思い詰めないようにね。
もうダメだって躓いたとき、少しだけ勇気を出して周りを見てみると、違う景色が広がることもある。
抜け出せる可能性を見つけられるかもしれない。
自分には無理だって決めつけてしまわないで。自分を捨てないでほしい。
いくらでも変えていける、自分も未来も。冷静になれたとき、少しだけ思い出してね。
何か嫌なことがあったり、喧嘩をした時もそうだけど、
時間が経てば、あまり考えなくなったり、
時間とともに嫌なことも忘れていく。
でも、嫌なことや喧嘩、真っ最中の時はそうも思えないけど、
時間が解決してくれるなら、まぁ何とかなる。
何でもたいていのことは、何とかなる。
年の初めにあなたが重大な決意をしたとき、その選択が導く場所を見通すことは不可能でした。あの時からあなたはずいぶん前進したとはいえ、まだあなたが望むほどはっきりとは目的地が見えてきていません。でもあなたは今、一度立ち止まって全体をよく見渡すことができる場所にいます。そしてそこで、これまではどうにか自分をだまして必要以上のことを引き受けてきたけれども、果たしてどれほど遠くまでやって来たのか、そしてこの先にはどんな挑戦が待っているのかを発見することに胸をワクワクさせている自分がいることに気づけるでしょう。あなたがこの旅を続けることによって得られるものは本当にたくさんあります。
生きてりゃいろんなことがある。結婚したり病気になったり学校行ったり孤独になったり、でもそれらすべては仕方がないことなのかなとも思う。いつも何かが起こった時に人は「あのときああすれば」とか「あのときこうしていたら」とか思うだろう。でもそれって多分結果論なのだと思う。いつだって人はそのことを後悔する。私も何度もそうしてきた。だけど、でも結局、どうすることもできないのだ。昨日には、戻れないのだ。こんな救いのないことを言うけれど、なるようにしかならないのだ。それでも前に進む。人は前に進む。明日に向かう。随分と人間は残酷な生き物なのかもしれない。昨日のことを悔やんでいても、時間通りに明日はやってきてしまうからだ。明日というものは、恐ろしくも頼もしいものである。明日に救われる場合もあるし、明日に絶望する場合もある。これは人によりけりだ。この「明日くん」は優しいのかそうではないのか。しかし明日は平等に誰にでも来てしまう。それは、救いなのか裁きなのか。これも人によりけりだ。そして私たちは明日を迎合する。何事もなかったかのように。何も知らなかったかのように、何食わぬ顔で、昨日とはまた違うけれど同じような顔で、「おはようございます」と同じだけれど昨日とは少し違う朝を迎える。私たちは毎日毎日、生まれ変わっているのかもしれない。昨日と言う今日のことを胸に刻みながら、過去と現世、忘れてしまったわけではない。忘れはしない。昨日のことも、今日のことも、私たちは覚えている。その思い出の中に身をゆだねながら、その思い出をエネルギーにしながら、私たちは明日に向かう。明日を迎える。人間はその繰り返し。
もうずっとしんどい。ふと「今は元気かも」と思った頃が前兆だ。最悪なことが起きる。またやってしまった。年に一度くらい、母ととんでもないことが起きる。つらい。完全に否定されるし、私も自分で自分をひどく傷つけてしまう。きびしいな。
年に一度こういう最悪な日が来て、それからだいぶ落ち込んで、静かに生きて、またどうでもよく半年くらい過ごして、それから半年かけてまた落ち込んでいく。そういう風にサイクルができている。
もう無理かもしれない、と毎回思う。つらい。どうしてこうなったんだろうか。消えてしまいたい
長くなって、大事なことを書き忘れた。
まぁ、書き忘れも何も、単に自分を慰めるために吐き出してるだけなんだけど。
一番の問題は、子どもを作ること。
私は、夫が憎くてたまらないとか、一生顔が見たくないとかではないけど、子どもを作ることだけは、今はどうしても嫌だ。
夫は子どもがほしくて焦っていて、なんで出来ないんだ、お前の生活がちゃんとしてないからダメなんだ、1年以内にできなければ離婚だからな、俺は自分の子どもがほしいんだ、できなければ他の人との人生を考える、と言われた。
それを、流産してまだ3カ月の私に言ったのだ。
…ああ、こう書くと、やっぱ夫が酷いよね、私間違ってないよね(笑)
正直、今までの暴力よりずっとショックだった。
つまり、自分の遺伝子が残せれば、私との子じゃなくてもいい、他の女でいいと言ったのだ。子どもが残せなければ、一緒にいる意味がないと。
自分の子どもを残したいという、男の人の切実な気持ちは、これでも分かるつもりだ。私が高齢とか不妊なら、酷いとは思うが別れるのも受け入れると思う。でもこれから妊活して行こうという相手に言う台詞か。
私の夫婦観(長い人生、相手に何があっても2人で支え合う)とあまりにも違うと思ったし、そんな人の子なんて欲しくないと思った。それに、感情的になると手が出る父親なんて嫌だし。
それに、子作りの営みが、あまりに雑で冷たくて、すごく嫌だった。それならしない方がマシと思ったけど、夫がほしがるからしていた。流産後の私の負担を考えてくれないのも嫌だった。
子作りに関しては、まぁ私も夫婦の価値観をよく話し合わなかったのが悪かったと思う。
夫は何だかんだ、私を一番必要としてくれてるんだと思ってた。でも、子どもが産めないならいらないと言われた。それは、私の努力でどうこうできる問題じゃない。何も反論できなかった、人生で一番辛かった、一番信頼していた人に、私は役に立たない人間だと言われた。未だに涙が出る。
だから、今は絶対に、夫の子どもがほしくない。もし寄りを戻したとしても、子どもは産みたくない。
夫は、それでも懲りずに私を説得して、お前との子どもが欲しいんだと言っていた。最近ようやく、子どもに恵まれなくても、一緒に生きたいと言うようになった。でもたぶん、本心じゃないだろう。
別居の話も出てるけど、子どもがほしくない人と結婚生活続けるって有りなのかな。いつかまた欲しいって思えるのか、やっぱり無理なのか。
やっぱり、一度失った信頼を取り戻すってよっぽどだ。夫と、ただ一緒に生活するだけの人には戻れると思うけど、本当の家族には戻れない気がする。
七夕だ。
空を見上げることはできなかった。
あの日から、たくさんのことが変わった。
目を瞑る。ただただ遠く繋がる空、液晶の中、切り取られた凄惨な光景をどうすることもできない行き先のない心で、泣かないようにこらえながら見つめていた。
友人、かつて恋人だったひと、親切にしてくれたひと、私の愛した街、景色、思い出、そこで築いたこと。
何も触れられず、話すこともできず、微動だにせず呆然と。
沈んでいったのは
流れたのは
どこへ?
姉がいてくれて良かった。
私は馬鹿みたいに泣いて、昔お世話になった街のことや人のことを繰り返し話した。姉は一つ一つに頷きながら聞いてくれた。優しい人だ。優しい声だ。
私だけではない。
あの日のことは私だけのことではない。
何もできないなどと思わない、言わない、泣くな。
強くなれ。
またあいたい。
私を優しく引っ張ってくれた人たち。あなた方がいなければ、私はずっと暗闇の中にいた。
また会おうね。その日まで、ずっと忘れないよ。
別れても友だちとしてつきあう人もいるじゃない?
もうやり直すとかもないの?
わたしには、どちらもないと思う。
やっと会えた友人は、私たちのお別れが信じられないようだった。
これまでのあった寂しい思いは話したけれど、それが離れた理由のすべてではないんだ。
いっしょにいられるかどうかは、互いの気持ちがあるかどうかじゃない?
今度の連休は夫の実家に帰省する予定になっている。
はじめての法事、すこし緊張する。
親戚も少ないし、たいしたことはしないから気楽においでとお義母さんは仰ってくださった。
義実家はとても優しいおうちだ。
夫と出会う前から、私の心の中で夫の地元は私の第二の故郷だと思っていた。
私が人生で一番つらい時期に、私を立ち直らせてくれた場所だから。
そんな場所が本当に第二の故郷になったことが、すこし不思議で、とてもうれしい。