2025.01.21Tue
非表示 06:09

元友人のSNSにて
子どもを産まなかったらわからないこともあって⋯と書いてあったけど、数年に先に子どもを産んでた私は、まさしくそのわからないことで元友人に傷つけられたことも多いので⋯
子どもいないから⋯って言いたくないんだけど、子どもいない人の子育ての理想が高すぎる場合、本当に実際、子育て真っ最中の人を苦しめることがある。
子どもがいなくても理解ある私ってのをやりたい人っていうのは、子どもいないからわからないって理解しようとしない人よりたちが悪いときもあるのです。
子どもがいなくても大変さを理解したいってよりは、いないのに理解している私っていうのをやりたいからおかしなオーラを出してくるんです。
子どもがいるから子どもも含めて会うために私の家に集合になる。私は子どもを配偶者に見てもらって外で会うことも可能で、むしろそのほうが良いのにそれをいうとが「子どもが可哀想、配偶者が可哀想」ってなるんですよね。その他、子どもがまだ小さいのにこんなお菓子を食べさせてるんだという無言の視線⋯私が食べさせたというよりは周りの大人が勝手にあげちゃってその味を覚えたみたいなことも多いのに、むしろそれが1番多いのに⋯私の家に来て私の家で大人はお菓子を食べて、子どもがお菓子を食べたいとなるのは普通なんです。私だけの時はあげないことも出来るし調節も出来るけど、来客があってその場で子どもだけお菓子あげないなんてなったら、それを宥めるだけで時間が過ぎるし何のためにみんなで集まったのかわからないから。
でも、あのお菓子食べさせるんだーオーラ⋯地味にしんどかったです。最初から大人だけで会えてたら、こんなことにならないのに⋯そんなこともありまして、“元"友人なんでしょうね。
元友人のSNSは反面教師という意味で会わなくなってからも見ています。お菓子食べさせないはずなのに自分の子どもにはあげてるなーとか、逆に大人の集まりに参加させられて“可哀想"だとか思ってしまいます。見ないほうがいいこともありますが、見ることで私はこの人とは違うし、別の正解を持っている人間なんだなって思うことが出来るのです。これからも元友人がSNSで愛を撒き散らすたびに、自分の心に清掃が入るのでしょう。

2025.01.20Mon
非表示 13:28

良くも悪くも主人公の人っているよね。
自分がモブだとも思わない人。
自分を持ってるし、自分を大切にしているのはとてもすてきなことだけど、周りが見えていない、狭い世界で生きている、ってことなのかも。

人のふり見て我がふりなおせ。
きょう常々思ったので書き留めておく。


非表示 09:56

退職代行もあるならセットで転職代行もあればいいのにとは思いました。
辞めるのも大変だけど次の職探しがまたキツイんですよねー


非表示 05:53

嫌いな人が言っているマトモな事って、それだけで苛立ちますね。内容はまっとうなことなのに。
そんなこと言ってるくせに⋯という矛盾にいち早く気がついてしまうからなんでしょうね。

2025.01.19Sun
非表示 22:19

大丈夫?と聞かれたら、大丈夫と答えてしまう。
というのを時々 目にするのだけれど、本当?

本当に大丈夫じゃなかったら、大丈夫じゃないです!!!!
って言わないものなの?

相手との関係性や、期待値や、信頼関係によるものだと思うけど、
大丈夫じゃないときは言わないと自滅してしまわないか?

どう尋ねたらいいのだろうか。
できることありますか?
これ手伝いましょうか?
なにか困ってますか?
どの尋ね方もしっくりこない。

大丈夫?という尋ね方、悪いとは思わないのだけれどな。

やっぱり尋ねる人と答える人の関係性だと思うのだけど。

なんだか面倒くさいな。


非表示 06:41

受験シーズンだろうが何だろうが、私は受験生じゃないからゲームをやりたきゃやるし、出かけたきゃ出かけます。
勉強したがってる受験生に無理矢理ゲームさせたり連れ出しているわけでもないなら、それは私の自由なのです。


非表示 06:37

自分が大変な思いをしている、輪の中の誰かが渦中にいるならば、自分は関係なくとも楽しみや娯楽を我慢しなきゃならないって考え方が好きではないんですよね。
自分のことは自分でしかどうにかならないし、自分の辛さ苦労が周りの誰かが我慢したところで減るわけじゃないんですよね。
だから私が苦しくても、あなたはあなたの楽しい道に進んでくださいって思います。
正直、自分が大変なときに誰かが楽しそうなら羨ましいとは思いますが、それでその人の楽しみを止められてしまうことの方が私は困惑します。
基本的ににみんなが同じタイミングで苦楽が発生することは稀じゃないですか。だから助けることや手を差し伸べることは必要な場合もあるし、喜ばれることもあると思います。
自分のことなんだから自分で全部どうにかしろ!と突き放しているわけでもなくて、あなたの苦楽はあなたのもの。私の苦楽は私のものって思うのです。ただそれだけなんです。

2025.01.18Sat
非表示 06:25

子どもの頃って大人じゃ考えられない突拍子もないことをするもんだとは思うけど、子どもじゃない大人の現在になんか突拍子もないことしたいなーなんて考えてしまいます。
それが何なのか?とかその先のことを考えてしまって何も出来ないのがつまらなく感じてしまいますが、大人の突拍子のなさを何処かで何かやりたいです。


非表示 06:20

祖父母の家に行ったとき、その近辺で迷子になったことがあります。あれ、何歳くらいだったんだろう?小学生になるかならないかくらいの出来事だったと思います。
出かけると言ってるのに親は下のきょうだいたちの世話や何やらやっていて、子どもの私からしたら、もう自分でちょっと先にいっちゃおうと思って家を出たような気がします。
父母、祖父母の4人大人がいたのに、誰も私を見ていないんだなって今となれば思いますが、大人が多いほど「誰かが見てくれているはず」と考えて、結局誰も見ていないということは起こりえることなんだなと改めて思います。
子どもの私には祖父母の家は慣れ親しんだものでしたが、その近辺を1人で歩くとなるとまったく別次元に感じられて不安を憶えていました。大人になってもその状況が夢に何回か出てきたこともあるので、一生忘れないんでしょう。
最後は泣いている私を近所のお姉さんが見つけてくれて、宥めているところに親に発見されるという結果でした。顔も名前も覚えていないけど、あの頃声かけてくれちお姉さんには何十年ぶりかの感謝の気持ちをここから解き放っておきます。ありがとうございます。
なんで1人で勝手に出ていったのかは、誰も自分のペースに合わせてくれないという苛立ちが子どもながらに感じてたの確かだと思います。それならば1人でやったほうが自分のペースやタイミングで動けるんじゃないか?とあの頃からずっと思っていたのかもしれません。
勝手に誕生させられて、勝手にわがままなことにされて、我慢させられて、時には怒鳴られ⋯みたいな子ども時代だったので、自分なりに自由への冒険の第一歩だったのかなと。それはすぐに終わりましたが、私なりにあの頃からずっと燻っていてなんとかしたかったのかもしれません。あの頃の私も頑張ってたんですね。

2025.01.17Fri
非表示 16:23

昨日思い出したこと

小6くらいのとき、日曜日の夕方、電話がきた
教材を売っていて近くにいるから話を聞いてほしいと
しばらくして男2人がやってきた

電話受けたんだから、あんたが対応しなさいと母は食事の支度
見るからに教材を売る人の着るスーツの色じゃないと小6ながらに思った
当時の流行りもあるかもだけど、薄紫と薄茶みたいな

わたしはテレビアニメを見たかったから早く帰ってほしいなと思いながら、質問に適当に答えていた
ひとつだけ覚えている質問、『聖』この字はなんと読む?
目一杯難しいので答えてやろうと、「ひじり」と返答
男2人は多分そこで諦めたようで、帰っていった

これは当時読んでいた漫画に出てた読み方
何が役に立つかわからない、知識は身を助く、の原体験

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