ぐちった―で炎上してたので見てきた。
元ツイートは削除されたらしく、togetterでまとめられてたのを流し読み。
萌え所は理解できる。
他の人のツイートで「話の骨子は『大人以上にできる子どもが、ある一面で年相応の子どもらしさを見せる所がかわいい』ということであって、幼女妻を子どもの上司に変えても話は成立する。幼女妻は話を盛り立てる役割に過ぎない」というようなことが書いてあって、自分の意見としてはこれが一番近かった。
私は、漫画やライトノベルのような欲望に忠実なファンタジーの形式に慣れているので、上記のように現実と分けて萌えどころを理解できる。
批判派の意見を見てると
1.妻=性的役割を想像し、10歳の妻=10歳をセイ欲対象にしてる
→生理的・倫理的嫌悪
2.家事=時間のかかる労働で、10歳=自分の成長のため勉強や遊びに時間を使うべきで、 家事をする10歳=不当な労働をさせられている子ども=児童虐待 →許せない、子どもは庇護すべき
3.大人=子供を庇護・世話すべきなのに、逆に子どもに世話をされて平然とそれを享受してる。 また、その権利の根拠を「夫」としている。 →つまり、夫の立場>大人の立場 & 妻の立場>子どもの立場 →旧式の男女の役割>養育の役割 →いまどき家父長制?!男尊女卑!&子どもは女である前に子ども!(2に通じる) ※ここらへんに「妻は家政婦ではない」的な嫌悪感・批判論もあり
4.漫画内で、大人・夫として、ほとんど何の役割も果たさない男 (仕事してるっぽいのと車で迎えに来てるぐらい) →何の責任も果たさず甘やかされたいという欲望(を読み取ってしまう) →大人としての義務を果たしていない人間への侮蔑・嫌悪 &自分(読者)の現状との違いから感じる不公平感への嫌悪 (→これを肯定することは実生活をがんばっている自分への否定につながる)
この4点が要点ではないかと考える。
こちらも理解はできる。
批判する人はファンタジーとしてでも生理的にダメだったり自己否定につながったりするので、
「気持ち悪い」として脊髄反射的な感想を持つのではないか。
2次元と3次元を分けて考えられないということもできるが、
むしろ思想として、2次元上でもその思想が肯定されることが許せないのだろう。
ただ私もこの漫画を全肯定するわけではなくて、
萌え所が「大人びた子どもの子どもらしい一面」であるのだとすれば、
よくあるように「遠い親戚の子どもを引き取ることになった&なついてくれて何でもできる子」
ぐらいの話で良くて、あえて「妻」という役割にする必要はない。
あと男の感謝も謙虚さも後ろめたさもない様子は鼻に引っかかる。
この件を考えてる中で思い出したのが
「ブラックジャック」のピノコ。
状況的には今回の話と酷似してると思う。
違うのは
・脳みその年齢は成人済
・BJが妻云々を本気にしてない=性的なにおいがほぼない
・ピノコのお世話は完璧ではない
・BJはありがとうの言える人
たぶん作者も萌えてる人も
10歳のできる妻=
ペットのようにかわいく手間もかからず、
精神的・実生活的に助かって、
自分を肯定(愛)してくれて
後ろ指さされず(公的な夫婦)、
将来性がある(未来に対して明るい予測ができる)人(生き物)
なんだと思う。
たとえばこれがロボットなら(CLAMPのちょびっつとか)
「妄想乙」とか言われつつもっと受け入れられたと思う。