いくらでも愛の言葉は紡ぐことができる。
大好きだ。
大好きなんだ。
でも、現実はうまくいかない。
私はすぐには会いに行けない。
私のとこには泊まりに来れない。
でも、恋人はそれができる。
向こうはすぐに会いに行ける。
今日も泊まりに来てくれたらしい。
どうしても制限が出るのは知ってるけど、
負けた気がしてすごくヤキモチを妬いてしまう。
ずるいよ。
もういや、なにもかもいや
って気持ちに定期的に無性になることがある
具体的に何が、なのか、わからないけど
いつまでたってもやることが増え続けて終わらない
でも予定を作り出してるのも自分だったりするし
こなし続ける日々を望んでるのは自分なのかもしれないし
今日はあたらしい発見があるかもしれない日
もし挫けても頑張ろうと前を向こうと決めてる日
そのプレッシャーで逃げたい気持ちになるのかな
うまくできた、と思える日を増やしたい
こんなんじゃない、と思う日を減らしたい
なにかがうまくいってないなぁ
私の思考回路の、なにか、が
寝坊できるはずだったのに、先週の日曜にセットした5時半のアラームが鳴って起きてしまった。
最近、二度寝ができない。
なんか、とてもグチグチしたことを書いていて、そうだ!これはNisshiに書けば良いんだ、と思って
Nisshiを開いたあたりで目が覚めたんだ。
でも、内容を忘れてしまった。
悔しいと思ったことが昨日あったから、それかもしれない。
悔しい、と感じるということは、きっと私はその事で負けたくないと思ったんだろう。
だから、その事が本当に好きで、やりたいことなんだろうと思う。
だから、がんばろうって思った。
クイニーアマン懐かしい。
見かけると私も思い出してた、ここの存在。
なんとなく、あの頃の人たちと繋がりたくて、買って食べたりしてた。
また、ゆるい繋がりが生まれたりするのかな、なんて思うと楽しい。
コーヒーのお供がチョコレートだったのが
不満のようで無言で抗議をしてきました。
後でカリカリを少しあげたいと思います。
昨日まだ早くに…
今日こんなにも早起き…
おはよーハグ…
毎日ハグできたら…
きっと素敵なんだろうけど…
だから何?て話ですね…
日誌読んでくれてありがとう…
数日前、猫が突然よたよた歩いたり転倒したりするようになった。
頻繁にではないけど、日に1、2回。
食欲はある。お水も飲む。トイレもいつも通り。
棒や手を視界の隅で動かすと、食いついて遊ぶのもいつも通り。
高さ30cmの椅子に乗るのも、そこから更に40cm高いテーブルに乗るのもいつも通り。
病院に連れて行きたい気持ちと、外に出す事で余計なストレスを与えてしまうのではという不安。
猫は車の音や吠える犬、知らない誰かが大嫌いだ。
でも病院があるのは車通りの多い場所。
移動中ずっと恐怖を与える事になる。
よろけて転倒3回目。猫専門病院に連れて行く事に決めた。
キャリーに入れて外に連れ出すと、聞いた事もないような声で叫んだ。
見えない向こう側から車の走行音が聞こえるから。
暗く、狭く、逃げる場所さえない。
小さなバッグの隅に息を潜め、小さくなって震えてるのが伝わってくる。
病院に着くと貼り紙がしてあった。
「本日のみ診察時間が変更になります」
電話をしなかった私も悪い。HPに記載されてる事が全てと思い込んでいた。
猫にただ恐怖とストレスを与えるだけの外出。
申し訳なさから涙が止まらなかった。
自宅に帰り、キャリーを開けると見慣れた景色に猫は尻尾を立てた。
部屋を一回りし、爪研ぎをして、お気に入りの場所で毛繕いを始めた。
撫でると喉を鳴らし、疲れからか、すぐに寝た。
猫がいなければ、今頃私はこの世にいなかった。
野良だった猫がカラスに啄かれ、怪我をしていたのを保護した。
それから10年以上経つ。
何度も心が折れかけた。何度も命を絶とうとした。
でも猫がいるからと自分を奮い立たせてきた。
猫には苦しい思いをしてほしくない。
病院で原因を特定してもらいたい。
でも、また恐怖とストレスを与えてしまう。
いっそ家が火事にでもなって、一緒に逝けたら…。
猫は喋らない。
いつもと変わらない表情の下にどんな気持ちを抱えてるの?
もう少し一緒にいたい。
苦しむ前に安らかに眠ってほしい。
どちらも本音。
私はどんな怪我でも病気でもなっていい。
痛くても苦しくても辛くても耐え抜くから、猫には安らかな時間を与えてほしいと願ってしまう。
80年代~90年代のドラマが大好きで私はすぐに現実逃避してしまう
なんなのかな、思い出補正ってすごいよね。このころに学生時代を
過ごしたわけですが、学校も大嫌いだったし腹立つ男子とかいっぱい
いたのに、悲しい思い出とかいっぱいあるのに、このとき放送してた
ドラマはやっぱり今も好き。
日誌を書きました。
日誌なんて書いたのは何年ぶりでしょうか。
確か高校の学級日誌以来です。
高校の時の友達は元気にしているでしょうか。
電話はしますが、たまには会いたいです。
大学が休みに入れば旅行にでも行きたいと思います。
中々忙しくて会う時間はありませんが、
今でもずっと友達だと信じています。
ジブリは面白いですね。
私は宮崎監督も高畑監督も大好きです。
ただスタジオジブリは会社なので、
監督の話だけするのもなあ
という気持ちであんまり日ごろどこにも書けません。
宮崎監督作品が圧倒的支持を得ているのは、
アニメーションとしてひたすら面白味があるので、
たとえ話が分からなくても、観ているだけでも満足
なのではないかと思います。
高畑監督作品のアニメーションに
充満しているものは、少し変わったことが好きな大人たちが満足するものではないか。
子供たちにもしかし、少しずつ伝わるセンスだと感じる。
大人になるとひたすら泣いてしまう
のが宮崎監督の表現しているもので、たいへんにあたたかななにかを
受け継いでこられた方なのでしょう、意識のなかで。
高畑監督は、強くて楽しい。カタルシスがあるというのか。
決然とした魂を感じます。
とはいえ恐れ多くて誰も語れない
のが本当ではないかと思ったり。私もですが。
先にも書いたとおり、スタジオジブリあてには
純粋に作品ごとの感想を送るのが道理だと思い続けております。
匿名かつ直接送信ではない場でないと、監督への想いは、なかなか書けません。