2018.10.22Mon
非表示 05:49

どういうわけか正しいときに正しい場所で正しいことが起こるというのは、セレンディピティ(思いがけない幸運な偶然)の力で説明がつきます。あるいはそれは、まさに必要とするときに、正しいことが起こっていることに気づかせてくれる力と言ってもいいかもしれません。実のところ、このどちらであるかはどうでもいいような気がします。この言葉の意味について 議論していたいなら延々とそうすることができるでしょうからね。一番重要なことは、もうじき起こる満月が光を当てようとしている思いがけない幸運な出来事に、ちゃんと気づくということです。

2018.10.21Sun
非表示 22:38

彼に、
「君の人生は君のものだ
生きたいように生きて
好きなように生きて
したいことをして
君が望むように生きていいんだよ」
そう言われた時、目を丸くして驚いた。
そして、驚いた私を見て、彼が驚いた。
多少なりともわかっているだろうと思いつつ
アドバイスしたつもりだった彼と
心からそんな考えが全くなかった私の
二人のそれぞれの驚き。

自分の人生は自分が主役。
それは私も、あなたも、誰かも。

だけど、私には物心ついてから望まずとも
望まれている立場があり
そうせざるを得ない状況になり
自分が選ぶよりも
人から期待されて楽しみにされている
自分を作ることで一生懸命で
大人になってすぐに大変重要な立場になり
子供という自分より大切で守るべき存在と
長い間一緒に過ごしてきたから
私が自分の人生を自分の思うように
本当に生きたことなどあったのかと問えば
高校時代だけだったのだ、と思う。
高校だけは特殊例でありのままの私が許され
同時にそこにいる全ての人が許される
そういう教育を行う特別な場所だったから。

彼の言葉を聞いてから、なんとなく苦しかった気持ち
少し楽になったし、自分が望むものとは
そもそも一体何なのかとずっと考えている
自由は不自由より怖いけど
自由につきまとう自己責任さえ取れるなら
本当に何をしてもいいんだ。
私は母親でもなく、娘でもなく、友達でも
親戚でも、病人でもなく
私と言う一人の人間として生きる。
その時どう生きたいのか、誰かを気遣ったり
自分の気持ちに蓋をしたりしないで
私が本当に感じるものや考えるものを
一つ一つやってみて、手応えを探してみよう。

遅すぎる出発かもしれないけど
実はやっている人も結構いるはずの
私と言う人間が私らしく望むような生き方を
誰のためでもなく
世界で一番大好きな自分のためだと
胸を張って言える生き方を。


非表示 22:12

自分がどん底にいるのは環境のせいだと
自分に自由が無いのは元々もっていないからだと
自由がないから何も出来ないのだと
私が理解できないということはお前の説明が不十分だからだと言う人に出会った。

私はどん底にいた。時間はかかったけど、どん底から5センチくらい浮いた場所に上がることは出来た。だからこそ、この人の過剰な被害者意識がとても痛々しかった。

別に誰もあなたを置いて行こうなんて思っていない。助けを求めることだってできる。でもあなたが選択したのだ、助けを求めないということを。その責任を他人に押し付けているということを、あなたは気付いていない。

自分は完成された人格なのだという。

なるほど、自分は出来上がっているのに理解できないということはお前に非があると言いたいわけだ。
完成されているから、不快な思いをさせても良いと。

とっても疲れてしまった。
私は友人が少ないから、こんなとき相談する相手がいない。こうして受け止めてくれる(垂れ流してくれる)場所があって本当に助かっている。
おやすみなさい。私は眠れそうにありません。流星群が見られたら、なんとよいことだろうか。


非表示 21:20

去年買った時計、半年も経たずにベルトが壊れ、1 年経たずに電池が切れた。買った時に入ってる電池は説明書に書いてある期間持たないのは仕方ないけど、さすがに 1 年持たないのはどうなのか。

昨日、試験を受けてきた。合格。ここ 2 回の試験は、本当に欲しい資格の試験を受けるためにパスするのが必須の試験だったので、やっとスタートラインに立ったところだ。ここのところずっと勉強してたから、とりあえずホッとした。

今日、新しい時計を買った。この 2 ヶ月頑張って結果出したしいいだろう、と思った。電池切れたやつの倍以上の値段がするが、元々欲しかったので「ついに買えた」という気分。明日の朝つける時ニヤニヤしそう。


非表示 16:21

最近、やはり何かとうまくいかない。

気分が落ち込むので、今日は柄と柄をコーディネート。
モフモフのベレー帽も被って。

髪の毛は念入りにブローした。
マスカラもガッツリ。

ただ、子供たちとお散歩した。

天気が良くて暑かったけど、良かった。

納得した格好で出かけると、それだけで少し楽になる気がする。

さぁ、ハイボール飲むぞ。


日誌を書いてみる

非表示 14:17

立ち寄った記念です
室内で仕事ですが窓から良い秋晴れの空と日差し

えっ…
50文字も必要なんですか。
それではもう少し。

風きり音がしています。微かに強く秋風が吹いています。
葉っぱは紅葉、まだらに紅葉、
野には薄
虫の声はいつの間にか聞こえなくなっていました。


非表示 11:34

とりあえずやっぱり頭で考えるのは良くない
楽しいと感じてることに向かって動こう
それが彼と過ごすことだったり
彼氏との約束をしないことだったり
するかもしれないけど
様々な帳尻あわせはきっと
なんとなくなんとかなる

nisshiを始めたとき
彼と2人で出掛けたいと思ってた
それが叶って夜出掛けられた
そのあと昼間デートしたいと思ってた
そしてそれも叶った

ただの勘違いだとか
もうやめようだとか
色んなこと思いつつも、進んできた

好きかどうかを断言できるかと言えば難しい
彼だけを見るなら、好きだと言える
でも、他の要因を踏まえてとなるなら言い難い

でも、彼だけを見るなら、好きなんなら
好きってことだよな

シンプルに生きること
それが私の人生で軸としたいもの
シンプルに、素直に、生きていたい。

とりあえず今、なんの決断もできないから
なんの決断もしない
でも、彼と過ごすのも楽しいし
LINEが来ると嬉しくて幸せ

とりあえずそれでいいかな


非表示 10:10

わたしは私を全力で甘やかす。
平日はお弁当だって、早起きだって、頑張ってるから、休日の朝は早起きしたって、当然のように二度寝する。お昼まで動かない!

肌触りが最高なお気に入りの毛布にくるまってる時間が、至福です。
勉強だってするよ、お昼寝のあとにね。


非表示 06:30

これ以上読んではいけません! あなたができることには限りがあるのです。おや! 読むことを禁じたのに、ここまで読んでしまいましたね。正にそのような形で、生まれつき旺盛な好奇心が時々 不利に働くのです。この世で 手に入れられるものに限界があることは確かですが、その限界ははるか彼方にあるのだから、そんなことを気に病む必要はありません。愛情面で進展を遂げる最良の方法は「限界などない」というような態度をとることです。冒頭の命令を無視したように、限界を無視してください!

2018.10.20Sat
非表示 22:10

ツイッターでは、時に芸能人や有名な人、漫画を描いている絵描きさんなど、憧れの存在である雲の上のような存在の人からいいねやリプを貰うことが、たまにある。私は大好きな人からいいねを貰ったのだが、しかし、果たしてこれはいいことなのか。私は悩んだ。ツイッターを始めるまで、私はその人を雲の上のような存在の人と思っていた。ずっと、ずっと自分が目指してきた、今でも大好きな憧れの人である。別にその人と交流したいとか、話したいとかそういうのは一切なかった。まあ、ないといえばウソにはなるが、話せたらラッキーだなぐらいは、思っていた。しかし、ツイッターを始めてほんの数日で、何やら私の呟きに共感してくれたらしく、その人からなんと、いいねをいただいた。初めは嬉しかった。だがしかし、なんといっていいのか、この寂しさは・・本当に言葉にならない。さみしいのだ。なんか。ツイッターは人間関係を、変え始めている。そうではないか。これまでの人間関係が、変わってしまっている。これはいいのか。よかったのか。悪かったのか。あんなに憧れの遠い遠い存在だった人に、ボタン一つ簡単につながった。あまりにもあっけなく、無常にうつった。とてもとても、無常に感じたのだ。さみしい

たとえばこれまでテレビの中のスターはテレビのスターのままだったようにテレビの中だけでしか会えなかったし見ることができなかった。まあ、マネージャーやその芸能人の近所に住んでいない限り大方の人間がそうであっただろう。とにかく芸能人とかいうのは次元の違う場所にいて、宇宙規模の存在だったのだ(言いすぎか)その絶対に私たち一般人とは同じ世界線にいることはないであろう(という妄想かもしれないが)芸能人がまぶしく夢の世界にいるような特別な存在だったのだ(まあでも芸能人だって普通の人間なのだが)テレビの中の人と、テレビを見ているファンだったのが今の時代SNSひとつあればリプ送ったりなんでもできる。昔もファンレターとか電話とかあったが、なんていうか、それの比ではない。簡単すぎるのだ。あっけない。今までの、これまでのドキドキや感動は、一切なかった。あっ、いいね、くれた、そっか・・よかった・・終わり・・それが、なんとも物悲しかった。若い子は特に何も感じないのかもしれない。しかし私は少し不安とさみしさを覚えた。これからこういう時代になっていくのかもしれない。いやもうなっているのか。ネット一つで簡単に繋がれる世界。便利さの中には、必ず光と影があり、世の中が便利になっていけばいくほど、私は人間のそれまでの心の葛藤や表せない気持ち、悲しみや豊かさが失われていくのだと知った。何かを得る時は、同じく何かを失う時だ

この時代に感謝しつつ、本当に大切なのは何か、もう一度考えたい

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