自分のしてあげたいタイミングじゃないと何かしてあげたくないって人に疲れるときがある。
普段色々してくれても、こちらが頼んだときは嫌がるんだよね。これがけっこう不思議で⋯全部が全部、こちらの都合に合わせてくれと言ってるわけじゃないけど、やってあげたいという気持ちよりは、やってあげてる自分に満足したいんじゃないかと思うのです。
だからこちらが頼んだタイミングだと、自分が気がついてあげたという第一段階の目的が果たせないから、快くやってくれないんだろうなと。
でも、私としては私のためにやってくれることは私のタイミングを掴んでくれたらより嬉しい。
今日買ったらポイント5倍!みたいなときは買って欲しいからそんなキャンペーンをするんだと。そのタイミングで買ってくれてありがたいからポイント5倍として返してくれるんだから。キャンペーン以外のときも買ってくれて嬉しいとも思ってるし、買わせてもらう側も売ってくれていることに感謝はしているけど、今!買って!今!って時に動いてくれたら嬉しいんです。
私が頼んだときは何かのポイント5倍キャンペーンなのになぁ⋯
鼻腔拡張テープを使ってみましたが、なんか効いているような気もします。本当に効いているか試したいので今日はそれをしないで寝てみたいと思います。
テレビ番組のはじめてのナントカが昔から苦手なんですよね。
いつも同じ放送局をこだわりもなくつけているのですが、今日はそれをうっかり観ないように放送前から違う局をかけてました。
そのままだと、家族がその放送をなんとなく見だしてしまって、あとからチャンネルを変えにくいので⋯
私、子どもいるんですけどね⋯いるのに苦手なんですよね、この手の感じが。子どもが単純に嫌いでそんなものは見たくない!って言えれば楽なんですけど⋯別に子どもが嫌い!ってわけじゃないので⋯
子どもって面白い部分もあるし自分の子どもに限らずにそれは思うんですけど、なんでしょうね⋯あの手の番組は子どもがいなかった頃も苦手なんですよね。
予定調和感と結局は大人が癒されるために子どもの存在が利用されているようにも感じるんでしょうかね?そして、大人として純粋にそれに感動したり可愛いと思ってあげなきゃならない圧力がシンドいのかもしれません。
かもしれません⋯と断定しないのは、大人が子どものエピソードが出してきたからといって、必ずしも拒否反応が出るわけでもないんですよね。
この時代、SNSを流し見してるだけで、大人が子どもについて投稿しているものなんて息を吸うくらい当たり前に見かけますし。それに全部拒否反応が出てるわけでもないんですよね。
これって面白いでしょ?感動するでしょ?こんな風に思っている親の私素敵でしょ?みたいのがちょっとでも透けちゃうとダメなのかもしれない。例のテレビも感想や感情が自由ではなくて、可愛いとか感動とか与えられたものしか感じちゃダメだから疲れるんでしょうね。
大人でも子どもでも、テレビや画像に保存しておけないような瞬間的な何かを面白いと思ったり可愛いと思ったり感動したりするのが自然だなと私は思っているからなんですかね?だからちょっと加工されたと思う何かに素直に感動とかしたくないっていう少しばかりの反抗なのかもしれません。
そんな反抗心ないほうが楽だと思いますが、それはそれで自分らしいなとも思うので、自然にこの反抗心が消えるまでは付き合っていきたいと思ってます。
引越しや帰省を言い訳にして、長かった休みをだらだらと過ごした。部屋はあらかた片付いたけど、引越し後に注文したカーテンとデスク下につけるトレイがまだ届いていないので、窓のひとつは養生シートとプチプチで目隠しだけしてる状態で、PC関連のケーブルはまとめられていない。
今日は有休で正月休み最後の日。休み中のどこかで髪を切ろうと思っていたが、結局今日になってしまった。
今週中には注文してるものも届くし、次の週末に前の部屋の鍵を返すので、そこでようやくひと段落という感じだ。年が明けて少し遅れて新生活スタート。
100年くらい前の小説を読んで、どうせすぐ着るから箪笥などにしまわずそこら中に置いておくほうが早いって感じのことが書いてありました。
そうです、私はこの小説の世界観のオサレな雰囲気は別にないんですけど、すぐ使うから出しっぱなしにしておくという意味の部分ですね。妙に共感してしまいました。
ちゃんとしまっていることが当たり前なのかもしれませんが、ちゃんとしまっていないことで効率化と自由を感じることが出来たりするんだよなーなんて思っていました。
今日も洗った食器は棚にしまわず、スプーンを数本キッチンカウンターに出しておきました。料理するときに使うからこの出しっぱなしがありがたい。だけど、出しっぱなしはだらしがないという価値観だから黙っているけど、出しっぱなしは自分のやりたいことを可視化してるだけの現象にすぎないのです。
年末年始で体調のリズムが狂っているのは感じます。
徐々に正月モードから切り替わっていってますが、私はいつも正月にしがみついているうちに新たな年が来ている⋯そんなループです。
数年前に、これまた数年悩んで購入した小さめの餅つき機のおかげで、お正月の餅問題がスッキリ解消しました。
餅はもらったり買ったりしてたんだけど、毎年余らせてカビさせたりして心が痛んでた。
でも小さめ餅つき機で、毎食毎食食べる分だけつくからお餅が余らない。嬉しい。
そして毎日つきたて餅で美味しい。時々多めについて冷凍しとくと便利。
お餅もすぐつけてちょっと感動する。1時間くらいで出来るんだけど、炊飯器程度の手間と時間でつけるの凄い。
実家では家族総出で餅つきしてたから大変な作業なの知ってるので余計に感動する。
前日からの餅米の準備や蒸し作業もしないでいきなり餅が食べられる幸せ…
何よりお餅が確実に美味しいのもいい。毎年買う餅は当たり外れあって一喜一憂してたからね。
今日も餅ついて食べた。しばらく飽きるまで餅食べると思う。美味しい。
連休最終日。
出かけたい気もするが、なにをするにも億劫。
目が腫れている。
かゆい。いたい。
猫が大騒ぎし、叫ぶ鳴く。
大好きだよ、大好きだよと伝えながらなでなで。
数秒もつが、すぐ離れて遠くで鳴く。
出かけようかな。
化粧して、着替えたら、出かけるかな。どうだろう。
ミックスナッツにピスタチオが入っているのですが、時々しか出て来ないほどレアナッツなのに、今日は3粒も出て来て嬉しいです。
子どもの頃、私と同世代の親戚とある同じ場所で人生をかぶらせた事柄ある⋯というまどろっこしい表現にしておきますが。それは1年半くらい続いた生活様式でした。
その親戚はとにかく私の行動を把握していて、周りの他の親戚に吹聴する。それをやることで大人が喜ぶからそうしていたんだろう。もうスパイのような。
そのスパイによって、私の様子を知ることになる母は私の問題を把握していたけど、スパイによっての情報だから私に注意出来なかったと時間が経過してから言われたけど、これも微妙だなと。父方のスパイだったので、その時点で父と話し合いや私を守る方法を考えて来なかったのは怠慢でしかない。まあ、父と話し合うなんて出来ないのもわかりますが。
そのスパイがなぜスパイになったのか?「スパイの兄が物凄く優秀で大人の関心が兄にいってしまい、寂しかったんだろうね」と母は言う事がありました。
そうか、そうか、だから私はスパイのターゲットにされて、様子を逐一報告されてもしょうがないよね⋯
なんて言えるか。バカじゃないのと思います。スパイの兄が優秀で関心か向けられないのは私のせいじゃないのに、なんで同世代の私がそれを受け入れて許容してやんなきゃならないのでしょう。
もう30年くらい前の出来事ですが、このスパイによってなんだかんだで今でも気持ちが変な方向に引きずられることは多いです。
誰かの負を埋めるために負を受け持つのは私はしないし、ターゲットにされたら今は逃げられることがありがたいのかもしれないです。