考えすぎなんだよって
わかってるよ。
わかってるけどもうそうなっちゃうんだよ
性格なんだよ
寝る前は特に
余計なことたくさん考えて
無駄に悲しくなって堕ちて
そんなにポジティブじゃないんだよ
某庶民派イタリアレストランに行ったらたくさん注文されちゃって思ったよりは高くついたなと。
紙に番号を書いて注文するのが、この時代では新鮮かもと思いました。
可もなく不可もなく…ってなった時に、じゃあ可でいいかってなる人と、だから不可だねってなる人に分かれますよね。
例えば、このお菓子の味、可もなく不可もないといった場合があるじゃないですか。要するに普通ってヤツですね。
その時に普通だから美味しいと言える人と、普通だから不味い!とすぐ言っちゃう人に分かれるというか。
このお菓子の場合だと、不味いと即座に言えたほうがホンモノを知ってる感が一瞬で出せると思うんですけど、やっぱり美味しいと言っているほうがいいと思います。
若い頃は、この場合不味い!って言ってたこともあったかもしれない。それを言えちゃう自分ドヤ!みたいな感じで。ああ、恥ずかしい。なんかそういうのありますよね。
そんなことを書いてたら思い出しました。可もなく不可もないという言い方が出来そうな普通のパンが子どもの幼稚園の給食で出ていたときがあったんですが、保護者どうしでそのパンの話題になったときに、「素朴で美味しいよね〜」と言おうとしたら、即座に「不味いよね?あのパン」と言ってきた方がいたんですよね。その時のことを思い出しました。別に不味いとまでいかないけど、とびきり美味しいというわけでもないなら不味い!と言い切るのは違うかなと。そして、素朴なパンと言おうとしてた自分に対してはちょっと大人になってると自分を褒めておきましょうか(笑)
何でもとりあえず否定しておくと思春期特有の周りに迎合しない自分って感じ出ちゃいますよね。それが本当のヤングなら温かい目で見てもらえるかもしれないけど、もう大人になるとそんな目線も向けられないですからね。
可もなく不可もないことは可だ!と思っていたほうが、自分も周りも楽ですね。
夏の海外旅行に向けて、持ち物について調べ始めた。
久々すぎて、電子機器の変換器や変圧器の存在も忘れてしまっている。
…というか、これまでいろんな国に行ってきたけど、スマホが今ほど普及していない時期だったので、電子機器自体持ってなかったな、と。
(デジカメと、その前は写ルンですを何個もw懐かしい)
ほとんどの国をクルーズの寄港地として訪れていたので、スマホもPCも国内と同じ船内設備で充電できたし、パスポートや貴重品の管理も、国内とほぼ同等の治安の良さだった客船だったから、リュックにワイヤーロックを付けたり、セキュリティポーチなんて存在すら意識してなかった。
これって、海外で鴨ネギかも?
色んな人のブログや動画を見て、ちゃんと個人手配で旅行する心構えを学習中。
これだけ旅してきて、クレカと財布を無くした(自分のミス)だけで済んだ私は相当運が強かったし、日本国に守られてきたんだと思う。
日本人乗客99%の日本客船で旅していたので、私以外にも日本の危機感のなさを引きずって旅行する人は多く、長財布を後ろポケットに突っ込んでブラジルに降り立った青年を、外国籍のスタッフが慌てて注意していた。
かなり真剣に言われてたのに、忠告を無視して観光に出た彼の財布が無事だったのかは知らないけど(まぁ、盗られたろうね)
私の横に座ってたおじ様が、ご自身の横にニコンのカメラを置いて食事してたらしく、盗られたと騒いでたけど、気の毒だけど、それは…と思った。
リュックを後ろからナイフで裂かれて中身を持っていかれた人や、アイフォンを盗られた人(彼女はクルーズ三回目のベテランだったのに)、タクシーの運転手に金を出さなければ置いていく、と砂漠の真ん中で言われて泣く泣く財布を手渡した人など、知ってるだけでも、今思えばよく乗客全員生きて帰ってきたな、と思う危機感のなさ。
こんなこと言うと風評被害かもですが、船の中での盗難も実はかなり多く、スマホが船内で消える人多数。
ボロボロのサンダルを履いている海外のクルーがアイフォンを嬉しそうに使っているのを見てモヤモヤしたっけ。
証拠はないし、犯人探しをする警察はいないので、自己責任…泣き寝入り。
もちろん、これは昔から色々言われている激安客船の内情だけどね。
(どの船かはお察しください。)
普通に生きてたらできなかった経験をたくさんさせてもらったから、心から感謝してるけど、そういう内情もかなり見たので、否定も強烈におすすめもしない。
お金はないけど好奇心がある若い人には、いいと思う。
大丈夫、洗脳なんてされないからw
すごく楽しくて、2回も乗った。
だけど、その思い出だけを抱えてこの先の長い人生を生きるなんて悲しすぎる。
あれが人生のピークだったなんて、絶対思いたくない。
今度は自力で旅をできる女になるのが私の目標。
バックパッカーは無理でも、自力で旅をする胆力を付けたい。
40の手習い。
飛行機の持ち込み荷物のルールとか、マスターして、あのゲートでブーブー鳴らしたり(外貨コインを土産に持って帰ろうとしたら鳴った)、持ち込み禁止を忘れてリュックに朝食のパンを入れて入国しようとしたら、警察犬?に吠えられて連行されたりなんて、もう二度としないんだから。
あれ、かなり恥ずかしいからさ。
今日は春雨をサバ味噌缶で混ぜて春雨サラダと言うかパスタと言うかそんな感じで食べようとしていたら、似たようなもの食べようとしてる投稿見てシンクロニシティ…って思った。
除湿剤が水分だけになったので、それを捨てようとしたら派手にこぼしてしまった。
普通の水分と違って薬品?が入ってる分、拭いても拭いてもベタベタしてて、除湿とは?考えた日だった。
正しいか正しくないかじゃなくて、その時寄り添ってくれたかそうじゃないかが大事なときもたくさんありますね。
キツイときに寄り添ってもらえなかったという記憶は何年も残っているから、それを盾に時には図々しくなるのもしょうがないのかなと思うのです。
それを盾にしないと、過去の自分も現在の自分も辛くなる。どうしても生きていかなきゃならないのであれば、そうするしかない。
清く正しく図々しく。ってよく思ってるのですが、本当コレなんですよ。図々しくないと生きられない。美しくなんて言ってたらバカを見る。生きるための手段なんです。
サバ缶と春雨スープが今日のお昼ご飯。
春雨スープはお湯を注ぐだけの簡単なヤツ。久しぶりに美味しかった。
子どもの写真をインスタグラムにあげて目元隠してるけど、親のあの人にそっくりだなーってわかる。
もう好きじゃないから、なんか似てるというだけでザワザワした変な気持ちになるよ。
まあ、見なきゃいいのですが、このザワザワした気持ちは勉強にはなるんですよ。こういうことが人をザワザワさせるんだなと。
だから嫌いな人のSNSって、そういう意味では学びも多くて私は見てしまいますね。
めちゃびっくりな話なんだけど、私の勤めてる保育園から散歩に行ける公園に、時々お馬さんが来るらしい。
まあ、馬と言ってもミニチュアホース?らしいのですが。
時々長めの草を喰んだ方がいいそうで、公園の雑草モグモグしに来てるとか何とか。
それにしてもお家にお馬。お大尽だなー。