勘違いなんだろうけど
私に好意をもってやってるんじゃないかと
思うこと
近くor隣に座ろうとする
ふざけてくる、からかってくる
座るときに足をくっつけてくる
物を渡すときに手元を触る
視線を感じて見ると、こっちを見てる
目が合っているとなかなか逸らさない
嫌われてはないと思うけど
ただ人懐っこいだけかもしれないからなぁ
あとは私が自意識過剰かもしれない
今のままでもいい、けど
もう少し何かほしい
勘違いなんだろうけど
私に好意をもってやってるんじゃないかと
思うこと
近くor隣に座ろうとする
ふざけてくる、からかってくる
座るときに足をくっつけてくる
物を渡すときに手元を触る
視線を感じて見ると、こっちを見てる
目が合っているとなかなか逸らさない
嫌われてはないと思うけど
ただ人懐っこいだけかもしれないからなぁ
あとは私が自意識過剰かもしれない
今のままでもいい、けど
もう少し何かほしい
検定とか資格とか免許とかあったほうがいいんじゃない?
「心」がある人間を扱える人
沢山の人をちゃんとちゃんと見られる人
人の上に立つのにふさわしい良識を持った人
起業したとか、家の続柄とか、
そんなんだけじゃあねぇ・・
きちんとされている方も居るけれど
ふさわしくないのが多過ぎるんだよな。
確定事項なんてない。お互い大好きなのはわかってるし愛してるなんて言葉もない。でもずっと一緒にいてくれた。遠くにいても、ずっと。信じて一緒に歩いてくれた。長い間。見つけてくれてありがとう。僕らは恋人でも友でもない。それでいい。
皆勤賞を目指して、毎日元気に幼稚園に通っていた娘。いよいよ卒園式も間近に迫り、「今日は皆勤賞をもらう練習をしたよ」とうれしそうに教えてくれた。 同じ小学校に進む子が一人もいない娘は「みんなに会えるのはあと○日」と、毎日出席ノートの残りの日数を数えていた。 そして卒園式を二日後に控えた日曜日の朝、突然の発熱。まさかのインフルエンザだった。残り二日だった幼稚園に、もう行けないと知った娘は、「幼稚園に行きたい」と泣き叫び続けた。 「ありがとう」も「さようなら」も言えないまま、突然終わってしまった幼稚園生活。私も主人も、涙を止めることができなかった。 一週間後、娘の卒園式が行われた。きれいに飾られたお遊戯室で、百人ほどの年中さん、預かり保育に来ていた数人の年長さん、正装した先生方が、まったく同じ式をもう一度やってくださった。 八十七人のお友達と卒園するはずだった娘は、たった一人で笑顔で入場し、立派に卒園証書を受け取った。練習してきた長いお別れの言葉も、卒園の歌もやり遂げた。 私は終始、涙が止まらなかった。先生方と参加してくれた子どもたちに、感謝の気持ちでいっぱいだった。
「世間に知れ渡った者が、自分自身のことをよく知らないまま息を引き取るのは悲しい運命だ。」これは近世イギリスの哲学者、フランシス・ベーコンの言葉です。とはいえ、他者よりも自分自身を優先するのは身勝手な態度だと感じがちです。なぜそんな風に感じるのでしょう? 旅客機の客室乗務員は「緊急時には自分のマスクをつけてから他の人を助けてあげてください」と言いますが、それにはちゃんとした理由があるのです。他者を幸せにするために自分の人生を捧げるのは尊いことですが、自分自身のニーズを無視して他者を助けることはできません。他者に助けを請うことを恐れないでください。
みんなが楽しめるように色々取り纏める人…こういうことが苦手なのに、その取り纏める人をやることになってしまった。色々な諸事情があって2年後にそれをやらなくてはならないのであれば、今やってしまった方が良いのでは?という自分なりの強かさです。2年後にその役割を決めるときの殺伐とした雰囲気があるのも知ってしまっているので…
「みんなが楽しめるように」こういうことが前提としてあるのに、その先頭になる人を決めるときには誰かに押し付け合う。それならば「みんなが楽しめる」このイベントやら何やらを止めてしまえば解決するんじゃないか?とこのような場面に遭遇するといつも思ってしまう。
誰もやりたがらないというところに答えが出ている。表向きでは「みんなが楽しめる」だから、これを廃止しようと動くのは眩しく光る太陽を全否定するような気持ちになったり、そう思われたりするのが恐いからかもしれない。でも雨だって必要なんだよね。ずっと照らし続けられてたらそれだって良くないってわかっているはずなのに、雨のときしかガッカリ出来ないこの世の中の雰囲気がそうさせるのかもね。
誰かに天気を決め付けられないで、自分だけの太陽と自分だけの雨の中で生きられたらいいのにね。
ちなみに自分で決めたことだけど太陽になりきれるかどうか不安で雨が降りそうです。人工紫外線になって頑張ります
好きなことで仕事出来たらなぁと思う反面、好きなことを仕事にしてしまうと楽しめなくなりそうって思ってしまって、今はまだ趣味でいいや、って思う自分がいる。
好きなことでやっていく自信がないのも要因のひとつ。
世の中に目を向けてみると、自分より上手い人なんて山ほどいるよなぁって思ってしまうんだよね。
趣味でやってるうちは自分の好きなようにできるし、多少ミスがあっても「趣味だから」で許せるけど、仕事じゃ自分は納得出来てもクライアントはそうじゃないこともあるだろうし、それでお金を頂く以上、半端なものでは駄目だし…。
こういう考えだから、この先もたぶん、ずっと趣味のままかな。
でも楽しくない、楽しめない仕事は全然長続きしないんだよなー。矛盾してるけど。
好きなこと=仕事は憧れる。けど、私にはその一歩を踏み出す勇気がない…。
今回はせっかくうまくやれたのに、うまくやれたらやれたで
1年くらいたつとどうしても飽きてしまう。
人間関係の蛸壺状態から逃げ出したくなる。
無理せず人間関係を長続きさせたり、
長く同じとこにいられたりする人が少し羨ましい。
きっと自分は一生こんな感じなんだろうな。
新しい逃げ場所を作るか…
優しくしてくれるのがすき
ちょっといじわるなとこがすき
不器用なとこがすき
照れ屋なとこがすき
まっくろな目がすき
まっすぐな眉がすき
おいしそうな顔がすき
自分で掴み取る意思がすき
わたしに触れる手がすき