ある人にとっては食べ物でも、ほかの人にとってそれは毒かもしれません。ただし、その食べ物を冷蔵庫に入れておかなかったら、腐って二人とも害を受けるでしょう。不快な状況に直面するかもしれません。でも、被害が及ぶことはないでしょう。その状況を忌み嫌っているため、不安な気持ちになるということです。何かがまずいに違いないと思い込むと、その思いが反映されて現実に影響が及びます。問題がないところに問題があると思い込むことをやめ、「自分の未来は明るい」と信じてください。
小学一年生。。
引き算が判らずにカンニングする。
……カンニング?
学生時代が終わって長いので、一瞬、何だっけ?と思ってしまった。
『他人の回答を盗む』あれ……なのか?と思ったら、そうらしい。
「それ、まずいでしょ」
「大丈夫。バレなきゃいいの」
子どもの親はあっけらかんと「バレなきゃいい」と言い切った。
この先もカンニングで乗り切るのかな……
「バレなきゃいい」で、保育園の時は『暴力容認』したけど、
次はテスト用紙か……と思ってしまった。
素敵な悪魔が出来上がってるのは、あなたのおかげですけど、気が付いてます?
天使を悪魔にしてるの、親であるあなたですよ??
子どもがどんどん哀れに見えてくる。
私、人を哀れむとか、嫌なんだけど……哀れってこーいうことかと思ってしまう。
今日できたこと
・筋トレ1セット
・英語
・絵を描く
頭が硬い、もしくは悪いせいなのか。
自己嫌悪が高まってて精神的に良くない。
ごぼうのきんぴら好きなんだけど、切る手間がけっこうかかるよね。包丁の扱いが上手い人は早く綺麗に切ることが出来るんだろう。
早くやろうとすれば上手く切れないし、ある程度ちゃんと切ろうとすると時間かかかる。
きんぴらだけじゃなくて、この時代に早く確実にというのが出来ない自分は疲れることが多い。
だからこそなるべくなら自分のペースでやっていきたいから、自分のペースで出来るところはとことん自分流でやりたいな。
あとは合わなくとも合わせる仕草は頑張る
会社の方が亡くなられた
突然の出来事で
ましてや誰も心当たりもなく
疑問や自責の念でいっぱいなのに
いつも通り
会社ではみな業務をこなす
コロナ対策もせず
亡くなられた方がいても
何の通達もコメントもなく
こんな非情な会社に
勤めている自分が情けない
くやしい
来週のサッカーの試合に出る予定だとして、チームのメンバーたちがきれいに洗濯されたユニフォームを試合までに準備できるかどうかということを 心配する必要はあるのでしょうか? なんといっても、まだ週末に入ったばかりです。彼らが試合当日に必要なものを準備する時間はまだ十分にあります。たとえ これを読んでいるのが月曜だとしても、過剰に心配する必要などないでしょう。今、力が及ばない事柄について、あまりにも早くから心配してしまっている可能性があります。近づいてきているブルー・ニュームーンが、もっと確かな違いを生みだせるところに意識を向け直せるよう手助けしてくれるでしょう。
ずっと人間がよくわかんなかったんだけど
本質とかどうでもいいと思ってて
見目が良いものが生き残りやすいように
意識して国も作られてて
平等のラインも誰かに決められてて
そこに合わさない同じ生き物として認められないっていう価値観が
もっと強くなってきてて
善悪は自分で考えず、人の駒になることで端金もらって
啜るように生きて
それを「良し」としている。
あれだろうか、バブル時代に若かった層の子孫は本当に何も考えない層が多くて
この近辺だとそれが顕著。
時代が進んでなくてループしてさらに強化されてるような。
もう諦めようとおもう。
すべてすりガラスの向こう側のことだと思うことにした。
馬鹿馬鹿しい。
都立高校にて校則で頭髪のツーブロックを禁止している理由が「外見などが原因で事件や事故に遭うケースなどがあるため、生徒を守る趣旨から定めている」と都教育委員が発言したことで波紋が広がっている。
だが、そもそも高校は行かねばならないものではない。
ツーブロック禁止に対して文句があるなら、禁止していない学校を選んで進学すればいい。
入試を受けるということは、「貴校に入学させてください」とお願いしているのだろう。所属することを希望するなら、そこのルール(校則)は守らねばならんよ。
ネットでは、「ツーブロックが事故や事件に結び付く根拠は?データはあるのか」という意見もあるが、それも違うと私は思う。
ルールを定める側が、「ツーブロックが事故や事件に結び付く可能性があると判断した」のだから、実際のデータなどは問題ではない。
オシャレな髪型をしていたがために「しゃしゃってんなテメー」と因縁をつけられる可能性だってあるだろう。頭の悪い連中はどこにでもいるんだから。
会社にだって、茶髪やパーマOKのところもあれば、黒髪のみ、長さも指定で指導が入る会社だってあるだろう。
髪形や服装、ルール、偏差値や通学の利便性、校風など、いろいろ検討した上で自分が何を重視するのか考えて学校を選べばいい。それもまた勉強だ。
もちろん、生徒たちで話し合ってルールを決めさせることもいいだろう。しかし、「生徒たちで話し合ってルールを決めさせる」ことを決めるのは学校の判断だ。外部がとやかく言うことではない。
昨今、自由と権利を主張する流れがあるが、何もかもがそれで通るわけではない。所属するコミュニティーのルールは守るべきで、それが認められないのであればそのコミュニティーに所属しなければ良い。
それではダメなのだろうか。
私にとっては昼御飯だけど、お店としては朝御飯で出しているものを食べた。
昼が12時近くってけっこうしんどい。お腹か空きすぎる。
だからといって外でのランチの量は多すぎに感じることも多い。食べることだけが目的ならいいけど、その後の用事をこなすことを考えるとお腹いっぱいのままだと厳しい。
そんな状態なのでちょうど良い量をちょうどいい時間に食べられるモーニングや朝定食って最近いいなぁと思っている。
もちろん普通の生活をしていたら朝御飯を昼御飯としてなんて出来ない人のほうが多いと思う。自分も毎日しているわけじゃないけれど‥
自分が決めたわけじゃないけど当たり前になっていることに自分が無意識に合わせたりしていることってけっこうあるのかも。
自分1人がポツンと存在して世の中にいるわけじゃないからやりたいようやるって難しいけど、変えられるところは変えて自分のスタイルも大切にしていくことが出来たらいいよね。
今度は朝御飯に見える昼御飯をどこで食べようかな〜
朝は食パンを食べてるからブランチとは違うんだよね
子供だったころ、叔父はウォーターベッドを持っていました。当時ウォーターベッドは大流行していて、優しくスーッと寝つかせてくれるという触れ込みでした――ゆったりと波打つ海の上に浮かべたエアマットレスに横たわるのとちょっと似ています。私は一度、そのベッドで寝たことがありました。ちなみに言っておきますが、ほんとうに悪夢でした。寝返り? 不可能です! じっと横たわっている? できっこありません! 流行ものに飛びつくべきではないということの良い見本だったと言えるでしょう。もしかしたら、自分が思う「ベッドのあるべき姿」にとらわれすぎていたのかもしれません! 満たすべき特定のニーズを抱えている今日、主流の選択肢を選ばなくてはならないように思う必要はありませんよ。