ぐちった―なるものをちらっと覗いたんだけど
負のエネルギーがはんぱない。
すぐ開いてすぐ閉じちゃった。
愚痴を言うこと、ガス抜きは大切だし
いつかどこかで向き合わなきゃいけないけど、
それをストレートに言葉にするとパワーがえぐい。
言葉にすること、自分も好きだけど
ぐちった―はちょっと自分に合わないな、と思いました。
ぐちった―なるものをちらっと覗いたんだけど
負のエネルギーがはんぱない。
すぐ開いてすぐ閉じちゃった。
愚痴を言うこと、ガス抜きは大切だし
いつかどこかで向き合わなきゃいけないけど、
それをストレートに言葉にするとパワーがえぐい。
言葉にすること、自分も好きだけど
ぐちった―はちょっと自分に合わないな、と思いました。
「さみしい」「みんな離れてく」
そんな愚痴を聞かされた。
でもね、原因知ってるよ。
「友達、整理します!」
…それで毎回リセットしてるからだよ。SNSでやる人は
リアルもやるよ。
さらにいうなら、整理して切っちゃえる子は
友達じゃないと思うよ。
都合のいい時だけ、は、きっとただの依存先だよ。
楽しい事だけじゃなく、辛い時に声をかけてくれるのが
友達だと思う。
間もなく力が解き放たれるでしょう。動機が揺さぶられて新たな目覚めの状態に入るとともに、目標が大きく方向転換することによって 経験に変化が生じ、新しい何かに向けて前進していけるようになるでしょう。行き詰っているという感覚が過去の記憶になろうとしています。依然として過去の問題に対処しなくてはならないことがあったとしても、これまでとは違って解放感と新たな期待感があるはずです。今にも、可能性に満ちた新たな世界が自分の目の前で開かれていくのを見ようとしています。
6月だ。6月になったら
雨を纏って貴方がやってくる。
あるいは、貴方が来るのを
雨を纏って待ってるのかも。
雨の音で目覚めて
雨の音で眠るの。
貴方の甘い味と 雨の音。
想像するだけで
背筋を伝い花が咲く。
この絵を いつか描き上げて
貴方に見せるの。
魅せるの。
おはよー
今日も頑張っていこうぜ。
夜明けが早くなってきたなと思ったら、今日で2月終わりだって。早いね。
友達が一人でも居ることが当たり前なら、私は当たり前じゃない。
春から女子大生。友達の数、ゼロ。
中学の頃の友達は高校卒業を機に全員切った。元々携帯電話を持っていなかったこともあって、連絡先が知られることもなかった。そもそも中学時代の半分は不登校だったから、まともな友達なんか居なかった。居たら不登校なんかにはなってなかっただろう。
そしてまた私は高校の頃と同じように、大学進学を機に友達を全員切ってしまった。元々全日制に通っていたけれど、通信制高校に転入してから、ロクに会いたいとも遊びたいとも思わない形だけの友人達に、過去の私の未熟さを知られてしまっていることが、自分にとってどうしても許せなかった。
全日制に通っていた頃の、何も知らなかった私のこと。
私、発達障害なんだよ。
18年生きてきてやっと気づいたんだ。
私は普通の人生を諦めないといけない。
学生時代の友達と久々に会って、ランチして、遊んで、笑って。私はそんな輝かしい人生を、この歳で諦めた。
私はこの先、夢も希望も全て諦めながら生きていく。
ずっと一人。ずっと、独りで。
大学生活には初めから期待しないことにした。ただでさえ見知らぬ場所で一人暮らしだ。毎日息をしてるだけで上出来だって褒められたい。全てを諦めてしまえば「こんなはずじゃなかった」って勝手に裏切られた気分になることもないだろう。それに私くらいのコミュ障になるときっと大学ぼっちを拗らせて友達もできない。
私はこの先の人生に、何も期待をしない。全てを諦めながら生きていく。
色のついた未来を敢えて見ないようにしている。フルカラーだと思ったらモノクロ。私の人生は、いつもそんな感じだった。
生きてるだけで迷惑。
生きてるだけで害。
産まれたくて産まれてきたんじゃない。
息してるだけでストレスな私に出来る唯一のことは、人生の寿命を一秒でも早く削ること。
私みたいなASDだと就職しても続かないの目に見えてるし、大学卒業と同時に人生も卒業したいなあ
人間にランクがあったとして、人生幸福度みたいなのが数値化されるとしたら、私はこの世界で一番低い数値を叩き出す自信があるよ。
小中高と楽しかった瞬間なんて1ミリも無かったからね。
世界で一番不幸な自信だけはあるんだ
先々まで考える癖がある。
考えられる可能性と、さらにその先の可能性、と考えていくと、どんどん分岐していって、すべて考えるのは無理だと分かってもいる。
そして、私の特徴として、考えられる悪い可能性に焦点をあてがち。根が心配性なのだと思う。こうなったら嫌だけど、もしもそうなってしまったときにダメージが最小になるにはこうして…と、悪いことが現実になることを前提に思考が回転していってしまう。臆病なのかもしれない。
でも、改めて気付いた。悪い可能性をシミュレーションするより、良い可能性をシミュレーションする方が、心には良い。アスリートが、自分が成功する姿のイメージトレーニングをするように、より良いイメージを描くことに労力を使った方が良い。
リスクマネジメントとして、最悪の場合を想定するのは確かに必要であることは認めつつも、人生においては、そうしてばかりでは不安だらけになる気がする。
そうして立ち尽くしてしまうくらいならば、ある種の信念というか、思い込みをもって突き進む強さみたいなものを持っていたいと思った。
先のことは、誰にもわからない。
だから、良いように予想しようが、悪いように予想しようが、自分の勝手なのだ。
根拠のない自信が必要なときもある。きっといまがそのときだろう。
大丈夫。根拠はないけれど、大丈夫と言い切ることがいまは大事なのかもしれない。
だから、大丈夫。
寝たくない。
寝たら朝になるから。
朝になったら仕事に行かないといけない。
別に仕事が嫌いなわけじゃないのだけれど。
夜のこのまったりした時間がずっと続いて欲しいだけ。
だから寝たくない。
自分で悲しかった事を
笑いながら言ってたら
なんだか思ったより悲しくなった。
周りの反応みて
しまった、って思った。
だるいなー
でも、週末温泉に行くし、がんばろ。
なんか、嫌なら辞めればいいと思うの。
ただそれだけだと思うんだよな。
私があまり重く捉えないのが良くないのか分からないけど
変な解釈されるの面倒だなぁ。