?」というが。
母に次いだ汚部屋野郎の言葉は、説得力がある。
部屋の乱れは心の乱れ、と私なんかは思うけど、汚部屋に住む人は、それでも快適に暮らせてる?らしい。
母は片付けられないけど、愛情は深いからお世話は大丈夫。
犬を最後まで世話すると決めたのに、と思うと口惜しいけど、今できる最善は尽くした。
目の前の命に集中する。
悲しくても、最後まで一緒にいるんだ。
なんか語ろうとするとどうしてもネガティブな感じになっちゃうんですよね。だからこそ1人でいるのが安心出来るのかもしれない。
あんまりこういうこと言わないようにしよう!と気負うと疲れちゃうので、感情を適当に置いていけるココは好きなんですよね。
今日からゴールデンウイークです。家族は長めの休みの人もいて、まあ自分のペースはないけれど。なんとかいきます
ベランダ園芸始めた頃から憧れてたいちご。
いちご、難しいんですよ。時々画像で見かける、鉢から溢れるようにたわわに実ったいちごって、ファンタジーだと思ってた。
植える品種と位置、株の数、鉢の大きさ、そんなのがいい感じにマッチングしないとああはならない。
春に売り出す苗が多いけど、本当にあんな風に育てたいなら秋に苗を植えないと上手くいかないしね。
そんな諸々もあり、うちは今、ワイルドストロベリーしか育ててない。ワイルドストロベリー、なかなか侮れないんだよ。
めちゃめちゃ丈夫で次々実がなるし、肥料やるとそこそこ大きくて甘い実がなるし。
株分でどんどん増えるから、地植え嫌う人もいるくらい増えたりするしね。
採り損ねてクチャっとなった実は、土に植えとくと芽が出ていつの間にか大株に育つくらい丈夫。
今年、そんな風にテキトーに、でも途切れることなく育ててたワイルドストロベリーが初めて実が垂れる感じの大鉢になって大喜び。
今までも同じ鉢で何となく何年も育ててたのに、こんなに上手く育ったのは初めて。
長かった。
今はほぼ毎日採れるくらいなってて楽しい。
それにしてもいちごって、何故こんなにもウキウキしてしまう姿なのか。見てるだけでいいなといつも思う。
もうしばらく楽しませてほしいな。
一歳の時に亡くなった父は遺影でしか見たことなかったけど、
祖母の家を片付けた際、遺品のカメラと写真がでてきて、私が引き取った。
写真のほとんどが電車。
鉄っちゃんだったのか。
写真の裏側にメモ書きがあって、初めて見る父の手書きにしんみり。
そして、社員旅行の集合写真と、友達と一緒の写真が数枚。
たぶんまだ10代の父が、水着姿の女性二人に挟まれて照れてたり、
一日駅長の女優さん?とのツーショットや、友達と笑ってるスナップ。
身内のひいき目を抜いても、この時代に、この人モテたろうな、と思った。
現代ではちょっと古臭い濃い目の顔とスラッとした体。
昔のドラマの俳優さんによくいた系統だよね。
足を組んでソファに座ってる写真とか、なんか雰囲気がある。
市民劇団で舞台に出た時のメイク姿だけど、あんまり違和感ないもん。
戦場のメリークリスマスの坂本教授がしてたメイクを彷彿させるノーズシャドーとアイメイクがまた良き。
これだけメイクして映えるのは女からしてもうらやましい。
そして、女性とのツーショット。
当時付き合ってたんだろう女性の横で、笑ってる父の顔を見てびっくり。
弟かと思った。
ほんと、瓜二つ。
叔母が父と弟を瓜二つだといつも言ってたけどなるほど。
笑顔が完全に弟で、一瞬時空がバグったのかと思ったくらい。
あー、すごい良い笑顔の写真なのに、隣の女性が母ではないのでなんだか複雑。
しかも母とタイプが真逆なのもね…。
母には見せないでおこう。一応。
ファザコンぽいけど、父のことを普通に母と話せるようになったのはこの1年ほどだから、見逃してほしい。
亡くなった父のことを母も祖母も話したがらず、撮る専だったのか写真もあまり残っておらず
ほとんど遺影の印象しかない父だった。
私もそんな父について聞くのをずっと遠慮してたのだから。
遺影のカメラをもらったり、墓じまいで遺骨を移動したりなどがあって、やっと話せる時が来た。
どんな人だったのだろう?と。
たった24歳で亡くなった父のことを40歳過ぎて少しずつ知ることができた。
記憶なんてなくても、自分のルーツだもん。
ずっと謎だったし、恋しかったけど、誰にも聞けなかったから、今その片鱗だけでも見れるのはすごくうれしい。
私は現代風のあっさり塩顔がタイプだけど、父は父でイケメンなのがうれしい。
生きてたら、自慢できたかもしれないのにな。
生きてるときの記憶がないのが、残念だわ。
今でも、すごく会ってみたいよ。
時間にルーズな人は嫌だ。
約束の時間を守れない、日程調整の返事をさっとしない、トロくて待たせる、等々。
まぁ、これ、私の周りでは家族だけなんですけどね。
家族だからって思うのかもしれないけど、そのルーズさで私の出発が遅れたら、予約していた店や待たせている人にも迷惑がかかることも想像できないのかなと、唖然とする。
社会人何年やってんの?
とはいえ、私も学生時代、超遅刻魔だった。
私の場合、時間を守る気は満々だったのに、いつもなぜか時間を間違える。
下手したら病名が付くレベルで間違えてた。
ファストフードのバイト先で、何度もきつく怒られたし、自分自身もすごい反省して何とか直そうと、最終的にはシフトの開始時間より1時間早く店に着くことを自分に課したりしたっけ。
私がその悪循環を断ち切れたのは、ネットの相談掲示板で言われた一言が大きい。
「時間を守れない人間は、信用に値しない」
その言葉が、ガンと頭に響いて、自分の目につくところに貼り出して、呪文のように自分に刷り込ませた結果、15分前行動が当たり前になり、遅刻もなくなったのだけど。
その反動か、人に厳しいかも。
たまの間違いで真摯に誤ってくれる分にはもちろん構わない。
ただ、常習犯は無理。
時間ってどの人にも平等に与えられた唯一のものだと思ってて、しかも、取り戻すことはできないものだ。
それを他人が奪っていいはずがない、と。
待たせる人のことを完全に蔑ろにしていると思う。
そして、そういう人と付き合う気はないので、友人や仕事仲間にそういう人はまずいないのだけど、家族がなー。
ほんっと、遅れてきたくせに、私の準備をせかす母親には子供のころから理不尽だと怒りを覚えてたし、遅れて謝りもしない弟のことは、「こいつ仕事できんのだろうな」と内心馬鹿にしてる。
母は私のことを自分の所有物だと思ってるんだろうし、弟は時間という概念のない世界で20年働き続けたことで、転職回数が多い私より上だとマウントをとってる。(正直、そんな会社にいても意味なくない?と思うけど)
もう、どうしようもない人たち。
イライラするだけばかばかしい。
ただ、今日は必要な約束があって母を待っているが「28日に来る」という連絡だけで、時間については一切触れられないまま今日が来た。
私は大事な引継ぎもあるから朝一で準備して、資料も作っておいたのに、いつまでたっても連絡持つかないままこの時間。
あ、いつも通り21時以降に来るつもりでしたか。
来なくていい時は真昼間にチャイム鳴らす癖に、必要な時はぎりぎりまで待たせる。
ほんと最悪。
早く今日が終わってくれればいいのに。
高校生活最後の生徒会選挙。
卒業していく3年生たちにとっては、後輩たちに託すための選挙。
会長に立候補したのは2年生の男子。
定数1に対して、立候補者1。
「信任」・「不信任」を問う投票となった。
結果、「不信任」
先生は怒った。「まじめにやれ」って。
しかも、うちのクラスの不信任票が多かったって。
おかしくね? と思ったけど、おかしさを言語にすることもできなくて。
中途半端に言語にしたら、大人の言葉に丸め込まれるだろうし。
なんか、もろもろめんどくさくて黙ってた。
でも、大人になって「おかしくね?」がどんどん膨らんでいった。
1.なんでうちのクラスの不信任票が多いってわかるの?
投票は無記名式。学年もクラスも書かない。
信任と不信任どちらかに〇をつける方式。筆跡でわかるもんでもない。
え、投票用紙に何か細工でもしてたの?
2.いや、まじめにやったから「不信任」に入れたんだけど。
だって、演説の内容も態度も全然「よし、卒業後は任せたぜ!」と思えるような候補者じゃなかったんだもの。彼のことはよく知らないから、演説で判断するしかないじゃない。
3.なんで「不信任」になったことを怒られなきゃいけないの?
定数より候補者が少なかったり、同数であったりしたら、無投票当選という方法だってある。
けれど、うちの高校の生徒会選挙は「信任・不信任を問う」という方法を採用していたんだもの。当然、「不信任」という結果になることだってある。
それを教員が許さないっておかしくない?
それって、「教員が望む結果への誘導」になるんじゃないの?それってありなの?
そして、再投票となった。
私はひねくれものなので、先生に怒られたとしても、彼が同じような演説をしたら「不信任」に入れようと思っていた。
けど、改めてやった演説はなかなかよかった。一回目は下を向いて声も小さかったのに、ちゃんと前を向いて声もしっかり出していた。
「信任」に入れた。結果も「信任」だった。
ど田舎高校で、だからこそ先生方が熱心で。悪くない学校だったと思うけど。
これだけはいただけないよあー。
あの頃の先生たちの一人でも「そういえばあれはあんま良くなかったな」って思ってくれてればいいなー。まぁ、もう忘れてるだろうな。公立だし。異動すりゃ全部なかったことになるもんね。