2024.05.01Wed
非表示 19:45

昔は一泊でも自分の気に入ってる化粧品とかヘアケアとか持っていってたけど、今はホテルにあるのでいいや〜って思ってる


非表示 12:08

マンガ「砂の薔薇」を再読中。

子供のころ、叔父の部屋にあったのをこっそり読んでいた作品。
ジャンルとしては成人男性向けで、サブスクでも「18歳以下は…」と出てきたけど、今読み返して、女性目線で見たとしても、別に嫌な感じがしない。

まぁ、確かにテロ組織と戦う女性集団の話なので、多少グロい表現はあるし、女性陣のぬぎっぷりはかなり清々しい。
それを差し引いても、絵柄が美しいし人間ドラマとしてもとても良い。

とても繊細な絵なので、ずっと女性が作者だと思ってたけど、男性作家なのにも驚いた。
作者さんの女性へのリスペクトとか憧れがぎっしり詰まってるのかもしれない。

各登場人物の個性がはっきりしていて、それぞれのバックグラウンドも丁寧に描いてあるので読みごたえがある。

普段の隊員たちはどこまでもエレガントで美しく、戦場で活躍する姿は凛々しくクール、そして大胆。
女の武器を、文字通り武器として使いながらも、決して尊厳を忘れない姿も素敵。
そして、皆、思いやりがあって、温かい。

なんだか、叶姉妹に通じるものを感じた。
薔薇を背景にしょってるのも共通してるし。

毎回のミッションの背景も丁寧に描かれており、ただのバトルマンガでないのがすごい。

もうほんとね、ぶっちゃけ少年漫画のほうがずっとグロい表現も多いし、女性として不快な描写も多数あることが多い。
その方が読者が喜ぶからだろうけど、女性をモノとして見てる感じにイラつくのだ。
少女漫画にもいい作品は沢山あるけど、全体に恋愛脳で大人向けの描写が多くて受け付けなくなったから、少年漫画を読み始めたけど、こっちもこっちで、と思う。
もちろん、一部のラブコメ系マンガだけだが、それこそ成人向けにすべきじゃない?と思う。

何で「砂の薔薇」が大人向けなのかが不思議。
時代が古いからかな?

大きくなって叔父の部屋のマンガを勝手に読むことがなくなったので、完結していたことを最近になって知った。
改めて、1巻から読んでるけど、面白い。
色んな漫画を読んできたけど、覚えている場面がたくさんあって、存外に影響を受けてきたのだなと思う。

昨日の夜から読み始めて、寝る時間を削って読み進めているところ。
最後がどうなるのか、ヒロインのマリー隊長の宿命を知ってるからこそ、すごく気になる。
敵討ちを達成でいたとして、隊長はどうするのだろう、とか。

早く読みたいけど、読み終わるのも寂しいな。


非表示 06:10

とある事故で犠牲になった方の親の話のインタビューを見て。
その犠牲になられた方は親の仕事の都合で転校を何度もしていたらしい。親目線から見ると、すぐに友達が出来たり場に馴染んだりしていたそうです。ある時、中学3年生だったかな?また転勤が決まってそれを告げると、馴染むのにどれだけ大変か等色々語られて驚いたと親御さんは語られていて…
私も同じくらいの時期に転勤が決まったと告げられたことがあって、それまでも何回か転校してきたので、馴染むのにどれだけ大変か…という気持ちは痛いほどわかりました。私もその知らせをを聞いたとき涙した記憶があります。
ただ、その方はそうは言っても一緒についてきてくれたそうです。たぶん、親とのコミュニケーションというか信頼関係が厚いんだなと思いました。私は親に単身赴任を選択してもらったのですが、それが良かったと思っています。「◯◯(私)なんか、どこの学校でもいいだろう?」という言い方をされれば、抵抗したくもなります。
でも、その方は一緒に引っ越しを決めました。たぶん親からはどこでもいいだろ?って言われなかったんだと思います。ちゃんと話しあってお互いの気持ちに寄り添いながら決めることが出来たから一緒に行ったんだと感じました。
わからないけど、もっと親が私に寄り添ってくれた発言をすれば引っ越しを悩むところまで私自身も到達したかもしれない。
同じような転校という出来事を体験している人は多くいるとは思うけど、転校はあったけど家族会議を開いて…とかそういう話を聞くたびに自分とは同じようで違うんだなと。
そして、私の親もあの家の子どもはちゃんと素直についてきてくれるのにウチの子ときたら…と思っているでしょう。
親目線で見えてるものって全然違うんだなーということと、やっぱり子どもを所有物として扱うか否かってイレギュラーのことがあるとわかってしまうなと。
あの方は所有物ではなかった。

2024.04.30Tue
非表示 23:01

今年のゴールデンウィークは4連休を2回にした。前半は今日で終わり。明日から2日仕事してまた4連休。

実家に3日ほど帰ってきた。家族と話す意外にすることがない。と言ってもみんなずっと同じ部屋にいる訳でもなく、実家に自分の部屋があるわけでもないので、たまに本を読んだりテレビを見たりしていた。

母はもう少し頻繁に帰ってきて欲しそうなのだが、自分の好きなことがあまりできず、年に2回くらいがちょうどいい。

今日はリストを作ってやりたいことや、やらなきゃいけないことをしたのだが、なんかちょっと満たされない感じ。

明日から上手く切り替えて仕事をしっかりして、ゴールデンウィーク後半はもっと充実させたい。


非表示 13:06

万年ダイエッターなくせに、ついついアイス食べてしまう。
しかも近所のスーパーで年中買えるようになったチョコバッキー(チョコ味。ほんとはミント味がいいんだけど)
でもなんか安いアイスは添加物的なのがあまりよろしくないと知ったので、なるべくマシなのを食べようかなと考え直した。
いや結局食べるんかい!って話ですが。
おススメアイスは高いのが多かったけど、中にあずきバーがあったので、今年はあずきバーで行こうかと思う。次点はコープのミルクアイス。
それか自分で作ろうかな。
実はアイスクリーマー買ってるんだよね。手作りしようかなって。
いわゆる昔ながらのアイスクリン的なの作ろうかな。
お菓子の材料店でこないだ見つけた高級バニラエッセンスとか使って。


非表示 08:09

ちょっと暑かったのでアイスミルクティーにしたけど冷房が効いてて寒かった。毎年毎回同じ思いをするのにコールドドリンクを注文してしまうのをやめられないのはなんででしょう?


非表示 05:42

ふと、寂しい…と感じてしまいました。
よくわからないけど、昨日本屋から出ようとした瞬間に唐突にです。急に涙が出そうになって、堪えようとしたら知らない女性と目が合ったので私、変な顔してたんだと思います(笑)
シジューを迎えて、あの頃のような信頼した人にはベラベラ喋るってとことはもうないんだなーと最近はそよ風が吹くのと同じ感じでそんなことを思います。こういうところで隠れて何か言っていないと自分の思っていることがわからなくなるのでこのような形で何か書くのは続けたいなと思っています。
ベラベラ喋るのが信頼ということではないのもわかっていますが、自分が感じたことを自分が正しいと思って話せてた日々。それは相手に負担をかけていたんだろうけど、自分は幸せだったかもとも感じるのです。
青春とは不仕合わせの驕り…これは私が好きなバンドのある曲の歌詞なんですが、最近、これなーと思うのです。なんか若いというだけで満足していて自分が幸せのように錯覚していただけなのかもしれません。そして、何でも言える相手がいるという錯覚。それも若かったからかなと。若さとは錯覚の積み重ねなんだなとひしひしと感じますね。
それで最近は、その錯覚が全然起こらないからツライんでしょう。目の前には誰かいても現実しかない。自分の気持ちは自分だけのものという確信があるのに、そばには誰かがいる。確信の膜は薄いから剥がされないように剥がれないように、そして剥がれても確信が零れ過ぎないように調節しています。
でも心の奥深いところでは調節したくない!と思っているんでしょう。だからそれが普通の事だとしても調節していると感じてしまう。だからといってもう錯覚も出来ない。何が自分の周りにあるんだろうか?という涙が出そうになったのが昨日なのかもしれませんね。

2024.04.29Mon
非表示 22:37

私の家族さ、私を含めてかなり自分が伝えたいことを端折る技術が高くて結局認識がズレることが多々あるんだけど…それにある時気付いてから私はできるだけ伝わりやすい言い方や工夫を模索してて結構その癖は改善したんだよね。でもさ、父母弟はほーんとに何にも考えてないようでいつまで経っても改善しない。最近あまりにもその癖が目立つ上に自分の非を認めず、悪びれもしない所に久々イラッときたので今日手始めに母に掻い摘んで端的に伝えたところ納得いかない様子ではあるものの頷く素振りは見せたので少しスッキリした。家族と言えど所詮は血が繋がっただけの他人なのでテレパシーもないなら完全に同じ認識を持てるはずないんだよね。それを理解できない…というか、しようとしないところ本当に困るし不快だな…と感じた。社会人とはいえ世間知らずでまだまだ無知な私だが時々私の方がよっぽどできた人間だな…と感じることがある。IQの問題かなぁ。総合的なIQは私の方が恐らく低いんだけどなぁ。会話は通じるけど何かと疲れる。


非表示 07:24

歯磨き粉に少しお金をかけるようになってきました。
以前はお金をかけていないところにお金をかけるようになったことに年齢を感じます。


非表示 06:13

誰に対しても話せることが年々減っていくのを感じます。
こういうところでは言えそうなことも、最近は色々あって一部の人を刺激しそうな単語は使わないように意識したり、元々ぼかしている部分をさらにぼかしたり、目立つところに立たないように色々工夫しています。
以前は話せた内容が話せなくなると、表面上は穏やかに日常が進んでいくように見えますが、私としては前のほうが良かったなと感じることも多いのです。
一方的に話さなくなったのは成長なのかもしれませんが、それだとなんだか物足りないというか、じゃあ成長しなくても良かったなーなんて思うこともあります。
今日もすぐにドロンするのですが、普段は言わないことを言えないことをわかって欲しい気持ちもたまに出てきて自分のメンドクサさを感じてます。
あの人さえいなければもっと自由だったのに…というのはどのシチュエーションでもおこっています。
自分だけ好きな言葉で好きなように呟いていいなぁと思うけど、そういう人って気がついたら周りに誰もいないのかも?時々静かなのはそのせいかな?私は毎日来ているけどここ2ヶ月ほどは後ろにすっこんでるからなー。
と、わけわからんことを言ってみましたが、わかる人だけわかる部分だけ拾ってくれたらそれだけでも嬉しいかな。

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