出産、というライフイベントを経験してきた。
それはありふれたイベントであるはずだった。子ども連れのご家族はその辺を普通に歩いている。知り合う人々には必ず親が居る。結婚・出産については日々たくさんの議論が交わされている。妊婦さんが子どもを産み落とすこと、それは特別でも何でもない日常の出来事だ、なんて思っていたのだ。
とんでもなかった。
出産はとても崇高なイベントであった。
何が私の考えをかえたのか。痛みである。とんでもない痛みに襲われたのだ。
陣痛というものを知らなかったわけではない。下調べもイメージトレーニングもして、痛みに耐える覚悟はしていた。だけど私は陣痛を理解しているわけではなかったのだ。うっかり知っているつもりになっていた。
私は吠えた。冷静な頭のまま、しかし狂ったように叫び声を上げていた。狂ってしまいたかった。意識がとんでしまったら楽だったのに。
大声を出して何になる、と自分にドン引きながら、それでもただひたすら叫ぶしかなかったあの時間。本当に本当に痛かったのだ。
世の母親達は本当にこれに耐えたのか。実は痛みを減らす裏技でもあるのではないか。この陣痛というものを、当たり前のように受け入れているなんて今は一体何時代なの? そうか、令和は別に新しくないのだな。未来から覗いてみれば、私達はきっと古代に生きている。長い人間の歴史の最先端なんかではないのだ、令和は。
とにもかくにも、出産は凄まじい。出生率が減るのも当たり前である。
妊婦を、経産婦を労う。これは人類の責務ではないか。ジェンダー論や政治的配慮なんか置いておいて、とにかく陣痛に立ち向かう度胸に対して、みんなで拍手を送ろう。