2018.04.25Wed
非表示 21:45

嫌な予感がする。もしそうなっても動じないように最悪のこと考えとこ。人から憶測言われる度動悸が……頭真っ白になる。早く辞めたい。自分を守るため。早くここから連れ出して。


非表示 21:32

つーまーらーんー

面白いこと起きないかな

ちゃんとやらなきゃダメなんかな

どっか行きたい

つっまんないよー。


非表示 21:25

夕方の本屋さん.
幼児が1冊の本を持ちながら通路をダダダ――っと駆け抜けた.すると彼は持っていた本を落としてしまった.たぶん表紙カバーが手から滑り落ちたのだと思う.おかげで通路には本,帯,表紙カバーが散らばっていた.
立ち読みしている人は振り向けど何もせず.幼児の横を通り過ぎる人もいた.どうやら近くに彼の保護者はいない様子.

幼児が自身で本を拾い上げようとするけど,上手く床から取れないようだったから,「大丈夫?」と声をかけて私は帯を手に取った.彼はまだ本と格闘している.
私が表紙カバーを拾ったところで,彼と一緒にカバー類を整えようとした.

すると.
彼は私に目もくれず,そのまま本を放置して走り去ってしまった.
え,ええ…
取り残された私は,カバーと帯を整える.彼はもう見えなかったから,仕方なく児童書コーナーへ行って棚へ本を返しておいた.

なんていうか,すごくショックだった.
別にお礼を言ってほしくてやった行為ではないし,あの子が良いなら別に良いんだけどさ… でも私が手を貸さなかったらどうなっていたんだろうとか,取り残された本はどうなるの,とか色々考えてもなんだか腑に落ちない.私は自分の子どもを,落とした本をそのまま放って走り去るような子には育てたくない.


非表示 21:14

あっ、しまった失敗した、と思った瞬間には手遅れだった。そんなことしてしまった。保険の窓口で生命保険の加入相談してて、担当者が「これとこれを削っても数百円しか下がらないんですよー」と言ったのがカチンと来たのは、貧乏を経験して数百円をでかいと思う金銭感覚になっていたからだった。あ、こいつ金で困ったことない人だ、と思ってすぐ「貧乏を経験したんで10円の差でも考慮しますよ」と言い返してしまった。そしたら担当者は引いたようだった。口調がややぞんざいになって作り笑いになった。月数百円だとしてもそれを健康に回せればと思うし、何ならちょっといい油買っておいしい食べ方だってできるかもしれないと思うと、かなり高い金額だと感じてしまう。お金に困ったことがない保険の相談員ほど、家計の相談相手にならないような気がしてしまった。でもきっと一般的には彼みたいな人が普通なんだろう。あーあまたやってしまった。一般人の感覚のふりをしそこねたという話。


非表示 18:04

山口達也さんの記事を読んだ
やっぱり、高校生がいいのかなぁ
男のひとって。
若い、って
それだけでいいのかなぁ
もちろん、肌だってぴちぴちプリプリだしさ
弾けんばかりの、あの、若さ特有の良さはわかる。
男も女も。
けどさけどさ
あたし、高校生男子と出逢ったら、相手も少なからずの好意をみられたら
いけるかな...
そこだよね。
そこはやっぱり男性のが多い気がする。
芸能人だけでも、取り上げられるのは男性→年下女
うーーーん


非表示 10:23

ついに何かを達成して喜びにひたっているとき、そこにはいつだって光をおおい隠してしまう影の部分があります。もし手に入れたものを失ってしまったら? わき起こってくるネガティブな考えを頭の奥に追いやるのは難しいことかもしれません。その逆もまた然りです。もし何かをさほど重要だと思っていなかったら、どうしてそのことについて心配する必要があるでしょう?今日 直面している問題は、より良く、より幸せな明日がやってくることを知らせるポジティブなサインに変わりうることを信じていてください。


非表示 06:55

疲れてるときと酔ってるとき
距離が近い
甘えてくる

それに応えるくらいでいいのかな
恋愛感情ではないだろうしね

今日は雨
いやだなあ

1日がんばろ


非表示 06:13

私がされて嫌なことって、してくる側にとっては大したことじゃないんだな…と朝から思うことがあった。
私は「5年以上経っても、何かのきっかけで思い出してしまう」という認識。でも、相手にとっては「もう5年も経ったんだから許されている」という認識。この溝が埋まらない限り、本当の意味での「許す」ってないと思う。
私が笑っていたり喜んでいたりしたら、相手は昔の事を「忘れてくれた」と思うらしい。それが「許された」という認識に変わっていく。私にとっては、笑っていても喜んでいても、過去の傷は過去の傷として残っているのに。その傷が出てくると結局、痛いのは自分だけ。だから、なんとか共存していくしかないのに。相手は完治したと思ってるから、私がそこに気がつくと私の傷が疼く。
今日もかなり傷が朝から疼いたけど、自分で言うのもなんだけど、その傷に対して堂々と出来ているというか。ここにグチグチ書いてるってことは、やっぱり完治ではないんだけど、相手に救護を求めたり悲哀をぶつけるのではなくて、自分で転んでも歩くようになったかな?でも言わなきゃならないことはビシッと!そのバランスが良くなったかな?だからこそ相手は私の本当の痛みに気付かないんだろうな。でもそれでいいか。私の感情には触れさせないってことで。自分には負けないように。


インプットとアウトプット、PDCA

非表示 01:27

あまり乗り気じゃない就職のための勉強だけど、日々それなりに知識が溜まっていく感覚は純粋に楽しい。
定着しているかどうかは微妙だけど、シナプスが繋がる瞬間が気持ちいいので、とりあえずインプットはのんびり続けている。
インプットしていく中で、疑問に思ったら自分なりに納得いくまで調べられる時間があるというのはなかなか贅沢だ。こうしてネット上に自分のペースでアウトプットするのも楽しい。こういう形が自分のストレス発散法なのかもしれない。
反対に、仕事は誰かのために何かをアウトプットし続ける行為だと思っている。
思い返してみれば、やりたいことがきちんとあった状態でも、PDCAでいうところのPとDが苦手で心の何かがすり減っていったので、なんだか働くことそのものにもあまり自信が持てない。
そういう自分なりの大義があった場所でつまづいたので、果たして他人から言われたからとか、働き続ける上での条件がいいからというだけの状態で仕事をしても、どこまで続けられるんだろうと不安に思っている。
CとAは自分の中ではインプットに近い感覚なので、割とすんなりできるんだけど、それって口だけ人間ぽくて嫌なんだよな…同族嫌悪かな…。

2018.04.24Tue
非表示 23:53

私の家庭内の扱いはシンデレラのようです。
私が暇だと分かれば母親は全部の家事を私に押し付けます
みんな手伝おうとしません

これに関して妹に手伝うように少し愚痴るとうるさいと言われてしまい、取り合ってもらえません。

今度は私が頭にきて、むすっと行動すると機嫌をとるように親は行動します

普段は「ありがとう」なんて感謝すらしないくせに。

さて、また私が話そうとすれば私の意見は虐げられます。
発言は取り合ってもらえないのが当たり前。
感謝されないのが当たり前、そのくせ文句ばかり言う

なんなんですかねうちの親、妹。
皆さんどうして社会で生活できてるのでしょうか?

人間として終わってますよね、
来世はうんこみたいな人生送ってください。

という切なる願い

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