どうしてだろう。
そんなにときめかないのに、
冷たくされると涙がでてきた。
可愛くない女だろう。
好きアピールが全然できない、
むしろさせてくれないのはあなただ。
今日行ったことが好きアピールなのに。
冷たくされて冷めて、涙がでてきた。
私達は発展していかないな。
どうしてだろう。
そんなにときめかないのに、
冷たくされると涙がでてきた。
可愛くない女だろう。
好きアピールが全然できない、
むしろさせてくれないのはあなただ。
今日行ったことが好きアピールなのに。
冷たくされて冷めて、涙がでてきた。
私達は発展していかないな。
「女は面倒くさい」と女は言った。
「表では気遣うし、本人のいないところで悪口を言う。直接言えよ」と女はツイートした。
「私は仲良くしたいと思ってるのにさ」「男は気兼ねなく絡むけど」「女もそうやってもっと来いよ」と女は誰かに直接言うでもなく、ただツイートという形で世に吐いた。
そうして直接言うことなく女は消えた。いや、"誰もがわかるように新しい引越し先をチラつかせながら"「消え」、引越し先の誰もいないところで悪口を言うのだった。
「これだから女は面倒くさい」
もしも一人なら、
今居る誰とも縁なんて切る必要ない。
完璧に合う人は誰一人いないけど、
大好き!そう言い切れる人もいないけど、
一人だなって実感することばかりのとこにいる感覚はある。
それを割り切ればけして楽しくない人生ではない。
気になる人がいてもそこまで好きではない、
それが一番もやもやするけど、
居てくれたそれでいいよ。
私に見合う男性になってね!
そうでなければ私はとっとと別のとこに行っちゃうよ。
この見守ってる感、なんなんだろう。
もうすぐ元彼と別れてから、
2年が経つ。
辛い別れだったけど、
成長できたし、
もう未練も吹っ切れた!!
そして、新たな気持ちが芽生えた。
また、新しい恋愛がしたいなって。
素直にそう思える。
理想の絵と現実の自分の絵のレベルがかけ離れているとすごい勢いでやる気を失う。
「こんな絵を描きたい」という漠然としたイメージをぐっと堪えて、今は模写をするべきだと思う。
まずは描いていて楽しいという気持ちや、自分の絵に対する自信、絵を描く感覚を取り戻さなくては。
ペンを握る時間を増やした方がいい。村上春樹は小説を書く時、何も書かなくてもとりあえず机の前に座るらしい。
Pinterestで資料を探すのもまた楽しい時間である。
午前の用事が終わりスッキリして、
カフェで休んでる。
ここのところ、目まぐるしくて、風邪も引いたり、
なんだか久しぶりにやっとゆっくりできる感じ。
やっぱりこういう時間が必要だー。
6月は新しく始めることもあるし、
今のうちにパワーチャージしとこう!
高速列車に乗り、ワクワクするような未来に向かって進んでいるところですか? それとも、代わり映えのしない路線の駅で立ち往生し、不愉快な思いをしていますか? 今週、海王星(うお座の支配星)が活性化されます。その結果、今後どの方向に進んでいくべきかについて選択権を得ることができるでしょう。エネルギーが湧きあがってくるだろうから、それを利用して大胆な行動を起こしてください。あなたの課題は(他者とあなた自身の)マイナス思考を脇にのけること。最高の旅をするための地図はあなたの心の中にあります。その地図に従いましょう。
今日もまた研修というか、教科書を見ているだけなんだけど、それをしにいく。
こういうことも大事なのはもちろんわかってはいるけれど、ちょっと長くて実践したほうが覚えるかな?と思うようになってしまった。
実践が始まれば、それはそれで緊張して嫌になっていることも想像出来てしまうけど…
当たり前だけど少しずつ進んで行くしかないのかな~
不満も出てきてしまうことを否定はせず受け入れるスタンスでやっていこう
私はオリジナルの漫画やイラストを上げ続けている、しがない絵描きだ。
大した交流はしていないつもりだった。ただ、自分で描いた作品を上げ続ける。来る日も来る日も、ほとんど毎日のように上げ続ける、語り続ける。最近は半ばそれが生き甲斐になっている。
語りたいことはできるだけ絵で語った。大事な話は全部、絵や漫画で見たくて、絵にするほどでもない本当に些細な話や知らなくてもいい裏話だけを文で語った。ときには、そんな些細な話すらも絵で見たくなって、文から絵を描き起こした。
それらの作品や語りを一番見たいのは常に自分だった。
そうやってただ自分のためだけに作品を描き続けていた私はふと、自分以外の人が描いた、自分のキャラクターたちが見たいな……と思って、ぽろっとわがままをつぶやいた。別に叶わなくていい望みだった。券も買ってないのに三億円当たったらいいな、くらいの気持ちで。
さて、三億円は当たった。
しかも一人ではなく、複数の人から、私のキャラクターたちの絵を頂いた。
おまけに、私の漫画やイラストが好きだと言ってもらえた。願ってもないことだった、三億円どころか十億円だ。百億円まである。
お礼がしたいと言うと、そんなものはいらないと言われた。私は自分のための絵を描いてるだけで、彼らにはなにもしていないのになんでだろうと不思議がる私を前に、その人たちの中の一人が言った。
「なにもしてないわけないよ。こんなに絵を描き続けてる。すごいことだよ。私はあなたのキャラクターの、こんなところや、こんなところが好き。好きだから描きたいと思った。」
好きだから描く。創作活動の根源にあるような答えだった。
自分のためとは言うけれど、キャラクターの魅力が伝わって他人に「好き」と思わせるほど、あなたは描いて表現し続けたんだよ……と、その人はそこまで言ってはいなかったけれど、私にはそう言われているように感じられた。
そうか。私は描き続けていたのか。見てくれている人がいたのか。見てくれている人に、なにかしらの心の動きを与えられていたのか。
自分のためが一番大きな原動力ではある。他人のために絵を描くのは、正直、経験上、少ししんどいことが多いみたいだから。けれどこれからは、私の好きなものを好きだと言ってくれる人のためにも、ちょっと頑張って描いていきたいな……と思ったのだった。
朝まであんなに幸せだったのに。
せめて貴方の気持ちを知ることができれば
こんなに悩むことはなかったのに。
何を信じればいいのか分からない状態で
ただただ”待つ”という行為は、
自分で自分の首を締めているようなもので。
何事もなかったかのように
幸せを知らなかった頃の日常をまた繰り返す。
いつまで私は自分の心を騙し続けることができるのだろう。