何もかもが見事にうまくいく可能性はいつだってあります。そして、すべてが悪い方向に行く可能性もあります。一見この二つは両立しないように思えるものの、そろそろ木星が順行に転じようとしている今週末、あなたの人生においてはこれら二つの重みは決して同じではありません。実際のところ、何かがうまくいかず失敗に終わる可能性はほんのわずかでしかありません。運命の輪があなたにとって有利な方向に回りつつあるという知らせを信じ始めることができれば、その結果としてあなたから滲(にじ)み出る信頼感と自信が素晴らしくポジティブな週末につながるでしょう。
バリに行っているのが羨ましいのではなくて、自由にバリに行く時間があることが羨ましいんだと思う。
もし今の自分の立場ではなくて、自由になる時間とお金があってもバリには行かないで他のことをしてそう。
かなり昔の話だけど、合コンに行く行かないとかいう話をされていて、羨ましい思った。それは合コンが羨ましいんじゃなくて、合コンに行けるような自由な立場が羨ましいだけだったんだと思うのに似ていた。
その時も合コンに行ける自由な立場だったとしても、たぶん合コンには行かないで他のことをしてそうだと思ったのを思い出した。
合コンは行ったことがない。だけど、雰囲気とか話を聞いている限りでは私はただ疲れるだけだろうなと思う。
もう、合コン!なんて年でもないし、立場上行けないし、周りにそんな事を話題にしている人もいない年齢だけどね…
人生経験として、行っておいたほうがよかったかな?あれ?でも誘いもなかったような気がする。昔からそういう一種の社交場みたいなのが苦手なオーラが出まくっていたんだろうな。そもそも誘ってくれる友達自体が少なすぎるのもあるけれど…
そんな若い年齢から十何年過ぎたけど、苦手なものは苦手なままに、考え方とかは変われないままに生きている部分はあるんだなぁと感じた。でも、苦手なことでも対応の仕方は良い意味合いで変わったと思いたい。たまたま友達がバリで楽しそうにしているのを知ってこんな話になってしまった。
心のままに過ごすこと半年ちょっと。
暑さにかまけているうち、もうだいぶ過去のことになって、気持ちもほどけてきた感じ。
夏休み、自分が喜ぶことだけをしよう。
便りを書いて、裁縫をして、ひとりで知らない町をドライブする。
普段はしないアイカラーと、休日用の揺れるビーズのイヤリングをつけて。
誰が見てくれるわけじゃないけれど。
目指すはそんな夏。
好きなグループの新曲を聴いたら、すごくシチュエーションが近くて色々思い出したので書いてみる。
5年前、25歳のときに友人から好きだって言われた。
でも私はそのとき自分じゃ不釣り合いだと思って断ってしまった。
自分から見てすごく優しくて気配りのできる人で、ガサツで気分屋な私はきっと彼を困らせてしまうと思って。
友人は同業者なので、いまだに交流があり、仕事上でたまに協力したり、してくれたりの関係を続けている。
今になって、ぼんやりとあのとき付き合ってたらどうだったのかなーと思うときがある。
幸せにしてあげられたのか?それとも、ケンカして別れて音信不通になっていただろうか?
でも、過去には戻れないから、友人が幸せな私生活を送るのを願うのみにしておく。
やらなきゃいけないことがあって、でも結局できそうにない。なんとか締め切りまで粘らないと、と思ってもどうしたらいいのかわからなくなって、いっぱいいっぱいになって泣きじゃくってしまう。しばらくして落ち着いたら、またやらなきゃ、締め切りまでは粘らないと、もしかしたらできるかもしれない、と思う。でもそのときには頭が痛くて力が入らない。なにもできない。情けない。スマホを開いて、全く別の世界に住む人たちの賑やかなやり取りを見る、それが今唯一心を癒してくれる。しんどい
柔軟すぎるとはどのくらい柔軟なことを言うのでしょう? あなたは計画や構造や原則に厳格に従うべきなのでしょうか? それとも、風に吹かれる木の枝のように、ポキンと折れてしまわないよう柔軟にたわむ必要があるのでしょうか? 今はあなたの道徳観念を捨てる時でもなければ、長年の重要な約束を取り消す時でもありません。でも、逆説的ではありますが、回り道をしたほうがむしろ私たちの価値観や夢に忠実でいられることもあります。金星と木星がリンクしている今日は、あなたが何をするのであろうと、不必要なまでに道徳的であることによって目標を妥協してはなりません。
転職したいなー、彼女欲しいなー、引っ越したいなー、なんか趣味欲しいなー。
なんでもいいから何かが欲しいな、夢中になれるもの。
一個でいいから一つだけ欲しいな、それしか目がいかないもの。
全部全部探さなきゃいけないんだもんね、そりゃ大変だよな。仕事も家も彼女も趣味も。これをやりたい、この人に尽くしたい、ここに住みたい、これにハマりたい。
探す方法なんていくらでもある。
ただただ探すしかない。
ただただ見つけるしかない。
見つける感性は俺の持ってる一個だけ。
もうどれでもいいよ。
それだと決めてくれたらそれやるからさ。
なんでも俺はそれがベストだと思うから。
精一杯やるさ、周りにうまくやってるねって言われるくらいは。俺はなんでもできるからね。
いかに自分がからっぽかって痛感する。
その気力すらないのだけれども。
仕事を辞めて、実家に帰って夏休みを満喫中。
朝起きたら野菜の収穫・水かけ。
日中は掃除したり、母と出かけたりして。
夕方にまた野菜の収穫・水かけ。
気が向けばその日採った野菜で何品か作り。
夕食までダンスダンスレボリューションで踊りまくる。そんな生活。
昨日から、夏休みの定番、アリの巣観察を始めた。
市販のキットは高いので、インスタントコーヒーの瓶に砂を詰めた、簡単なもの。
半日でもう巣を掘り始めてる。アリってすごい。
母に「ヤモリとかカエルも飼いたいな」と言ったら嫌がられた。カエルも可愛いのに…。
出戻りで実家に居候してる手前、
せめて収穫と水かけくらいはやって、
親のご機嫌をとっておきたいところ。
まぁ、追い出されたりはしないけど。
はっきり言って、こんな生活続けてたら、
もう東京に戻りたくなくなっちゃうよ。
とはいえ次の仕事も見つけなければいけないわけで。
規則正しい生活で、体は健康になりつつあるけど、
心の中はそうもいかず。
離婚問題は、なかなか決着がつかず、
再度話し合いをしたけど、お互い結論が出せなくて、このまま別居が続きそう。
夫が精神的にかなり弱っていて、何も考えられないような状態で。
私は、きっぱりと決めたつもりだったけど、いざとなるとわからなくなってしまった。
そして、結論が出せないなら、無理に決めなくてもいいのかな、と最近思い始めた。
そして、帰ってきて数日で、昔の友達に、こっちに帰ってきてることがバレる。田舎のネットワーク怖い。
この子とは色々あって、上京する時にこちらから連絡を絶っていたから、再会がけっこう気まずい。
しかも私いま、こんな状況だしね。
それが、また連絡先を交換し、明後日遊びに行くことになってしまった。田舎、怖い。
別居中とか、特に離婚後は、こんな気まずさをずっと味わわなければならないのだな。幸せな生活を送ってる人に、自分の不幸を説明するというか。
ま、今回はまだ別居だから言わないけど。
他にも昔の友達から誘われていて(結婚1年目、しかも妊娠中の子)、その子はいい子なんだけど、会うことを考えると憂鬱な気持ちになってしまう。
はぁ…先のこと考えたくない。
とにかく暑いのが嫌だ~
何をやるんでも暑い~
何かしらの発表があることの発表が嫌だ~
最近そういうの流行ってるみたいだけど、まどろっこしいし、期待値を勝手に自分の中で高くしちゃって、無駄にガッカリするのが嫌なんだよね~
なんか暑いから色々な嫌なことに目がいくなぁ。
言いたいことはスパッと言って終わるのって大事だね
気持ちが高揚したのも束の間。
何事もなかったかのように事が起きた前の日常を繰り返していく。
社交辞令と理解しながら社交辞令を返す。
社交辞令ではない下心を隠しながら。
その下心を察して、困惑しないでほしいという気持ちもあって。
ワガママでごめんね。
せっかくまた紡がれたこの糸が、どうか途切れませんように。