2024.04.11Thu
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やっと体調が上向きになったので、思い切って遠出。
隣の市にある菜の花畑まで行ってきた。

ドライブ中もたくさん菜の花と桜を目にしたけど、畑についたとき一番に思ったのは
「夢の国の景色ってこんな感じかもしれない」
だった。

菜の花の周りをぱあっと明るくする朗らかさが好きだ。
軽やかで、本当に春の陽気が似合う。
仕事で辛かった時、通勤途中で見かける菜の花にどれだけ心癒されてきたか。

実は、年末からずっと鬼のように忙しかった仕事がやっとひと段落した。
本当は、パーッと旅行に行きたかったのだけど、体調が悪くなり、ちょっと歩いただけでも息切れ動悸がひどくてとても無理だと思ってた。

まだ、体力は万全ではないけど、ゆっくり畑の中を歩き回るくらいに回復できてうれしい。

菜の花を見ていたら、我ながら頑張ったな、と涙が出てきた。
朗らかで明るい黄色と黄緑の絨毯の上を、ミツバチやたくさんの鳥が嬉しそうに囀りながら飛び回っている。
なんてきれいなんだろう。
頑張った自分へのご褒美な気がした。

明日もオフなので、行こうか迷っていた県内の桜の名所まで電車で行く予定。
ちょうど満開から散りはじめの桜吹雪が見れるのではないかと期待してる。
無理せずに、ゆーっくり動いて、きつかったら戻ってこよう。

きっと世間的には、今の季節、緊張と不安と忙しさでいっぱいの人が多いと思う。
私も3か月前はそうだった。

最初のひと月は勢いで行ける。
でも、それはただのアドレナリンの過剰分泌で、自分が思っている以上に体は疲れてるし、心も無理をしているから、どうか、7割くらいの頑張りに留めておいてね。

あとから疲れが出る。
精神的、肉体的にも。
最初はスロースタートで大丈夫。
自分を過信しないで、いたわってあげて欲しいな。


非表示 07:26

2週間、体調不良で寝込まれ、やつあたりされ、あまえられ、つかれた。

体調が回復したのか、またいつも通り、自分の話ばかり。

いやなところしか目につかなくなってしまった。

いっしょに暮らすことが苦しい。


非表示 07:06

離れ離れになった友達に未練がある 私は彼女が好きだったんだな
報われる事はないけど消えない思い出として胸にしまっておきたい


非表示 05:53

この間久しぶりにてんやに行って、また感動してしまった。早くて安くてうまい。某観光地のお値段高めの天丼のことも思い出した。私の味覚の問題かもしれないけど、天丼はてんや最高。


非表示 05:46

友達どうしの集まりに子ども連れてこられるのがいや〜というネットのぼやきを見ることがありましたが、私は子どもを連れて来てOKと言われるのがいやでした。
昔の話で、私の子どもが小さかったときの話です。
連れてきていいよっていうのは私に配慮してくれてると思うのでありがたいといえばありがたいけど…
たまに会うのであれば、やっぱり水入らずで会いたいというか、子どもがいると子ども中心になって会話が出来ないんですよね。だから、なんとか調整して夫だったり、超最終手段で自分の親に子どもを見てもらおうと考えていたんですよね。
子どもは誰かに見てもらって私だけで行くと伝えると、「子どもが可哀想、旦那さんが可哀想、親に申しわけないよ」って始まってしまって。
親に申しわけないっていうのはともかく、子どもが可哀想、旦那さんが可哀想って一体なんなんだろうなって思いました。
夫は子どもの父だし、可哀想っておかしいよね?ってどういう視点の可哀想なのか本当に理解出来なかった。夫が飲み会のときはもちろん私が見ていたし、それが当たり前だから。逆バージョンになってもそれが当たり前なはずなのに。
結局連れていったとしても、子どもの面倒を見ながら話すという器用さは私にはないので、連れていったら私も可哀想なんですよね。
その友達は、友達の家族も私の友達という考えが強いタイプだったし、みんなで集まれば楽しいという考えがあったのかとも思うけど、可哀想…っていう言葉のチョイスはやっぱり頂けなかった。
可哀想という言葉って、誰かを思っているようで他の誰かを傷つける残酷さを持っていると思います。
特にあの頃は自分もいっぱいいっぱいだったし、大人だけの世界に飢えていたのに、それを昔からの友達にすら認められない絶望感。そういうのを味わったなと。
結局、その友達とは疎遠だけど…でも、インスタグラムは見てます。もうその人の子どももそこそこ大きいけど、大人だけで飲みに行ってるようです。子どもが可哀想…ってここで使うべきなのかな?子どもを飲み会にも連れて行ってる記事もあるし、それはそれで子どもが可哀想なのかもよ?
面と向かって、子どもが可哀想って言われたらあの人はどう思うのでしょうか…

2024.04.10Wed
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何年かぶりにCOCOS行ったらとても良かった。

ハンバーグも気になったけど胃の調子が不安だったのでパスタ ランチにした。
サラダにスープとドリンクバーつき。

パスタを食べて、ちゃんと湯がいて フライパンで味付けした味だとちょっと感動。

家で作るパスタは 深皿に水と半分に割ったパスタを入れて10分程度 チンしたあと水を切って、お皿の中で適当に味付けしたもの。
これはこれでもちろん 美味しいけど、お店でちゃんと作ったものはちゃんとした味がするなあと嬉しくなった。

そして ドリンクバーには目を見張った。
茶葉の種類がすごく多くてちゃんと急須まで用意してある。
コーヒーはカフェインレス のものもあり ココア やミルク、ソフトドリンクの種類もあまり聞かないような珍しいものもあって迷う。

スープは2杯おかわりし、食べ終わった後も軽く仕事をして ドリンクバーをしっかり 堪能した。

完全に水腹になったのでお茶を飲めなかったのが悔やまれるけど 次は デザート 目当てで行きたい。

近所で いつもいっぱいなのも納得。
ここから通いそうな予感。


非表示 09:29

昨日はカラオケに行きましたが、使いたい機能がなかったので思いきって替えてもらいました。手間をかけさせてしまったけど、おかげで楽しめました。あの店員さんに幸ありますように。


非表示 05:51

「働いても何かあったらママ友が子どものお迎えに行ってくれるから…」
かなり前の出来事で、たまたま耳に飛び込んできた会話だけど、それに関してはうーんって思っちゃったなーと記憶している。
本人どうしが納得しているならそれていいかもしれないけど、私がこんなこと頼まれたたらモヤモヤモヤモヤモヤモヤくらいはするだろうなって思う。
これに限らず、私は頼まないことを普通に頼んでくる人っているんだよなーと。
頼まなくても、何かあったときのためにという理由だけで周りと繋がろうとすることが私には難しい。
手伝いたくない!助けてやりたくない!ってわけじゃないけど、仲が良くてその人に対して何か魅力を感じてて、何かあったら力になりたいって気持ちじゃないと出来ない。ていうか、みんなそうだと思ってたけど、けっこうそうじゃないんだよね。仲良くしておけば情報がもらえるとか、手伝ってもらえるからとか。
仲良くしたいというのが1番の目的じゃない人がけっこうな数でいることに疲れを覚えたりしますが、何の情報も労力もない私の前には、そういうタイプの人はいないのです。
何も持っていないけど、自分のために自分が動きたいとき動けると考えると有り難いことなのかもしれない。


非表示 00:06

私、焼き海苔を全面に巻いたおにぎりの時、海苔が噛み切れなくて困ってたんですよ。
そんな時に、海苔に細かい穴をあける器具があるのを知って買って来て使ってました。
当時はまだ子どもにお弁当作ってたからそこそこ重宝してた。
でもねー、なんか面倒くさいんですよ、下敷きと穴あけ器具2つあって。
それが。
最近おろし金に押しつけたら代用出来るって知ったんですよ。
実際やってみたら、わりとパリッと切れる、
……もっと早く知りたかったな。

2024.04.09Tue
非表示 20:25

利便性を下げることで、得られる効能もある。

スマホを部屋に持ち込まなくしたら、スマホをいじる時間が大幅に減ったので、いっそ、バンカーリングも外してしまった。

バンカーリングはスマホを立てて使ったり、落とさないようにするために便利で、ずっと愛用してたもの。
でも、今は落下防止のハンドストラップを付けているし、スマホを立てて使うこと自体が減ったので必要なくなったのだ。

たまに、外出先のカフェでスマホを見ようと思っても、バンカーリングがないと持ちづらく、長時間見ることは難しい。
結果、ますますスマホデトックスにつながる好循環。

利便性は確実に下がったけど、却ってそれが好都合になった。
もっと本格的なスマホ中毒だとしたら、私なら、大型で重たいスマホに、さらにヘヴィーな手帳型ケースを付けると思う。
重くて手がしびれれば、あきらめるでしょ。

その代わりハンドストラップは必須。
買い物の際に落としたら大変だし、紛失したら目も当てられない。
個人情報の宝庫、かつ、お財布なのだから。

ちなみに、ショルダーストラップはウォーキング中にポッドキャストを聞くため以外ではもう使っていない。
いつでも手にできると、不便でも見ちゃうから。

利便性を下げて、ハードルを上げること。
それが悪癖退散のポイントかもしれない。

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