2024.07.05Fri
非表示 07:30

大事と必要は違うのだ。大事が強すぎると信仰に近くなって周りを色々巻き込んでしまう。例えば、お金は必要だけど大事じゃない。仕事は必要だけど大事じゃない。必要は手段で大事はかけがえのないモノ。それが無くなって別の物に変わった世界を想像してみる。別の物でも平気なら必要、別の物で成り代われないなら大事。大事と必要で物事との距離感を取り直せば、だいぶ楽になる事もある。


非表示 05:35

今日の朝ごはんはアップルパイです。りんごの味を活かしきったゴロゴロりんごが大好きです。食べたいというタイミングで食べられたら1番嬉しいのだけどね。


非表示 05:32

相手が欲しいものや、それを受け取りたいタイミングよりも、自分が贈りたいものやタイミングでそれを行いたい人ってけっこう多いんだよね。
やってあげたことに満足したいから、自分のタイミングを優先する。
そういう人はだいたいは”贈り物“をしたがる。現金は絶対にくれない。こういうことを書くとがめつい、さもしいだの言われるだろうから、こういうところでしか書けないけど…
物じゃなくて現金にしろ!と言ってるいわけじゃないし、現金だと直接的すぎるから交友的な問題では物のほうがいい場合もあるにはあるが…

2024.07.04Thu
非表示 23:40

一昨年に立ち上げたカメ水槽の上のアクアポニックスシステム。
しかし、長年の運用で、何かおかしなところが出たのか、どうも調子が悪くなって一つの植物を除いて全部枯れてしまった。
カメは何か衛生的に生野菜で食べる系のものを作るのに向いてないみたいなので、ひたすら観葉植物を栽培してて、一時オートサイフォンが作動して植物と飼育水のバランスが整ってた頃は、植物の成長著しいし、水がキラキラしてるように見えてとても良かった。
再度システム一新して立ち上げようと思って、今準備中。
前回もだけど今回も100均グッズを多用しつつも、塩ビパイプとかはホームセンターで買うからそこそこお金かかる。
お金もだけど、オートサイフォンになるシステム作るのは、実際組んでみてから調整が必要なのでとても面倒くさい。
なので材料をぼちぼち揃えて半月くらい経ってる。面倒くさがりなので。
そんなに面倒なのになぜやるかというと、成功するとカメの水換えが劇的に楽になるんですよね。
そこそこ大きなカメ水槽の水換えは、苦行に近いんですよねー…並の濾過システムだと全然綺麗にならないんですよ、カメ水槽って。
無作だとたった1日で水換えが必要な位に汚れるんですよ。
アクアポニックスは初めて上手く行った濾過システムなんでどうしても諦めきれない。
1番調子良かった時は1ヶ月位足し水だけですんでたからなー。
今回は前回のことを踏まえて、寄せ植えスタイルじゃなくて、一種一鉢で各々管理しようかなと。前のは一個ダメになったら連鎖で全部ダメになったからね。


非表示 19:47

結局、都知事選は色んな色物的なのが沢山出てきて賑やかせた挙句に、結局はやっぱり今まで通りとか無難がいいねとかに落ち着いてしまう道を選ぶのが、人間の心理。


非表示 14:38

コンピュータに意識を移動してという記事があったけど、そもそも自分の個性は記憶や生まれつきの身体や環境自体に影響受けてるモノなんだから、意識自体に自分の個性が宿ってるかどうかは疑問だな。みんな同じまっさらな感じだったらどうするんだろ。


非表示 10:29

AIを活用するのは人間って言っても、期待以上の事を自動的に色々やってくれる所が売りなのだから、活用以上の大変な事を勝手にやらないかっていうのを心配しているのである。善悪がわからないのだから。


非表示 08:04

どうでもいいような事を書いて残していこう。例えば、お笑い芸人は自分もしくはグループが自ら笑い者になって笑いのその責任を自ら負うのが正統派の笑いに感じるが、最近の他人を批判し、他人通して笑いをとるのは、ただのテレビの前の視聴者のヤジと変わらない。自ら笑わせていないのはお笑い芸人って言えるのかと言う事とか。


非表示 05:30

着飾るのがメンドクサいってのは、ある意味正義ですねー
別にドレスアップする人が悪いって言ってるわけじゃなくて、それが必要な人はやればいいだけの話です。


非表示 05:25

誰かと一緒にいたがる人で、独りは嫌だ悲しいと思っているのに、結局は独りの人って自分からその環境を作り上げてることも多いんじゃないのかなーって感じる。
私の言い分にケチつけてきた人の戯言を見ると、凛としているようなことを言ってるように見えるけど、すごく痛々しい。ケチをつけられたから、余計にそう思うのかもしれないけれど、主張している凛とした心が本当ならケチつけないよね?って感じるのですよ。
誰かに共感することは絶対にしないんだよね。共感は無理にしなくていいけど、反論だけは絶対にしてくる。自分では、そういうところを芯がある強いワタシ!と思ってそうだからしょうがないけれど…
せめて人に反論しなければ、それぞれの戯言という目線でしかなかったのに。ちゃんと居場所として確保されたのに。誰かに共感してもらえたら嬉しいから、みんなそれぞれ何か置いておくんだろうけど、反論した人のソレはいつも見つけたら消してる。長いだけで面白くないし、別に感情なんて面白くなくていいけど、そんなにダラダラ主張するより誰かに共感するほうがラクなんじゃ?って感じることもしばしば。これを言うと、「私はそういう生き方をしないのキリッ」って反論してきそうだけどね。そもそも、個人的に宛てられたものでもないのに、反論するときだけ自分に言われたと解釈してくるところが嫌なんだよね。
どこの誰だかわからないから、反論したのも私だってわからないって思ってそうだけど、そんなのわかります。だってどこの世界行っても、この人、私の悪口言ってるだろうな〜って普段の言動から把握出来るもんだから。証拠は?とか言われそうだけど、証拠なんてないけど、自分の中では全部繋がってるものなんです。だから直接言わないけど、確信は持っている。それでいいんだと思う。あなたが共感はしないけど反論することが、他人に迎合しないけど言いたいことは言ういいオンナと思っているのと同じです。みんなそれぞれの信念があります。それを覗かせてもらえて嬉しかったけど、あなたの信念は別に見たくないなーと思うので掃除をひたすら頑張ってます。

ページ上部に戻る