怖い。
不安メーターが振り切れそう。
怖いの我慢しないでいいよね。
今そんな気持ちなんだから。
無理矢理ポジティブで抑制しない。
でも望みは叶えたい。
だったらどうする、私。
大丈夫だ。根拠なんか要らない。
決めた!
私ならできる。
私ならできる。
私ならできる。
大丈夫。大丈夫。大丈夫。
怖い。
不安メーターが振り切れそう。
怖いの我慢しないでいいよね。
今そんな気持ちなんだから。
無理矢理ポジティブで抑制しない。
でも望みは叶えたい。
だったらどうする、私。
大丈夫だ。根拠なんか要らない。
決めた!
私ならできる。
私ならできる。
私ならできる。
大丈夫。大丈夫。大丈夫。
休みができそう。
良かった。
少し休みたい。
いろいろ憂鬱なこともあるけど頑張ろう。
もしできたらパーマもかけよう。
ひとつのことに集中しすぎないように
分散させよう
仕事がすべてじゃないし
趣味がすべてじゃないし
彼氏がすべてじゃないし
恋愛がすべてじゃない
私の人生はいろんなもので成り立ってる
なにかひとつうまくいかなくても
全否定になる必要なんてない
うまくいくことが永遠じゃないように
うまくいかないことも永遠じゃない
嫌なことは無理しない
生きやすいように生きればいい
いっじわるだなぁ
やな感じ。
ま、スルーで。
さっき自分で解放してたら下した。
はー
疲れたけど、よかった。
ひとつずつ。
時期もぴったりだしね。
どんどん軽くなれ、わたし。
文章には力があるという。
そして私の文章は面白く、読んでいると元気になれるのだそうだ。文才があるのだと人に言われた。
SNSの世界には、辛い現実を抱えてインターネットの電磁世界に避難している人がいる。そんな人に、勇気や笑顔を与えていられるのだろうか。
それなら。
もし私が全力を持って絶望を書いたのなら、そんな人たちはどうなるだろう。
最初から暗くなんて書かない。辛い現実なんて描かない。
丁寧に丁寧に明るい虚構を重ね続けて、最高潮で崩す。叩きつける。甘い夢を引きちぎる。
ああ、その時には、どんな顔をするのだろう。
画面の向こう側。覗くことなどできはしないが、その姿を想像し、私の口は細く歪む。今宵の月のように。
今日は最悪。なんかあんまり面白くない。
はやく家に帰ってご飯食べてテレビ見よう。
うまくできてなくて嫌だ
youtube で毛穴の動画を見てしまった。
ピンセットでにょろっと取る
芥川龍之介の「鼻」みたいなやつ。
本当にきもち悪そうなのは避けて
清潔感があって丁寧で
撮影が上手そうなのを
チョイスしたつもり☆
なにをしてるんだろう私は。
真夜中に毛穴の動画を見る
おばさん…
救いたくても救えない!
もう見るのをやめよう。
でも再生回数を見ると
えげつない数。
毛穴ユーチューバーだ。
おそらく収入はあるだろう。
もしかしたら会社に行かなくても
いいのかもしれない。
豪邸に毛穴スタジオが
あるかもしれない。
自分の毛穴がお金になるとは
まさしく油田を持ってるのと
同じではないか。
角栓を見応えのある大きさまで
育て、撮影しつつ収穫。
照明、撮影、編集、監督、
すべてひとりでこなすのだ。
私が見た動画はおそらくご本人が
自分のを撮影している。
そのうちもっと良質の毛穴を求めて
旅にでるかもしれない。
ものは毛穴だけど、
創意工夫と美しさを極めたいと思ったら
ナショナルジオグラフィックに載るような
カメラマンとやっていることは
なんら変わらないと思う。
ユーチューバーって大変だな。
余計なお世話だけど、
やっぱり毛穴をいじるのはよくないと思う。
周りの肌がものすごい傷ついてるのが
よくわかった。
多少あっても毎日普通に顔を洗ってる方がいい。
自分の毛穴を犠牲にするって
実はけっこうハイリスクだと思う。
そんなわたくしはヒゲが生えています。
娘は昨夜1時間おき、ひどいと30、40分おきに
ふぇーんと泣いておきて
抱っこせよ、飲ませよ、と起こしてくれた
でも今目の周りが乾燥と乳児湿疹でかぶれぎみで
薬を塗ってるんだけど
たぶん、眠くて身体ほてる、飲んで血行良くなる、泣いてほてる、で、悪循環すぎてめがかゆくなって、寝付けないんじゃないかと。
今夜もそんな風なら、がーぜを少し濡らして目の周りをひやしてみたらどうかと、今日の子育て支援センターの先生にアドバイスをもらった
たまたま木曜日、母乳外来の先生が来るひだったから
相談できてひと安心した
それでもだめなら、皮膚科に相談して薬の相談をしてみたらどうかと。
やっぱり、周りの大人の人達に頼らなければ育児はできませんね。
いやーー寝不足です。娘を寝かせて私も寝よう。
他人に迷惑をかけるような感情とかは出さない様にしてるせいか、周りに当たり散らしたりしてる人を見ると「なんで我慢しないの?、何故関係ない周りに当たるの?」と思ってしまう。あれか、長女だから...?
学生のときなんてもうかなり前の話なんだけど…私は親に望まれて大学に行ったわけじゃないから高3~大学2年くらいまでは親の自分に対する態度がとてもキツかった。特に母親。
勉強が出来ることよりもお金がかからないことが正義というような考え方がうちの中では主流だったかな?高校へ進学するときも私立はお金がかかるから、絶対公立!という雰囲気が怖くて、自分のレベルよりかなり下げて高校受験したんだよね。そのときは勉強なんかどうでも~って感じだったし、チャレンジしたい気持ちはあったけどあの圧力の中で頑張れるほど精神発達してなかったからな。
でも、高校に入って、少し自分が変わったというか、良い先生に巡り会ったのもあって「勉強が出来ないのではなく勉強の仕方がわからなかった」だけということがわかって私なりに努力したりそういうことを学べた高校生活だったな。
親が私に期待していたのはお金のかからない子だから、深い心の底でそういう自分になれるようにしていたのかも?頭もそんなに良くなかったけれど塾を強制されなかったのも、私の自主性を尊重して…という雰囲気を出してたけど今考えればお金がかかるくらいならバカのほうがいいと思ってたのかもしれない。
大人になっても当たり前のように大学に行かせてもらったりしている人がたまに羨ましくなる。自分も無理矢理説得してお金も出してもらって感謝するべきだし、感謝もしているけど、お金出しているんだから何言われても我慢するべきというあの時代。お金出しているからって何でも言っていいってレベルをこえていたよな。
自分はこうやって負の遺産を持ってしまったけど、子どもに期待するのはお金がかからないことを期待するのはやめたい。もちろん、ただの庶民だし限られたことしかしてあげられないけれど、自分がやられたからこそ、ここで終わりにしたい。