俯瞰するとか生易しいものじゃなくて、明確に自分を枠の外に出して、一歩引く…いい意味で壁をつくるってのが大事かもしれない。
心がトゲトゲしたりぐるぐる考え込んだりと、なんとなく不調を感じている。顔面だけはせめて絶好調でいてほしいと思い、スペシャルケア用のマスクやクリームで肌を労った。浸透しているというよりも、肌がごくごく飲み込んでいるような感覚。
明日も頑張ろうとは言わない。私なりにやれることをこつこつやればいい。
散財によりリフレッシュするっていうの、学生のころは全然理解できなかったんだけど、社会人になって少し分かるようになった。
身の丈に合わない買い物がしたい訳じゃない。ただ、日頃の自分の頑張りを目に見える数字(金額)の品物を買うことで、自分を認めてあげてるように思う。
毎日の節約や倹約のご褒美。
誰も褒めてくれないような、ちいさな頑張りってたくさんあるよね。
時々そうして自分のこと甘やかすのもいいよね。
二人で鍋をするといつもいつも笑ってしまうくらいに作りすぎる(具を入れすぎる)んだけど、結果としては作ったら作った分だけ、きちんと食べ切って、二人して苦しいってゴロゴロしてる。
冬になると毎回こんなだし、そんな冬自体、4回目なのに、全く学習しない自分たちにまた笑っちゃう。
バカみたいなことで笑いこけてるとき、ふと、幸せを感じる。手放したくないなあって思うから、明日はもっと素敵な人になりたいと思う。
小学校の頃、母によく連れて行ってもらった喫茶店がある。その隣にインディアンアクセサリーのお店があって、窓から見えるところに小さな動物モチーフがたくさん繋がった木製のネックレスがあった。
行くたび窓から覗くもんだから、何度かお店の人が声をかけてくれて、母と一緒に近くで見せてもらったこともある。
それがすごく好きでとても欲しかったんだけど、万超えの価格だったので、お誕生日に買ってもらえるようなものでもなかった。
高校生になってからはバイト始めたけど、少ないバイト代で数万クラスのアクセサリーを買えるわけもなく、社会人になってからは忙しさに追われてすっかり忘れ…今年の春にハッと思い出して貯金を始めた。
で、今日買いに行ってきた。
20年越しに買うことができた小さな木彫りの動物たちは、あの頃とちっとも変わらず精巧で可愛らしくて、お店の窓から覗き込んだときのままキラキラ輝いてるみたいに魅力的だった。
お店でお会計する時に店員さんが「もしかして…」って声をかけてくれた。張り付いてた私と母のことを覚えていてくれたみたい。
「お母様にそっくりだったからもしかしたらと思って」とのこと。
隣の喫茶店は息子に代替わりしたけど、相変わらずバゲットのサンドウィッチが美味しい。
惜しむらくは母がもういないことだけど、お墓参りのときにでも報告しよう。
いい日だった。
あなたは悪くないって言って。
ではないと、どうしようもなく自分を責めてしまうから。
じゃあだれが悪いのっていうのも、それはちがう。
だれも悪くないのよ。
ただ運が悪かっただけ。
あなたのせいじゃないって言い聞かせて。
わたしは、わたしをきらいになりたくない。こんなところで立ち止まっている暇はないの。
未来に不安しかないわたしをどうか奮い立たせてほしい。
支配星が逆行に入ると、毎日の生活は、あたかも糖蜜の中を歩くように遅々として進まないように感じられることがあります。できごとが起きることは起きるのですが、とても時間がかかります。今週、海王星(うお座の支配星)はついに逆行から順行に転じますので、心の準備をしておいてください。星が逆行することには利点もあります。それは沈思黙考する時間ができ、今週のような時に備えて計画を立てる機会を得られるということです。今週、あなたの愛情面や生活の感情的側面は大いに活性化されるでしょう。この機会をどう利用するかはあなた次第です。
友達と別れたあとの時間が案外好きだったりする。
友達が嫌いなわけじゃないし、楽しいし関係を続けたいから会うのだけど。
それとは別に自分の思うがままに行動できる解放感がたまらんのだろうな。
昔は友達と遊んだあとは楽しいけど疲れて自分の自由時間をそのあとにとろうとは思えなかったけど、今はあえてそれをやっている。そうしたほうが人といる時間と自分の時間のプラスの部分しか残らないんだよね。
色々省みることも大事だし、マイナスの部分に目を背けちゃダメなんだろうけど、最初からプラスにしかならないスケジュールを組み込んで、それが出来るならそっちのほうがいいはずだよね、きっと
朝から新幹線、電車、バスの旅。
同行者とかわいい、かわいいと言い合い、お目当のお菓子屋で小さく愛らしいものを見つけて。
雨の中を歩いて地元の神様に挨拶。
待ちに待った作品展で目が眩む思いをする。
初めての土地、初めての同行者。けれど、好きなものでしっかりつながっているという感じ。
すっかり満たされてしまった、という一日。
友達だと思っていた人との関係はついに友達以下になってしまった。知人。長年知っている人。名前と顔と経歴と誕生日と、性格を知っている人。以上。思えば、幼い頃から友達らしい友達なんていなかった。なんでも話せる存在なんてなかったし、いつも片想い状態だった。仲良くなりたかったけど意地悪されたり。疲れてしまったな。そんなわけだから、今までも孤独だったけどこれからも孤独に生きようと思う。もっと堂々として、そもそもいなかった友達のことなんて気にせずに。もっと自分のことを考えて生きよう。私の人生は他人の人生ではないのだし。