誰もが「文句を並べることを楽しむ人」を知っているはず。そんな人は、食べ物の値段から政府の決定事項に至るまで、ありとあらゆることを絶え間なくぼやいています。不平をこぼすことなのです。その人のために問題を解決してあげようとすると、嫌な思いをすることになります。おせっかいを焼いたことに腹を立て、別の悩み事を探すでしょう。もちろん、そんな人ではありません。でも、知人の中にいるかもしれません。あるいは、決めつけている人がいるかもしれません! 愛情面で延々と繰り返されている口喧嘩に終止符を打ってください。
今日はひゅーいの出演してる映画を見に行く。
今月は予定がみっちり。
彼から意識を離すためにも
いろんな人と関わっていこうと思ってる。
そんななか、そうは言ってもLINEが来ると嬉しくて
それが仕事のことだろうと
ポケモンの自慢だろうと
嬉しくなっちゃうんだよねぇ
また出掛けようねーって約束して
でもちゃんとした日程とかは決めてない
行きたいなと思うけど
ガツガツ動くのはもうやめよう
彼は今日は気になる彼女を見れているだろうから
そこでまた気持ちが高ぶったりして
私との簡単な口約束は忘れるだろうし
そしてそれは、それでいいのだと思う
そりゃもちろん寂しいと思うし
あーあ、って思うけど
そんなもんだよなぁー
私も別に彼だけではないし
友達たちとの予定も楽しみ
今年は特に念願の屋久島に行くわけで
それが最大級に楽しみなんだ
もっと気持ち的に離れて
彼を客観視していこう
彼である必要は、あったのか?
私はきっと、恋愛ごっこがしたい、がメインで
そこに当てはまりそうな人として
彼を選んだのだと思うから
そこを吟味していけば落ち着くんじゃないかと思う
まぁそれでも嬉しかったり好きだったりしたら
好きなんだろうけど
でもなー。ほんとに好きならもっと行動してそう。私。
わかんないけど。
とりあえず今日は映画。
「どっちでもいいよ」
この言葉って良くも悪くも便利な言葉。
どっちでもいいというか、どうでもいいときにも使える。
自分が考えたりしなくていいし、相手側に合わせることが出来る。
自分が決めた!という責任感からも逃れられるし、本当に色々な意味で汎用性が高い言葉だなぁと。
どっちでもいい~どっちでもいいよ~の祭りになりそうだったから、そうならないように自分が何に投票したからわからない仕組みを導入したのに、それでも「どっちでもいい!!」と返してくる人がいて、なんかこう呆れてしまった。
投票といっても本当にたいしたことじゃないんだけど、人が集まるとバラバラしちゃうから使ってみただけなんだけどね…
私もつい「どっちでもいいよ~」と使ってしまいがち。だけど、「私はこう思うけど、どっちでもいいよ~」とか使い方を考えていかなきゃダメな言葉なんだなと勉強になった。
俗に言う引きこもりってやつだ。外に出るのが苦痛になってしまった人間なのだ。
久しぶりに家族以外の人と話をした。そうか、私、こんなんになる前から人と話すのってストレスだったんだ。と思った。
震えが止まらなくて、声が出なくて、ただ笑顔を作るしかできなくて、自分の思い描いていた話ができなくて、解散した直後にに体温が上がった。
ストレスだったのか。身体の内から寒くて震えたり、声が出なくなるのは昔から多かった。今になって「これはストレスに感じているからだ」と気づいたところで変わるんだろうか?
楽しくて寂しい夜だった
あまり普段は筋肉痛にならないのだ。
なぜなら、筋トレなどを、ついぞしないからだ。
一方で、ちょっとした運動でも、筋肉痛になるのだった。
例えば、男女二人で行う、夜中の運動(意味深)など。
翌日や、翌々日に、身体中が痛くてキツイ。
まあこれも、愛の証(意味深)の結果だと思えば、筋肉痛も気持ちよい刺激かもしれないが。
アミノサプリなどの、アミノ酸が含まれるドリンクを飲むと、本当に回復が早いぞ。
愛とか恋とかとは無縁に、身体の仕組みとして、食べたもので身体は修復するのだ。
もう何年も好きな人がいなくて、もう何年も誰かに褒められた記憶がなくて、もうずーっと周りから置いていかれている今に焦り続けている。けど生きてるからいいかあ、なんて思う自分もいる。生きているじゃん、今日も。大丈夫だよ、と言ってくれる人とゆるく生活できたら幸せなんだろうな
This is us を見ている。NHKでの放送をちらっと見て、家族の話なんだなーと少し警戒して見るのをやめた。
最近、家族と母親というもので悩み続けていたからこそ警戒してしまうんだということがわかって、目から鱗だったこともあり、大げさだけど意を決して見てみた。
家族の話に多い、色々あるけど家族なんだから受け入れて全部許そう!母親には優しくすることが一番大切!みたいなのが一瞬でも出てきたらやめようと思った。
一瞬そんな感じはあったけど見続けた。
母親に傷ついた息子が、「母親にも同じように傷ついてほしい」という台詞があった。「母親の問題も理解できる、でもクリスマスまでは許さない」と告げる台詞も。
泣いた。心の底から救われた気がした。頭皮からつま先まで全身の力が抜けている。すごいものを見た。
1ヶ月振りにnisshi再開
相変わらず、なりたい自分が不明瞭で努力の仕方もわからず、暇さえあればスマホのアプリばかりやっている
このままじゃダメだってことだけはわかるし、ひどく落ち込んでやる気がないというわけでもないのだけれど、今のひとりの生活が楽過ぎてついついこのままでいっかなって思っちゃうんだよね
たまに困ったり寂しくなることもあるけど食べて好きなことして寝ればすぐ朝が来るし
個人的に家族連れの多い夕暮れのスーパーが苦じゃなくなったのは自分の中の一線を超えた(?)と思ってる
ほんと勉強めちゃくちゃ好きなので勉強すればいい仕事がしたい…けど、勉強のどこが好きかって、答えがひとつであること、やればできること、性別年齢関係ないこと、つまり理不尽さがないこと、なので、たとえ勉強できる仕事に就いたとしてもそれが世の中である以上理不尽なことは起こり続けるんだろうな。
学生のときは勉強たくさんしてたけど、社会人になってから久々に資格の勉強始めたとき、資格の学校でまわりが老若男女問わず受講しててなんだか光明だったのが印象深くて、また最近別の資格の勉強をしている。会社帰りに講座行くと、昼間から一変して精神が安定する…。
いい高校出ていい大学出て、「頭でっかち」とか「勉強が出来ても人間としてダメ」みたいなこと浴びるほど言われてきたけど、私は勉強が好きだし勉強が大事だと思う。勉強はマジでおすすめ。
あとそんなこと言ってくる奴、お前の人間性がダメだからな。
特別な月です。というのも、スーパームーンが起きるからです。でも、2月を特別な月にするのはそれだけではありません。それに合わせて必ず贈り物が届けられます。しかしながら、今月を特にエキサイティングな時期にするのは、元気づけられ、重要な愛情関係の案件を活き活きと表現する手段を見つけるでしょう。それによって人との関係を高めることが可能になります。お祝いしなければならないのは 誕生日だけではありません。未来もまたお祝いすることに値します!