2025.01.23Thu
非表示 09:13

愛知出身ではないし、行ったこともないですが、あちらでよく食べられている赤味噌って美味しくてもう手放せません。八丁味噌って括っていいのでしょうか?
めんつゆにみりんと水を煮立てて、味噌を溶かしてうどん入れたら美味しかったです。


非表示 05:35

急に体調不良になったのでお土産を遠慮したかったけど、今日、買ってきてあげたい!となるといつもの如く私の思いはやっぱり伝わらなかった。ただ、それが売り切れだったことで事なきを得た。


非表示 05:33

相手にしてあげたいというよりは、何かをしてあげる自分に満足したいタイプが手ごわいかなと。
その満足のためのための道具になると、必要と感じていない優しさに感謝しなきゃならないし、自分が欲しがっていない、今は必要ないと思う何かを持ってこられて、心から喜ぶって出来ないんですよね。
だから、その優しさを自分にとっても良い形で受け取りたいから、私がそれを欲しいタイミングを伝えると、そのタイミングは嫌がるんですよね。合わないじゃなくて、嫌がるなんです。
自分がしてあげたいタイミングで相手が喜ぶことが、その人にとっては最大の喜びなんだなと。
私はよくあるサプライズも苦手なんですが、それを自分がされていなくとも見てるだけでなんとも言えない気持ちになるのは、サプライズされる側の都合を何も考えていないのに喜ばなきゃならないシンドさを感じてしまうからからでしょうね。
喜ばなくてはならない、感謝しなくてはならない。だけど、そこに私のタイミングが1ミリも加味されていないとなると疲れてしまう。私はここ15年以上はそんな疲れに浸されてるのです。

2025.01.22Wed
非表示 15:35

また怒らせてしまった、また傷付けた。

彼はずっと努力をしてきた。
苦手なことを、普通の生活を送るために。

健常者の私には 想像できない努力。

多くの人ができることが苦手、努力がとてもいるということを私はいつも忘れる。

私は世論にすぐのまれて、ことなかれ主義だ。

彼は、ちがうことはちがう、とすぐ言葉にできる。
すぐ発する。

もう何もかもが違うのだ。

わたしはこれからどうすればいいのだろうか。


非表示 09:42

スシ□ーとか行っちゃおうかな?と思ってます。
1人で回転寿司が食べたい気分です。3秒後には考えが変わってることもありますが⋯むしろそのほうが多い


非表示 05:37

どこかで「実はひとりが向いている人の特徴」ってあったけど、"実は“なんて言われなくてもひとりが向いている人はそれを既にわかっていてもがいている場合が多いので⋯
友達いるとかいないとか結婚してるしないとかも関係ないですよね。友達いても結婚しててもひとりが向いてる気質っていうのはあります。
私はというと友達もほんの少しいて、結婚もしてるけど、やっぱりひとりが好きだし向いてるって自覚してます。友達は人数はいないし、グループというか個人的に付き合うパターンがほとんどだし、結婚に関しては1人の人としか出来ないからその仕組みが私には合っていて、1人の人と関係を深めていくみたいなことが向いてるんだと思います。
基本的にはやっぱり1人が好きなので、1人の時間をたっぷり取った上で、人間関係をなんとか保てるんですよね。だから自分が選んでいない人間関係は本当に疲れるし、シンドさを感じてしまいます。
もちろん、友達もいらない結婚もしたくないってタイプのひとりが向いている人もいていいと思いますし、それは本当に言葉通りはひとりが向いてるんでしょうね。
ただ、ひとりが好き、向いてるなんて言ってるのに、友達いるじゃん?結婚してるのに?という意見もどこかでチラホラ見るので、ひとりが向いてる人にもタイプが色々あるんですよーってことを常に思ってました。
基本的にはひとりが好きだという人とは争いたくないので、ひとりが好きどうしひとりで勝手に生きてましょうと。これは隣に誰かいてもいなくても精神的に1人を楽しみ慈しみましょうということなのです。

2025.01.21Tue
非表示 11:29

やっぱりカップ焼きそばは食べたいときにすぐ食べるのが1番うまい!
実際の賞味期限は先だけど、自分が思う賞味期限というのは食べたいときに食べる!それだけです。


非表示 06:09

元友人のSNSにて
子どもを産まなかったらわからないこともあって⋯と書いてあったけど、数年に先に子どもを産んでた私は、まさしくそのわからないことで元友人に傷つけられたことも多いので⋯
子どもいないから⋯って言いたくないんだけど、子どもいない人の子育ての理想が高すぎる場合、本当に実際、子育て真っ最中の人を苦しめることがある。
子どもがいなくても理解ある私ってのをやりたい人っていうのは、子どもいないからわからないって理解しようとしない人よりたちが悪いときもあるのです。
子どもがいなくても大変さを理解したいってよりは、いないのに理解している私っていうのをやりたいからおかしなオーラを出してくるんです。
子どもがいるから子どもも含めて会うために私の家に集合になる。私は子どもを配偶者に見てもらって外で会うことも可能で、むしろそのほうが良いのにそれをいうとが「子どもが可哀想、配偶者が可哀想」ってなるんですよね。その他、子どもがまだ小さいのにこんなお菓子を食べさせてるんだという無言の視線⋯私が食べさせたというよりは周りの大人が勝手にあげちゃってその味を覚えたみたいなことも多いのに、むしろそれが1番多いのに⋯私の家に来て私の家で大人はお菓子を食べて、子どもがお菓子を食べたいとなるのは普通なんです。私だけの時はあげないことも出来るし調節も出来るけど、来客があってその場で子どもだけお菓子あげないなんてなったら、それを宥めるだけで時間が過ぎるし何のためにみんなで集まったのかわからないから。
でも、あのお菓子食べさせるんだーオーラ⋯地味にしんどかったです。最初から大人だけで会えてたら、こんなことにならないのに⋯そんなこともありまして、“元"友人なんでしょうね。
元友人のSNSは反面教師という意味で会わなくなってからも見ています。お菓子食べさせないはずなのに自分の子どもにはあげてるなーとか、逆に大人の集まりに参加させられて“可哀想"だとか思ってしまいます。見ないほうがいいこともありますが、見ることで私はこの人とは違うし、別の正解を持っている人間なんだなって思うことが出来るのです。これからも元友人がSNSで愛を撒き散らすたびに、自分の心に清掃が入るのでしょう。

2025.01.20Mon
非表示 13:28

良くも悪くも主人公の人っているよね。
自分がモブだとも思わない人。
自分を持ってるし、自分を大切にしているのはとてもすてきなことだけど、周りが見えていない、狭い世界で生きている、ってことなのかも。

人のふり見て我がふりなおせ。
きょう常々思ったので書き留めておく。


非表示 09:56

退職代行もあるならセットで転職代行もあればいいのにとは思いました。
辞めるのも大変だけど次の職探しがまたキツイんですよねー

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