誰にも褒めてもらえないから、自分で褒めるの。
だいじょうぶ、きみはがんばってる。
でももっとがんばれるよ。
やってみればいい。
失敗して恥かいたって、お布団のうえで脚バタバタさせて暴れちゃえばいいんだからさ。傷ついて落ち込んだら、シャワー浴びながら泣けばいい。
深い眠りについて、目が覚めたらリセット。
やってみればいいの。
だいじょうぶ、わたしはもっとがんばれるよ。
誰にも褒めてもらえないから、自分で褒めるの。
だいじょうぶ、きみはがんばってる。
でももっとがんばれるよ。
やってみればいい。
失敗して恥かいたって、お布団のうえで脚バタバタさせて暴れちゃえばいいんだからさ。傷ついて落ち込んだら、シャワー浴びながら泣けばいい。
深い眠りについて、目が覚めたらリセット。
やってみればいいの。
だいじょうぶ、わたしはもっとがんばれるよ。
舞台は学校?か高校の寮で、最初はワイワイガヤガヤしていた。中学までの幼なじみと大学の先輩や友達が混在していたけど。
友達と一緒に水道で箸を洗っていたんだけど、急に誰もいなくなった。なんの音も聞こえず、まさに「シーン」って具合に静まり返った。空気がピンと張りつめていた。なんだかすごく怖く・寂しくなった。
ふと右に目を向けるとそこはリビングで、誰か座っていた。びっくりしたので思わず声を上げると相手もその声に驚いていた。
私は彼に近づいた。彼は私の未来の息子だった。私は20代で独身で彼氏もいなくて子供も居ないけど分かる。夢の中って何故か分かるよね。
彼の顔はよく覚えていない。眼鏡をかけていた。漫画が好きらしく、漫画を読む目は楽しそうだった。彼は穏やかで大人しくて優しかった。彼が課題のプリントと漫画を広げている横で、私はタブレットと紙とペンを置いて絵を描いている途中だったようだ。
私が洗い物で冷え切った指先で彼に触ると、彼は声を上げた。私は「冷たいでしょ」と少し笑った。
彼の課題にアドバイスをしようか迷っているうちに目が覚めた。
明日は冬至。今私は闘病中。この夢はきっと意味があるはずだ。
人生はジェットコースターのようだと思うことがどれくらいありますか? 今年は浮き沈みの割合がだいたい同じくらいの一年だったことでしょう。「それが人生というもの」と聞こえてくるようです。その通りです。でも、浮き沈みのあることがさほど良いことというわけでもありませんよね? まったくです。もっと穏やかな時を過ごしていていいはずです。心配はいりません。だからといって退屈することはないでしょうから。もうじき、ちょうどいい分量の楽しみと喜びがもたらされるでしょう。あるターニングポイントを過ぎれば徐々に波が穏やかになっていくことを約束していますけどね。
たまに出ていた給食デザートの話題とか記事とか聞いたり見たりしてもピンとこない。
懐かしい~、あれ美味しかったよね!とか思いたいんだけど、真っ先に出てきた思い出は、給食を食べられなくて前に立たされて食べた思い出とか、嫌いなものを食べたくないがために好きな食べ物と交換してもらったりという闇取引とか…そんなのばっかりだった。
今の給食は無理矢理食べさせるということもないらしく、楽しみという感覚があるらしい。
もしかして、食べ物は一人でゆっくり食べたいなぁという感覚はこういう出来事も原因の1つかもな。
給食だけではないけれど、「みんなで食べると美味しい」が自分の中にはストンと落ちない。本当に気心の知れた人と少人数でなら、食べ物の美味しさを感じることもできるときもあるけれど…基本的にひとりで食べると美味しいと思ってしまう。
今このニッシもパン食べながらコーヒー飲みながら書いてるけど、食事のマナー的には良くないんだよね。
でも、このスタイルが落ち着くし好きなんだよね。
それだけ?もっと食べなきゃダメ!とかそういう声もうるさく感じてしまうし。1人で食べたらそんな雑音とも
無縁だ。
世の中の常識、ルール、マナーが自分の中に必ずフィットするわけじゃなくて、むしろそれが邪魔になっていることもあるんだなー。もちろんルールを守らないで人を傷つけたり迷惑かけるのはダメだけど、そうじゃないなら自分ルールをどんどん適用して生きていくほうがいいのではないかなー?
あっ給食の揚げパンは好きだった。だからこそ美味しく食べた記憶が先に来てほしかったなぁ。最近のおしゃれなパン屋には売ってないんだよね…時間は流れているね。だからこそやっぱりこの先は自由に揚げパンを楽しむ生き方を目指す。
少しくらい助けがあってもいいな、と感じていませんか? 秘書とか、パーソナルアシスタントとか。メイドや庭師も。コックや掃除人もいてくれたら助かるでしょうね。でも、そんな多くのスタッフを雇うことに莫大な費用をかけるのはともかくとして、もっとシンプルな解決策があります。みんなの仕事を、まるでそれが自分の仕事であるかのように引き受けるのを止めることです。まったく友だちの手助けをしてはいけない、と言っているわけではありません。でも、冬至のターニングポイントがやってきている今、「ノー」という言葉の持つ解放の力に気づいてください。
彼氏に会いたい気持ちが起きたのは
良かったなぁと思う
でも、なんだかんだ言っても
今日彼が会ってた人が誰なのか気になる
阻止したいと思ってしまったし
私を選べ、と思った
こないだ酔った勢いを使えなかったしな
リュック背負ってなかったの
わざとかと思ったのに
それを活用できなかった
ごはん行こうとか飲もうとか
一応言ってくれたけどさ
はぁーーーー!!
つまんないな。
いちばん愛しい時間は
偶然と呼び合うことで
できたのかなあなんて分析
寂しかったり
心細かったのが
頼り頼られることで
まあるく柔らかくあったかくなった
思い違いかな?
あのタイミング、巡り合わせ
もうとっくに縁なのかもしれない
なんて酔っぱらった頭でかんがえる
Evernoteに絵のネタ・アイデアをメモしている。
でもそのネタを読むことが精神的負担に繋がることもある。
それは「描くべき物リスト」「描きたい物リスト」になってしまっているからではないか。
あれを描かなきゃ、これを描かなきゃ、あれも描きたい、これも描きたい。でも無理。疲れた。
でもそうじゃない。これは私の「見たい物リスト」「読みたい物リスト」だったんだ。
あんな絵が見たいこんな絵が見たい。あんな漫画が読みたいこんな展開でこんな絵でこんな感じでそんなこんなで......。
ネタを持っているのは誰?私が見たい物を1番知っているのは誰?私好みに描けるのは誰?
私〜!!!!!
私だった〜!!!!!
上手い下手は関係なく、私は私にとって1番の神絵師だったのか。
なんだか悟りを開いた気分。
はぁ。幸せだ。
娘に「もう一度離婚するかも」と話してから約3ヶ月が過ぎた。
話は進み、夫が協議書を作成して見せてきた。
私も作らなきゃなー、と思っていたので手間が省けた。
肝心の内容はというと・・・引っ越したら必ず知らせ、住民票の写しの原本を書留で送れ、という点が気になった。
嫌やで。
最近色々と苦手な作業が続いていてストレス溜まる。自信もなくす。
そうすると良い仕事をすることよりも、さっさと終わらせて逃げたいという気持ちになっていく。
一旦冷静になって気持ち切り替えないと。
それと、私は人の目に対して神経質すぎるし、ネガティブに捉えすぎだし、思い込み激しすぎ。
人の心の内なんて考えたってわからないし、どうせネガティブにしか捉えられないなら人の言動を神経質に観察するのはやめたほうがいい。