2025.02.14Fri
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「許す、赦す」ってなんだろうねと?と定期的に考えてはいます。
ちょっとのミスとか些細な事に対してではなく、自分の中でどうしても沸騰してしまうような事を言われたりされたりした場合についての赦すについてですね。
「ごめんなさい」と謝られれば、それは許さなくてはならないのか?と問うと、謝られないとそれはそれで嫌だけど、謝られてもなかったことには出来ないかなというのが私の気持ちかなと。
謝罪をしたら「なかったこと」にしたい気持ちの人がけっこういるんだなと。なんでなかったことになるのか?なかったことにするもしないも謝罪をしたほうが決めるのではなく、されたほうじゃないの?と。そういうタイプの謝罪は謝罪風味なだけで謝罪ではないなって思っています。
時間が経過すれば「なかったこと」にしてしまうタイプ。これも微妙だなと。いわゆる、時効ってヤツです。時間が経っているのにいつまでも心にそれを留めておくほうが悪いと。そういうオーラを投げかけてきて「なかったこと」に持っていってしまいます。
最後に他のことで穴埋めして「なかったこと」にするタイプ。色々してくれることで、なかったことにしてもらった気になってるんですよね。私としてはそれはそれ、これはこれという考え方なので、何か他のことを頑張ってくれているからといって「なかったこと」にはならないんですよね。
私は心が狭いと思われようがなんだろうが、自分の怒りは自分が納得するまで怒りとして持っていたいんだなと感じます。怒りの炎を燃やすのも消すのも自分が決めること。ただ、どっちにしろ燃やされたほうが忙しくしないといけないことにとても疲労感を覚える日々です。生きれば生きるほど昔の炎と新しい炎が混ざって鎮火することがないように思えてしまうのです。だけど消火は自分でしないと納得出来ないし、難しい考え方をしてるなと自分でも思います。


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食洗機に洗剤を入れてたつもりがコーヒー豆の粉末を入れしまって、自分の脳が大変心配になっている朝です。

2025.02.13Thu
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「すてきにハンドメイド」という、手作り全般を取り扱う番組がNHKにあるんだけど、今週はフリルのかぎ針編みポーチだった。
すごく可愛い作品で、そのうち自分も作ろうと録画して見てたんだけど、ふとした違和感があった。
その正体は…今日の番組、女性が1人もいない。
司会も講師もゲストも全員男性。フリルのポーチ囲んで。
誰かが男性ってのは今までもあったし、司会も講師もゲストも男性の日もあったけど、それでも大体女性もダブルゲストみたいに入ってたんだよね。
別に男性だけだからどうのって言うつもりもないんだけど、何なら昭和の頃からこの番組(番組名改正前からと言う意味で)見てたから、そうか、これが令和の姿なのかと妙な感慨があった。
これ以前にもそんな日あったかもだけど、気付いたのが今日だったので、今日の驚きってことで。
そしてこの可愛いフリルに数学的要素があるなんてね…色々不思議な気分になった。


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このまま一緒に暮らしていけるのだろうか。

私への愛情がゼロではないが、
私の必要性は感じない。

とてもつらい。


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最近の迷惑メールはつまらん。アマゾンとかヤマトとかその他カード決済のなりすましばかりで⋯
天皇になる権利とかのぶっとんだのが良かった

2025.02.12Wed
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昔、私は待ち合わせの約束をしていた。相手は親しい友人だった。約束の日が近づくと、私はいつもと同じように「今、家出したよ」というメールを送った。それは私なりのユーモアのつもりだった。家を出ることを大袈裟に「家出」と表現することで、相手に軽い笑いを届けたかったのだ。
もっとも、このユーモアが通じるのは、私とある程度の親交がある人物に限られていた。私の意図を理解してくれる人だけが、この言葉の裏にある親愛の情を感じ取ってくれた。しかし、そうでない人もいた。以前、ある友人に同じように「家出」という言葉を使ったところ、彼女は本当に私が家を出てしまったのだと勘違いして、酷く心配してしまった。
その時、私は少し寂しい気持ちになった。ああ、私のユーモアはまだ未熟なのだと。言葉は、相手に伝えるための道具だ。自分の意図とは違う意味で受け取られてしまっては、それはただの独りよがりだ。私は自分の未熟さを恥じると同時に、言葉の難しさを改めて感じた。
それ以来、私は「家出」という言葉を使うのをやめた。あくまでもコミュニケーションの手段として誰にでも通じる言葉を使うことは大切だ。しかし、時には砕けた表現の中に、相手への信頼や親しみを込めることもできる。言葉とは、実に複雑なものだ。
しかし、今日、私は久しぶりに「家出」という言葉を使ってしまった。それは、何十年ぶりかのことだった。もっとも、相手は私のことをよく知っている人だったから、きっと笑って許してくれるだろう。それでも、私は少しドキドキした。
人間は、なかなか変われないものだ。それは良いことなのか、悪いことなのか、私にはわからない。ただ、昔と変わらずに「家出」という言葉を使える環境が、今もなお存在していることに、私は少しだけ安心した。


非表示 12:16

懐かしいという言い方だと、昔に肯定的な思い出をのせた表現になってしまって嫌なのだけど、懐かしいとしか表現出来ないことに言葉の少なさや自分の語彙力のなさも含めて、そう感じてしまった。


非表示 10:15

病気の症状が悪化し、何かに気をそらせたくてソシャゲをやってみた。
オタク文化にトラウマがあったせいか、はじめのうちは拒絶反応が凄かったけれども、今は慣れて普通に楽しむことができている。

(*6ω6)次は楽曲や刀集めでもしようかしら。


7皿食うて鮫臭い

非表示 05:38

最近漢検の勉強をしているので、知らなかった諺や四字熟語に出会うことも増えて面白いです。
その中で「7皿食うて鮫臭い」って諺がありました。
意味は散々食べておいて、最後に不味い!という人のことを言うそうです。
こういう人、いるよなーなんて思いながらも、諺になるくらい定番なパターンだったりするんですかね?昔からこういうタイプはいるんですね。興味深いです。
私の周りにも「鮫臭い!」って言っちゃうタイプいました。
父方の叔母なんですけどね、母の何周忌だかのときのお食事会で、散々文句言いながら誰よりも早く食べ終わってて、イマドキの言い方をするとwwwでした。ちなみにイマドキと言いましたが今は使わないかもしれないけどwww←コレ。文章で初めてつかいます。なんかwww
話を戻して、肉が硬いだの言ってたのに1番最初に平らげている⋯本当にwwwです。硬いと感じているのに食べるのが早いとかwww本当に草生えますね。なんかワニみたいな咀嚼力ですよね。
母の法事は3周忌くらいまでやったのかな?確か49日でも、店が遠いって文句言ってましたね。駅から近いし寺からは少し歩くとしても寺の近くにピンポイントに食事処があるとも限らないし、面倒な叔母だなと。やっぱり嫌いです。
文句ばかり言われてるときの店の手配って私がやっていたんですよね。それを知ってか知らずかわからないけど、文句がすごくて次の法事のときの店の相談も父にされたけど、私はやらないと突っぱねました。その時の店は文句言ってなかったように感じるけど、自分が手配していないからそう感じただけかもしれませんね。
これからも「鮫臭い」ことを言われたら、自分は関わらないというのを貫いていきたいなと思います。

2025.02.11Tue
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先週出張して日曜の朝に帰ってきた。帰りの飛行機はあまり眠れなくて、映画を3本観た。昼間眠かったけど洗濯や後片付けをして、夜9時頃に寝た。

月曜日の夜にライブを観に行った。初めて観に行くアーティストだったので、どんなファン層なのか分からなかったけど、自分の席の近くにいた人達は大体想像通りだった。

今日もまだ残っていた洗濯をして、遺言状を更新したり、先週のニュースをキャッチアップしたりして過ごした。

明日から通常業務。いつものルーティンをサボりがちだったので、明日からはいつも通りに戻したい。

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